「へっ、それでいいんだよ。もう僕は、何もしなくていい」
「邪眼とは、目で見て発動する異能力の総称だ。目に宿る性質上、目を移植出来る技術力があれば他人に移すことが可能だ」
アルデバランのリーダーが滔々と語り出す。隙だらけの態度だが迂闊に攻撃は出来ない。先程無力化されたロジックを解明出来ていないからだ。
魔術で作った鳥の群れを周囲で待機させつつ、攻撃のタイミングを伺う。
「兄弟子が邪眼の保有者から抉り、加工をすると言うのでな。我も頼むとお願いしたのだよ。まあ使える奴を選定し攫ったりと手間は掛かったが」
「悪趣味な話だ」
「まあそう言うな。闇に生きる魔術師の間では日常茶飯事だろう? そうして植え付けたこの邪眼は我ながら素晴らしい物と自負している。こと魔術師戦においては最強だ。魔法使いや魔法少女相手にだって勝てるだろう」
「魔法少女にも?」
魔術の上位互換たる魔法を使う魔法少女は、言わずもがな魔術師に対して圧倒的に優位な存在だ。大人と子どもぐらいの差がある。だがあの邪眼は、それを覆すほどの代物であるということか。
……もう一度仕掛けてみるか。
「それは大層だ、ねっ!」
鳥を嗾ける。先程は二つの群れに分けて失敗したのだから、今度は更に。三方向からの攻撃がリーダーへ迫る。
単純だが三方向からの攻撃は普通でも対処しづらい。どう来る?
「増やせばいい……という物でも無くてね!」
リーダーは再び邪眼を光らせた。赤い光。それが迸ると同時に、また鳥の群れは掻き消えた。
まただ。無効化された。だが……。
僕はチラリと上を見上げた。リーダーもそれに釣られて顔を上げる。
「! ……四つ目の群れがあったのか」
そう。そこにあったのは四つ目の群れ。2~3匹だけの小さな群れだった。ただしその位の数では当たっても大したダメージにはならない。少し離れた場所を飛んでいるアレは、別の目的の為に飛ばしたのだ。
「消えてない……ということは、範囲があるな」
検証の為だ。魔術師の戦い方は、相手の能力を解析し、それを打ち負かす手札で攻めることである。
リーダーに迫っていた鳥の群れは三つとも掻き消された。数を分けるのは意味が無い。だが離れた場所にいる四つ目の群れは消えなかった。それが意味するところは、つまり。あの邪眼は自分の周囲にあるものしか消せないということだ。
だとするなら、次に検証することは……。
「……行けっ!」
手を勢いよく翳しながら、また手元にいる鳥たちを飛ばす。今度は芸も無く真っ直ぐに。だが上空に残っていた四つ目の群れも突入させる。また多面攻撃だ。火矢の魔術で防御するのは難しい。迎撃するならやはりあの邪眼を使うしか無いだろう。
「チッ、小癪な」
使わせられているのが分かっていながらも、リーダーは邪眼を起動した。また鳥が消える。だが、ヒュンとリーダーに向かって飛来する物は残っていた。
「何!?」
驚きながらも、リーダーは咄嗟に反応して手でガードする。それは乾いた音を立ててあっさりと受け止められた。己の手に収まった物を見つめるリーダー。それは足元にいくらでも転がっている石ころだった。
「石……?」
「物質は消えない。確定だな。アンタの邪眼はズバリ……魔術を消す物だ」
「グッ!?」
息を呑む禿頭の男。短時間で見抜かれたことによる驚愕が顔に表れていた。
僕は鳥を放った際、手を翳すフリをしてその影に隠れるように拾った石を投げていたのだ。そして鳥は消えたが石ころは消えなかった。物質は消せない、ということ。
これで確定した。奴の邪眼は、範囲内の魔術を無効化する能力!
「……分かったからといって楽にはならないな、これは」
魔術師の天敵のような能力だ。魔法少女にも勝てると豪語したのにも頷ける。奴に向けて放った魔術は片っ端から消されてしまう。僕からの攻撃は全部無効化されてしまうと言っても過言じゃ無い。
「だが……それなら最初に火矢の魔術を使って迎撃したのはおかしい」
魔術を無効化する邪眼があるのなら始めからそれを使えばいい話だ。それなのに何故最初は魔術を使って鳥の突進を防いだのか。おそらくは、そこに攻略法がある。
「先輩!」
美月からの焦った声が、僕を思考の海から急浮上させた。気付けばリーダーが触媒を手に魔術を準備している。
「『燃えよ、燃えよ、燃えよ――」
呪文を唱え始めると、突き出した手の平に火球が生まれた。それは呪文が紡がれる度巨大になっていく。
「『――其は破壊の申し子。天に舞い上がる火の粉。全てを灼き、安らぎをもたらす灯火――」
「まずい、デカいぞ!?」
呪文の長さはそのまま術のレベル、ひいては威力に繋がる。リーダーが滔々と紡ぎ出した呪文はかなりの長さがあった。火球も見る見る大きくなる。それは、最早ちょっとした太陽だった。
「ヤバいな……!」
「先輩……!」
隣で美月が不安げに見上げてくる。今、コイツに戦う力はほとんど無い。だからあの火球は僕がどうにかするしかない。
……荷が重いなぁ。アイツは、いつもこんな思いをしていたのかもしれない。
「大丈夫さ」
ポン、と手を頭に乗せる。安心させたくてやってみたんだが、強ばっている所為か上手く撫でれなかった。
「一応、先輩だからな。後輩を守るくらいは、やってみせるさ!」
「――灰に還れ、終わらぬ者よ!!』」
リーダーの術が結び、高い天井に届きそうな程に巨大な火球が出来上がった。それはやはり即座に僕たちへ向け放たれ、灼熱地獄めいて僕らへ迫り来る。
「終わりだ、魔術師。燃え尽きろ!」
「――魔術は、凡人の味方だ」
僕は自分に言い聞かせるように呟く。
魔術は魔法のダウングレード版だ。常人には扱えない魔法を、特別な才能を持たない者でも使えるようにしたのが魔術。だから僕でも扱える。
火球が届くまでの少ない間。僕は深呼吸をし、懐から布片を取り出した。ページから受け取った燕尾服の切れ端、その最後の一つ。
「『壁よ! 我らを守り給え!』」
唱えるのは障壁を強化する魔術。火球が放たれた今くどくどと長い呪文を詠唱することは出来ない。だから基本的な、簡単な術を最高級の触媒でブーストする。
結果、容易く消し飛ばされるはずの僕の粗末は障壁は、火球に拮抗した。
透明な壁と膨大な炎が押し合いへし合う。
「ぬぬぬ……!」
血管が切れそうな程に力を籠める。いや、実際に何本かは切れたのだろう。額からヌルリとした物が流れてくる。強化術のフィードバック。障壁に掛かる負担が僕の身体をも蝕む。
「ぐ、あああぁぁ……!」
全身が軋む。身体が痛い。可能なら今すぐ倒れて気絶してしまいたい。脳内で弱気な僕が叫んでいる。
僕は元々、ただのオカルト部の部長だ。エリザなんかと関わった所為でこんなところまで来てしまったが、数年で本質は変わらない。凡人の僕には荷が重すぎる。さっさと逃げ出してしまいたい。
だが、背中には美月がいる。
彼女は後輩だ。あの頃から。だったら、変わっていないのなら、そこも変えるなよ、僕。
後輩ぐらい、守り切ってみせろ!
「あああぁぁああぁぁっ!!」
耐えきれず障壁が割れる。だが、同時に炎が掻き消える。
僕らの魔術の衝突は、相打ちに終わった。
「馬鹿な、あの魔術を耐えきっただと……!?」
「まだ、だ!」
「何!?」
自信のある魔術だったのだろう。衝撃を受けているリーダーへ向け、僕は痛む身体に鞭打って走った。
「くっ!」
迎撃は無い。大魔術を使ったことでしばらくは出来ない。一瞬だが、その一瞬があるなら近づける!
「ぬあああぁぁっ!」
「ぐぅ!?」
その隙を突き、僕は組み付いた。飛びかかり、タックルの要領で腰を捕まえる。そして額の血を代償に魔術を行使する。
「『鎖よ!』」
とても短い呪文。使える効果は大したものでは無い。血によって作られた細い鎖が、僕ごとにリーダ-縛り付ける。
「は、離せ!」
「痛、いたっ!」
拳を叩きつけ、引き剥がそうと試みるアルデバランのリーダー。だが鎖がある所為で離れない。
「消えろ!」
だがリーダーにはあの邪眼がある。赤い光が僕の鎖を掻き消した。だが消せるのは魔術だけ。組み付いた僕は剥がれない。
「くっ……!」
「へへっ、どうしたんだ? もう反動は無いんだから、魔術を使って吹き飛ばせよ」
「! ……」
「出来ない、か? そうか、その目を使っている間は自分も魔術を使えないんだな?」
リーダーは魔術を使う素振りを見せない。もう大魔術の反動は消えている筈なのに。その答えを僕は、邪眼の所為と見た。
なるほど。邪眼の範囲で消し去る魔術は無差別。ソイツを使っている間は自分も魔術を扱えないって訳だ。
「だからなんだ、離れろ! お前みたいなズタボロに何が出来る!」
だからリーダーは拳を何度も僕へ振り下ろす。だが結構根性を入れている僕は中々離れない。だがコイツの言う通り僕はズタボロだ。組み付いていることしか出来ない。
それは事実だ。事実だが……。
「へっ、それでいいんだよ。もう僕は、何もしなくていい」
「何!?」
「だってもう、辿り着いたからな」
不敵な笑みを僕は浮かべた。訝しむリーダーは、ハッと何かに気付いて振り向いた。だが、もう遅い。
美月は、ドラム缶へ辿り着いていた。
「しまった……!」
「……私って無感情に思われがちなんですけどね」
ドラム缶の上に手を置き、美月は呟く。その周囲には黒い水玉が浮かび上がっていた。
「これでも結構……怒りっぽいんですよ。だから、覚悟してくださいね?」
インクの塊が形を変えて、人型へとなっていく。
一人で悪の組織を相手取った女の、反撃の時だ。




