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「ぷはっ! ……はぁ、はぁ、死ぬかと思った」




 僕が考えた作戦は二段構えだった。

 まず最初は、目眩ましによる突破を狙う。この際ページは残していっても構わない。僕ら二人だけで奥へ行き、足止めしてもらう。スムーズにいけばこれだけで解決。だが、そう上手くいくとは限らない。

 その為のサブプランが、地に潜る魔術――通称、地行術だった。


「駄目だ、完全に潜られた!」

「くそ、誰か使える奴はいないか!?」

「無理です。あんな高度な術!」


 くぐもった音で地上の音が伝わる。今僕がいるのは土の中。だが呼吸は苦しくない。身体も動く。アクアラングを付けて水に潜っているような感覚だった。

 これが地行術。土の中を自在に泳ぐ魔術だ。

 誰にも攻撃されないし、自由。誰も手を出せずまごついている現状を見ての通り強力だが、欠点も多い。

 その一つは術が高度なこと。

 地味にも見える地行術だが、クリアせねばならない課題も多い。地面をすり抜けること。しかしすり抜けすぎて地下深くまで真っ逆さまに落ちないようにすること。呼吸を可能にすること――等など。必須事項が多すぎる。したがって術は複雑に、そして高度になってしまう。

 そして、もう一つ。高価な触媒が必要なことだ。

 強力な術を発動させようとすると、触媒も高価になる。より古き物。より価値が高い物が必要になり、出費が嵩む。故においそれとは使えない魔術なのだ。


「やったの久々だから発動しない心配もあったけど、成功してよかったぜ」


 だから僕は地行術を普段使いしない。幸い術式は師匠に叩き込まれていたのだが、そんな触媒は中々用意出来ない。なので今回も、便利とは分かりつつも使えない筈だった。

 だけどそれを、奇跡的にクリア出来ていた。


 使った触媒は、ページの服の断片だ。

 ページの纏う燕尾服は、偉大な魔法使い手作りの作品だ。不滅の魔法が掛かっているそれは纏っている本人の意思がなければほつれることすらしない。ただでさえ何百年物のそれに魔法の付加価値があれば、それは強力な魔術の触媒たり得る。というより、匹敵する物を探す方が難しいだろう。それこそ国宝級だ。

 それをページはほんの端っこだが分けてくれた。そのおかげで僕は高度な魔術を使用出来たという訳だ。


「むっ、ぐむむっ!」

「おっと、すまない。さっさと行こう」


 僕に掴まっている美月がペシペシと腕を叩く。術を行使する本人である僕は呼吸も会話も可能だが、あくまで掴まっているだけの付属品である美月にその効果は無い。こうして触れている物は地面に持ち込めるのだが、それ以外の効果は術者本人にしか発動しない。

 美月の息が詰まる前に、さっさと奥へ行ってしまおう。


 予想通り妨害も無く、僕らはあっさり洞窟の奥まで辿り着いた。美月の息が限界になったところで浮上する。


「ぷはっ! ……はぁ、はぁ、死ぬかと思った」

「そういう作戦だったろ」

「理解していても辛い物は辛いんです!」


 怒るなよ。まあ僕が同じ目に遭ったら確かに怒るけど。

 ……洞窟の奥は、拓けた空間だった。岩の中をぽっかりとくり抜いたような空洞。その広さは家どころか小さなビルなら入ってしまいそうな程に巨大だ。周囲には人工物の棚が並び、魔道具らしき物がいくつも並んでいる。まるでアトリエのようだ。所々抜けているのは既にアルデバランが回収しているからだろうか。

 その最奥に石造りの扉がある。あれがページの言っていた霊廟の奥へと続く扉。あの向こう側に、願いが叶う呪物が。


「来たか」


 だがその前に、長身禿頭の男が立ち塞がった。


「……アンタがリーダーか」

「左様だ。我こそが魔術結社アルデバランのリーダー。名は伏せておく。魔術師同士なのでな」


 魔術には相手の名前を利用する物がある。それを警戒しているのだろう。……だが生憎、僕の方は既に知られているのだが。


「僕は蝉時雨。ローゼンクロイツの魔術師。こっちは美月。同じくローゼンクロイツ」


 名乗りながら観察する。ドラム缶は……奴の後ろだ。アレがこちらの切り札という見当はついてるらしく、守る構えらしい。面倒だ。


「ローゼンクロイツ……聞き覚えがあるぞ。我が兄弟子を倒したらしいな」

「あ? ああ、エリザが倒したって話の……その中にお前の兄弟子が?」

「そうだ。首魁だった」


 首魁、か。となると、僕にも覚えがある。

 他ならぬ僕とエリザが邂逅することになったきっかけ。奴が僕が根城としていた魔術都市を訪れたのは、ヘルガーに使われた希有な魔術を治す手段を欲してのことだった。実際、治癒力を暴走させて腫瘍を生み出すという高度な魔術は解くのに苦労した。魔導書が無ければ難しかっただろう。

 つまりそんな高度な、そして希少な魔術を使う魔術師の弟弟子に当たるということ。となるとやはり、強敵だろう。


「そうか。なら一度ウチらに倒されているということで、恐れて撤退してくれないか?」


 手の中に布片を構える。ページから託された燕尾服の欠片だ。小さな布地だが、ページが主人からもらった服を切り詰めることを嫌がったのでほんの数枚しかない。無駄遣いは出来ないこれが僕の切り札だ。

 僕の言葉にリーダーは鼻を鳴らして答えた。


「フッ。残念だが我らも盗掘(コレ)で生活している。結社の長として養っていかねばならない苦労があってな」

「大変だな……僕は御免だが」


 魔術の準備をしつつ、隙をうかがう。だが、倒す必要は必ずしも無い。

 インクの入ったドラム缶がある以上、僕のすることは前と同じだ。


「美月……隙を見て走れ。お前がドラム缶に触りさえすれば、僕らの勝利だ」

「分かってます。……それが難しいことも」


 リーダーに今のところ隙は無い。迂闊に美月が近づこうものなら何をされるか分からなかった。だから、僕が隙を作る。それがこの場での僕の役割だ。


「さて……では始めようか。そちらも、悠長にはしていられまい」

「分かってるじゃないか……」


 ページが大立ち回りを演じて突撃隊長や兵士を相手に時間を稼いでいる今が好機。

 だから猶予はあまり無い。なので僕から仕掛けることにした。


「『空を横切り陰らす者よ、我が意に従い稲穂を食い荒らせ』!」


 呪文を唱え魔術を発動する。手の中の布片が朽ちると同時に僕の周りに光が集った。光は像を結び、数十羽の鳥の群れとなる。


「ほう。中々に高度な術を使う」

「今だけだがな。行け!」


 僕の意に従う光の鳥だ。意外そうに目を瞠るリーダーへと向け、数羽を嗾ける。

 光の鳥は見た目通り光の熱量を持つ。白熱電球を想像してくれれば丁度良いか。それが飛び込んでくるのだ。体当たりが当たるだけでも火傷じゃ済まない。


「『火よ、矢となりて敵を討て』」


 迫り来る鳥に対してリーダーもまた呪文を唱える。呪文の内容から僕は魔術に当たりをつけた。オーソドックスな火を飛ばす魔術だ。

 だが、一つじゃ無い。リーダーの周りには飛んでくる鳥とキッチリ同じだけの矢が浮かんでいた。


「迎撃しろ」


 矢と鳥がぶつかり合う。結果は……相殺。両者は正面から衝突し、対消滅した。


「ちっ、流石の使い手だな」

「このくらいは当然。盗掘集団の長というのは実力が無ければ務まらない」


 厄介だ。その中でも一番厄介なのだ、その場から動かないということ。つまりドラム缶から離れない。奴もまた、こちらの狙いを嗅ぎ取っているのだ。

 だが方法は攻めるより他ない。攻撃を続け、奴をあの場所から引き剥がすのだ。


「行け、行け!」


 まだ僕の周りに待機している鳥はいる。ソイツらにも突撃を命じた。だが今度は工夫して、一つの群れを正面から。もう一つの群れを側面から回り込ませる二面攻撃だ。


「ほう。ならばこうしよう」


 数は二倍。しかも別方向からとなると迎撃し難いのか、リーダーは感心したように吐息を漏らした。だが焦った様子は微塵も無い。代わりに、その鋭い双眸が妖しく光る。

 途端、殺到していた鳥たちは――まるで霞だったように、掻き消えた。


「なっ!?」


 あり得ない。迫っていた全部が消えた。魔術を使った形跡は無いのに、何故。

 混乱する僕に、リーダーは笑みを浮かべて答えた。


「知らないのか? 我が兄弟子マハヴィルは、その目へ人工的に邪眼を埋め込んでいたということを」

「っ! それは……だとすると……!」


 邪眼。それは特殊な力が籠もった瞳。総統閣下(てんし)が持つ能力の一つでもある。

 そして記録で見たことがあった。フォーマルハウトの首魁マハヴィルも、邪眼を使っていたと……!


「フフフ、さてどうする?」


 やはり一筋縄じゃいかない。

 僕らいっそうに気を引き締めた。






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