「平和なものだなー」
「平和なものだなー」
「悪の組織としてどうなんだ」
私は制服の上着をその辺に放り捨て、監視室の椅子に座りぼーっとモニターを眺めて呟いた。隣のヘルガーが尤もなツッコミを入れる。
けれど本当に平和なのだ。
「この辺って、結局私たちが何もしなければなんもないのか?」
「というか、ユニコルオンと会いたくない勢力が多いんだろうよ」
「あぁー」
納得がいった。そのくらいユニコルオンは恐れられる存在なのだ。
別にユニコルオンは世界最強という訳ではない。もっと強いヒーローは日本にも、世界にもたくさんいる。アメリカとかでは宇宙規模にすら達する戦いが繰り広げられている。
だが数百を超えるヒーローが居る中で、わざわざ日本で十本の指に数えられる可能性のあるヒーローが活動する地域に進出しようとする悪の組織は無いだろう。
っていうか、アレ以上のヒーローを想像したくない。だってあの後ネットで検索をしたら「ユニコルオンの弱点は電撃」っていう書き込みを発見したよ。嘘でしょ効いてなかったよ? 弱点でアレなの?
「こわいなー。結局手傷を追わされたのはビートショットだけど、ユニコルオンも一歩間違えば首かっ切られてたかもしれないしなー」
「言っとくが、ユニコルオンまったく本気じゃなかったぞ」
「え? 嘘?」
「ホントだぞ」
ヘルガーは真顔で頷いた。
いや、そうか。そう言えばユニコルオンは武器を持っていなかった。ユニコルオンは別に無手の戦士という訳じゃない。様々な武器をバリバリ使うマルチなヒーローだ。
本気じゃなくて、アレかぁ……。ヒーローって本当に怖いなぁ。
「ま、しばらくはのんびり悪だくみするかー。ユニコルオン相手に生半可な策は通じないだろうからねぇー」
「やる気なのか」
「そりゃまあ。ローゼンクロイツの最強の敵ってことは、ユニコルオンを打倒すれば当面は安泰ってことだし」
無論、敵対するヒーローは山ほどいるがその中で最強のユニコルオンを倒せば最大の脅威が消えるということになる。それだけでもローゼンクロイツにとっては計り知れないプラスだが、強力なヒーローであるユニコルオンを退ければ、衰退しかけていたローゼンクロイツの中興を喧伝する事が出来る。つまりいい事尽くめだ。狙わない手は無い。
のんびりとお茶を飲み、椅子にふんぞり返ってタブレットを弄っていると、監視室の構成員が私へと声をかけた。
「摂政様、通信が入っております」
「通信? 電話?」
「テレビ電話です。モニターに出せますが」
「じゃあ出して。中央のにね」
「ハッ」
私は構成員に答え、正面のモニター群に向き直った。中央には一際大きなモニターが鎮座している。普段は消えているが、緊急時に一番重要な情報を映しだしたりするモニターだ。例えば作戦の地図を出したり、敵の進入時にその姿を映したりする。そして、今回のように通信相手の顔を映すことにも使われる。
さて誰かなー。たぶんドクター・ブランガッシュだと思うけど。新しいイチゴ怪人の生成に成功したとかそういう類の話だろう。あるいはヴィオドレッドかな。補助器具の具合を訊いて来たりするかも……。
そんな風に考えていると中央大型モニターに電源が入る。答え合わせだ。誰だろうか。
『お姉ちゃん?』
妹だった。
「ふぁえ!? 百合ぃ!?」
予想だにしない相手に驚く私。まさか百合から通信がかかってくるとは思わなかったのだ。何故なら百合は機械が苦手。こういった手段で連絡してくるとは、考えてもみなかった。
そして、私ははたと自分の格好に気が付く。
お茶を傍らに置き、タブレットを玩び、制服を着崩し椅子を傾け机に足を乗せている。やることが無くて、だらけた結果だ。
本部では絶対にしない格好だ。この事務所には幹部はいないし、平の構成員ばかりだし、責任者はアレだしで、傍にヘルガーも居るしで気を使う必要がないので思い切り気の抜けた姿になってしまったという訳である。
更に言えば、百合相手にはいつもカッコイイところを見せようとしているためしたことのない格好でもあった。
「うぎゃー!?」
『お姉ちゃん!?』
突如として叫んだ私に、モニターの中の百合が驚愕の声を上げる。
「へ、へ、ヘルガー!」
「ほらよ」
慌てて立ち上がり、ヘルガーに声をかけて落ちていた上着を肩にかけてもらう。皺のついた着衣をぱっぱっと払って直し、緩んでいた表情筋を引っ張って引き締める。
きりっとした表情を作り直して、私は改めて百合に答えた。
「珍しいわね、百合から通信なんて……」
『何事も無かったのように続けた!?』
百合が思わず突っ込んだ。うぅ、誤魔化されてくれないか。
『なんかすごいだらけた格好してたね!?』
「いや、百合。……忘れてくれない? 幻だったのよ今の」
『無理だよ……。むしろ立て直そうとするお姉ちゃんの姿でより記憶に刻まれたよ……』
畜生、挽回のムーブメントが裏目に出てしまったか。幻滅されてしまっただろうか?
だがモニターの中の百合はくすりと楽しげに笑った。
『ふふ、でもお姉ちゃんの珍しい格好が見れてよかった。お姉ちゃんでもだらけることがあるんだね』
「いや今のは例外っていうか。あーうー」
弁解しようとして、言葉に詰まってしまった。仕方が無いので本題に話を移す。
「で? どうしたの百合。っていうかどうやってかけて来たの? 通信機使えたの?」
『あ、それはヤクトがやってくれたんだよー。ねー』
『はい、拙がセッティングさせていただきました』
百合が背後の空間に語りかけると、通信にヤクトの声が入る。
ああそうだった。百合の傍にはヤクトが控えてたんだった。私たちがローゼンクロイツに来た時もトラックの運転手とかしていたから、もしかしたら総統がガジェットを使えない時用に色々覚えていたのかもしれない。実際百合は機械に触りたがらない訳だし。
『それで、お姉ちゃん。事務所はもう稼働したんだよね? ならもう帰ってくる頃会いってヤクトが言うから。何してるんだろうって』
「あ、あー」
確かに事務所が本格始動すれば私は駐留する構成員と責任者に任せ本部に帰還する予定だった。
……が、シマリスがあれではおちおち帰ることも出来ない。
「ちょっとしたトラブルがあってね。心配はいらないから」
『トラブルって?』
「気にするようなことじゃ……」
『お姉ちゃん、お姉ちゃんって肝心なところ私に言わないよね』
「うっ」
妹の鋭い突っ込みにたじろく私。
百合に説明する時、私が被る危険性などは排除して説明するので私には存分な心当たりがあった。
しかし、今はそれとは状況が違う。
『私、言ったよね? お姉ちゃんに危険なことして欲しくないって。そりゃ悪の組織なんだから、仕方ない部分もあるけど……でもちゃんと説明するぐらいはいいんじゃないの?』
言える訳ねぇだろ……!
責任者が民間人に惚れて使い物にならなくなりましたなんて……!
シマリス君をこいつが悪いですって突き出せれば話は簡単なのだが、そうもいかない事情がある。
実は相当強い怪人であるシマリス君は現在の戦闘部門のトップクラスの実力を持つ。戦闘部門は落ち目な為、少なくとも改造室でより強力な怪人が製造可能になるまで彼には前線で頑張ってもらわねばならない。
そして戦闘部門はほかならぬ私の手で予算の縮小を既に決めている。なので今シマリス君が抜けてしまうと非常に困る。
……ということを説明する訳にもいかない。
まず間違いなく、百合はシマリス君の応援をする。昔から他人の恋愛を応援することが好きな妹だ。ほぼ100パーセント、キャーキャーいいながらはしゃぐに決まっている。
ついでにヤクト君に知られれば民間人にうつつを抜かすシマリス君は普通に粛清対象だ。更迭され処罰を受けることは免れない。
だから、誤魔化すことしか出来ないのだ。
「あー、いやねー? そのねー? あのねー?」
『お姉ちゃん……それで誤魔化そうとしているの……? 私そんなに馬鹿じゃないよ?』
いかん、ちょっと百合が怒りかけている。
なんとか弁解を――。
「摂政様、火急のご報告が」
「ぬ? 今、忙しいのだが……」
構成員がこそりと耳打ちをしてきた。君たちの上司の命運が決まりそうな場なのだが……。
だが総統がモニターに出ていて私が対応しているのだ。重要な通信であるのは見て分かる通りだし、それを押して私に報告してきたのだから、余程重要な報告と見て間違いない。
「百合、ごめんちょっと報告があるみたい」
『むぅ……分かった、待ってる』
百合を一旦待たせ、報告を聞く。
「それで? 何があった?」
「実は、従業員である早乙女さんの休憩中、例の白馬という人物が接触して来まして……」
「うん? それは別にいいだろう。早乙女さんのプライベートを遮るつもりは無い」
前にもあったことだ。早乙女さんに告げた通り、厨房とレジに入れなければ別に休憩中誰と話してもいい。報告するようなことには思えない。
しかし、構成員の話には続きがあった。
「それが……それを聞いたシマリス様が二人の元へ向かってしまい……」
「あの阿呆!」
シマリス君を諦めさせる口実になるかと思い、白馬君が彼氏ではないということを伝えていなかったのが仇となった。アイツ二人の仲を確かめに行った!
すぐに追いかけなくては、何をするか分からない。既に職権乱用をしでかしているのだから。
「ごめん百合! ちょっと行ってくる!」
『え? あ、うん。よく分かんないけどくれぐれもヒーローとは戦わないでね?』
「どうなったら戦うことになるんだ」
カップル未満の美男美女に割り込もうとするシマリスの捕獲だぞ。まかり間違ってもヒーローとは遭遇しない。
カモフラージュ用の従業員服に着替える間も惜しんで、ヘルガーを伴い二階へ向かう。
エレベーターを上がり、倉庫を出て中華料理店に入り、そして……。
宙を舞い吹き飛んだシマリス君が壁に叩きつけられた。
「……え」
呆然とする私の視線の先で、ずるりとシマリス君が壁から滑り落ちる。擬態が解けて本来のシマリスボディーに戻っている。頭から血を流し、生死が分からない。しかし紛れもなく重傷だ。
早乙女さんは店の端で目を丸くしている。何が起こっているのか、まるで分からないって表情だ。
そして店の中央、テーブル席のあった場所には一人の青年が武術の構えを取って佇んでいた。
見覚えはある。件の白馬君だ。しかし、その武術には更なる見覚えがあった。
それは、聖騎士甲冑術。
「……俺の周囲3メートルに近づく怪人は擬態が解けるようになっている。何故ここに居るのかは知らないが、ここでこのまま灰になってもらおうか」
白いライダースジャケットの青年、白馬が拳を握り重ねると、光が溢れ一角獣の紋章を作り出す。
「……〝革身〟!」
鋭い掛け声が響き、白馬の姿が変わる。
その身は白いスーツに包まれ、
その顔はバイザーに覆われ、
そしてその頭部には聳え立つ一角が備わった。
「……一角騎士、ユニコルオン参上!!」
ローゼンクロイツ不倶戴天の敵が、降臨した。




