「『故にこそ地に潜れ。探求者よ』」
開幕、僕は槍を構えた突撃隊長に魔術を発動させた。だがそれは、真正面から殴り合う為では無い。むしろ逆。不意を突く為だ。
僕の手から迸ったのは閃光。つまり目眩ましだった。
「ぐがぁっ!?」
光を直視してしまった突撃隊長が怯む。周りの兵士たちもだ。一方最初から示し合わせていた僕らは当然目を瞑り備えている。
目が眩む敵中を、僕らは突っ切って突破した。
「ひ、卑怯なっ!」
「これが魔術師だよ!」
兵士の一人が言った文句に言い返す。魔術師は如何に多彩な魔術を拵えて相手を騙すかが肝心なのだ。卑怯汚いはむしろ褒め言葉だ。
これが僕らの打ち立てた作戦。敵に開幕で目眩ましをくらわせ、そのまま一気に奥まで行ってしまうという訳だ。奥に辿り着きさえすればこっちの物。美月にインクを使わせ映し身を作るもよし。ページに霊廟を開けさせて立て籠もるのも悪くない。とにかくこの兵士たちさえ出し抜けばこっちが一気に有利になる算段だった。
僕らは駆け抜けようと足を動かす。だが、流石にそんなに上手くはいかない。
「うわっ!?」
走る僕の足を、何か細い物が絡め取った。蛇の如く片脚に巻き付き、逆さ吊りにしてしまったのは鉄棒だ。柔らかく、まるで生き物のように動く細い鉄の棒。それが何か、僕には見覚えがあった。
「これ、槍か!」
「そういうことだよ!」
鉄棒の正体は突撃隊長の槍だった。目頭を抑えながら、片方の手で槍を操り僕の方へ伸ばしている。柄はへにょりと歪み、その先端が僕の足に巻き付いていた。
「一体、どうやって。まだ見えていないのに!?」
柔らかい槍の絡繰りは分かる。魔術だろう。槍を柔らかくし自在に操るといった類いの。だが目が回復している様子は無い。一体どうやって僕を見つけて、槍を向けたんだ。
「こういうことさね!」
槍の先端が鎌首をもたげて僕を見下ろす。するとその穂先に、ギョロリと目が浮き上がった。瞳孔の細いその瞳は爬虫類の物だ。
「! なるほど、ただの槍じゃない。蛇の魔法生物か!」
「ご名答。お前対策にとっておきをね」
槍が自分で見つけて巻き付くのなら、自分の視力が回復しておらずとも可能だ。してやられた。
「先輩!」
心配そうに美月が振り返る。僕は構わず行けと言おうとしたが、寸前で口を噤んだ。映し身のいない今の美月じゃ、奥まで行っても戦えない。
僕を助けるしか無い。同じように考えたページが引き返し、宙吊りにされた僕の身柄を解放すべく躍りかかった。
「協力者を返していただきます!」
「いいよ、ほら!」
「え、ぎゃあっ!?」
槍にページの手が届く瞬間、するりとほどけて逃げてしまう。僕の身体は解放され、そのまま重力に掴まって真っ逆さま。地面に激突し醜い悲鳴を上げた。
痛みで涙の滲む視界に、蛇がページの拳を迎撃するのが映った。
「チッ、流石は自動人形サマだな。パンチが重いッ」
言いながらも突撃隊長は鞭のように蛇槍を振るいページの打撃をいなしていた。新体操のリボンの如く鮮やかに舞うそれは、しなやかに拳を打ち払っていく。
「くっ、前よりも手強い!」
「ハッハァ! 当たり前だ。こちとら一度当たって逃げていくお前の手並みを見てるんだ。対策や戦力を備えるくらいはするさ」
蛇の槍を使う突撃隊長の業前は見事の一言だった。ページの戦闘力は間違いなく僕らの中で一番。それを軽々と抑えてみせている。
突破するには……僕は地べたから身を起こしつつページに向かって叫んだ。
「槍を掴んで、こっちへ!」
「! はい!」
僕の考えを察したのか、ページは即座に頷いた。向き直り、突撃隊長へ向け拳を振るう。放っておけば顔面を平らに叩き潰すそれを突撃隊長はやはり蛇槍で防ごうとした。だがそれは誘いだ。ページはパッと拳を開き、その長い胴体を掴み取った。
「何ィ!?」
「蝉時雨殿!」
大きく飛んで、ページが僕の傍らに着地する。僕は左手に触媒の小瓶を掴み、もう片手で差し出された蛇の胴部を握った。
「『時の流れは移ろい過ぎる。それを変えること難し』!」
「しまった!」
唱えるは錆の魔術。突撃隊長に通じた魔術だ。武器を錆びさせれば奴は得物を失う。また取り出すにしても時間稼ぎにはなる。
突撃隊長の焦った声音に僕は口角を上げる。
……だが魔術は、いつまで経っても発動しなかった。
「えっ!?」
「――なんてな。対策済みなんだよォ!」
蛇がうねり、僕に掴まれたまま大きく暴れる。堪らず千切られるように手を離した僕は、勢い余って吹き飛ばされた。
「あぐっ!」
「お前の魔術は武器を、金属を錆びさせる魔術だろう? だったら生き物にはどうしようもない訳だ。コイツは武器として扱えるぐらい硬くはなれるが、あくまで生身なんでな」
……そうか。僕もまた対策されていたのか。
ページの手からもすり抜け、蛇槍はスルスルと突撃隊長の手の中に戻っていく。
「畜生、面倒な……」
「褒め言葉だな。それよりお前ら、いいのか?」
突撃隊長が僕らを見てニヤリと笑う。……見て? しまった、閃光から視界が回復している!
バッと振り返る。するとそこには、僕らを囲うように兵隊がズラリと整列している姿があった。突撃隊長に手間取っている間に、復活してしまったいる。
「撃て!」
各々構えた武器を突撃隊長の合図で一斉に発射する。
「美月!」
「きゃっ!」
僕は咄嗟に美月を庇い、障壁を発動させた。魔術師としての基本技能。攻撃を弾く透明な壁。ただし魔法少女などが張るそれとは圧倒的に強度が違う。だから銃弾などを数発弾いただけで、その表面は罅割れていた。
「ぐっ……!」
「先輩!」
「まだ、だけど、ページ!」
長くは耐えられない。だからすかさずページに助けを求めた。
障壁の外にいるページは自前で兵士たちの攻撃は防いでいた。それは流石だが、突撃隊長に食い付かれている。しなる槍が視界の回復した腕前と相まって襲い掛かっている。その所為で僕らを援護することは出来なさそうだった。
「くっ、ごめんなさい、無理です!」
「マジか……!」
頼みの綱が首を振る。そのすぐ傍で肉迫する突撃隊長が笑った。
「ハハッ、最初はしてやられたが、なんだかんだと作戦通りだ!」
やはり奴らの作戦はページを大駒で抑え、僕たちを数で削り殺していくことか。この上なく有用だ。僕にはヒーローや一握りの怪人のように、軍勢を圧倒できる程の力は無い。
防壁はどんどん罅割れていく。広がっていく亀裂を見て冷や汗が流れた。このままではやられてしまう。
突撃隊長の哄笑が響いた。
「ハハハッ! 穴だらけになっちまうぞ! 素直に降参するなら、待ってやってもいいが――」
「――いや、ならば、こちらが先に穴を掘ることにする」
「は?」
ピタリと笑い声が止まった。それに愉快さを感じながら、僕は新たな触媒を懐から取り出した。
それは小さな布片。青い色をした、指の先程の布きれだった。
僕はそれを握り込み、呪文を詠唱する。
「『其処は果てか。否である。其処は終わりか。否である』」
「魔術! クッ」
「いかせません!」
呪文は長い。強力な魔術ほど詠唱は長くなる。それだけ大きな隙を晒すが、そのくらいは障壁とページがカバーしてくれる。
「『其処は始まり。其処は続き。遙か彼方まで続く探求は決して終わりを迎えず、歩みは止まらない』」
発動に備えて美月の身体を抱えた。片手で抱きしめるような形になってしまったが、今は取り敢えず考えないことにする。
「『決して闇を恐れるな。決して後ろを振り返るな。光無き場所にこそ、真理は眠る――』」
「それは、まさか!」
呪文の内容に当たりがついたのか、突撃隊長が表情を歪める。僕はそれを心中でもう間に合わないぞ、と嘲笑いながら呪文を結んだ。
「『故にこそ地に潜れ。探求者よ』」
布片が朽ちていく。僕の身体から光が微かに立ち上り淡く輝いた。魔術が完成した証。
そして僕らは、とぷん、と。
水に沈むように地に消えた。
「地行術! 地面を潜る術か!!」
ご名答。
僕は何も答えず、地面を悠々と泳いでいく。
目指す先は、洞窟の奥。霊廟だ!




