「二人とも、作戦通りに行くぞ」
「――狩人からの連絡が無い?」
遺跡の前で部下からの報告にそう怪訝そうに答えたのは禿頭の長身――リーダーと呼ばれた男だった。
隣にはドラム缶を見つけ運び終えた突撃隊長もいる。
「狙撃中だからじゃ? いつも集中してる間は通信機の電源を切ってるし」
「……いや、偵察兵たちにも繋がらないのでは、撃破されている可能性が高い」
「アイツが……」
意外そうに突撃隊長は目を見開いた。単独で仕事をこなそうとする癖はあるが、腕と立つ男だ。簡単にやられたとは信じられないのだろう。
だがリーダーは確信を持って頷いた。
「突破されたものとして動いた方がいい。残った総員で遺跡前を固める。そう全員に伝えろ」
「ハッ!」
兵士が走り、リーダーの命令を全員に周知させていく。それを見届けながらリーダーは隣の突撃隊長に問う。
「ドラム缶の中身は?」
「あぁ……変哲の無いインクだったよ。魔術の形跡も無し。なんでアイツらがあんなのを欲しがったのか、まったく分からんね」
自分が運んできたドラム缶の内容物を拍子抜けしたように語る突撃隊長。ローゼンクロイツたちのやり取りから切り札的な存在が入っているのだと考えていたが……まるで見当が違っていて困惑していた。
「ふむ……だが、何か仕掛けがある可能性は捨てきれん。奥の方へ運んでおけ」
「了解。おーい、お前たち」
近くにいた兵士にドラム缶を運ばせる。迎撃の準備の為兵士たちが全て出払い、束の間遺跡の前には二人きりとなった。
「……勝算は、リーダー?」
突撃隊長の問いにリーダーは顔色を変えずに答える。
「ふむ。まず脅威はあの自動人形だ。奴の身体能力は高い。兵士たちでは束になっても敵わないだろう」
「だったらソイツは俺が相手にするしかねぇな。だが少女はともかく、魔術師はどうする?」
突撃隊長は敵対する三人を思い浮かべた。強靱な身体能力を持つ自動人形のページ。それに対抗するには近接戦闘を生業とする自分が出るしか無いだろう。だが放って置けないのは魔術師もだ。魔術の種類は豊富だ。自分たちも魔術を使う分、その厄介さが身に染みている。
「あぁ……だが、戦闘力はそこまで高く無い筈だ」
「何故そう言える?」
「もしそうなら、お前をもうとっくに熨している筈だろう?」
ニヤリと笑いながらそう言うリーダーに突撃隊長はバツが悪そうに顔を歪めた。武器を錆びさせられたのを思い出したのだ。
「確かにな……あの丸腰になった瞬間、俺を倒せる術があるのならあの少女を走らせる必要は無かった」
「だろう? ならば、数で押し潰せばいい。お前が自動人形を抑えている間、兵士たちで他二人を圧倒する。それでお終いだ。どうせ奴らはここに来るしか無いのだからな」
リーダーの語るソレは、単純だが理に適った戦略だった。
敵はここへやってくるしか無い。何せ目的の物があるのだから。この場で待ち構えていれば敵は向こうから飛び込んでくる。
逃げるという選択肢はあるが、それはそれで都合が良い。ローゼンクロイツの物らしき黒い船は調べたが、もぬけの殻で何も無かった。どうやらただの移動用に使う足らしい。一応警備はさせたが、あれで逃げるなら追うつもりは無かった。
何せ自動人形はこの島から逃げられない。
「この遺跡は、自動人形と密接に繋がっている」
リーダーは遺跡の壁に手を当てそう語った。
「深部までの鍵であるだけで無く、この憑読島の管理者でもあるらしい。遺跡に書かれていた碑文を読み解いて判明した」
「管理者……」
「あぁ、そして魔法で無理矢理作られたこの島は、あの自動人形が管理しなければ沈んでしまう代物らしい」
「なんだって!?」
驚く突撃隊長。自分たちが今確かに踏みしめる大地が沈みかねない。そう聞いては当然焦る。
「慌てるな。すぐにじゃない。誰も居なくなった建物が朽ちて廃墟になっていくように、この島も自然を失い崩れ海に還っていく……って話だ。数年はかかるだろうな」
「なぁんだ。……だがそれなら、自動人形はここから出られないという訳か」
突撃隊長は納得して安心した。ページと会話したのはアルデバランが宝を根こそぎいただくという目的がバレるまでの短い間だったが、それだけでも霊廟のことを大切に思っていることは窺えた。それがむざむざと沈むような真似はしないだろう。
「そうだ。故に奴らは必ずここへ来る。だったら待ち構えておけばいいという訳だ」
「なるほどな。……それで、アンタはどうするんだ、リーダー?」
抱えていた疑問はいくつか晴れたが、まだ分からないことが一つだけある。この場の長――リーダーの配置だ。
突撃隊長は知っている。この男こそが、アルデバラン最大戦力だと。
リーダーは歯列を剥き出して答えた。
「当然、ここで最後の門番をする。お前らが抜かれた時用の保険だな。ついでに用途の分からないインクも守っておく」
「やれやれ。大層な保険だこと……」
突撃隊長は肩を竦めた。それなら万が一自分が抜かれても安心できると。
そんなやり取りをしていた二人の元へ、兵士が走り寄ってくる。
「報告します! 渓谷から報告にあった三人が姿を現わしました!」
「そらおいでなすった」
「丁度だな。では、頼む」
「あいよ。狩人の敵討ちと参りましょうか」
突撃隊長は魔術で引き出した槍を肩に担ぎ、伝令の兵士と共に前線に向かう。その背を見送り、リーダーは呟いた。
「さて、どう出るかな。ローゼンクロイツ――我が兄弟子を倒した奴輩たちは」
細められた瞳が、妖しく光る――。
◇ ◇ ◇
「敵襲、敵襲――ぐあっ!」
「はいよっ! そこで寝てろ!」
僕らはページによる案内の元、敵拠点――霊廟へ強襲を仕掛けた。山の中をくり抜いたようになっているそこはかなり広い空間が広がっていて、アルデバランの連中はそこにテントや機材などを置いて前線基地を作っていたらしい。ページの感知力で限界ギリギリまで忍び寄って、もう見つかるというところで攻勢に出た。奇襲なら僕でも兵士を相手取れる。相手の足並みが揃わないうちに一気に減らしてしまいたいが……。
「……そこまで上手くはいかないか」
「そういうことだ。魔術師たち」
空間の奥――洞窟のようになっていて奥が見通せない場所から現われたのは、あの突撃隊長だった。顔に軽薄そうな笑みを浮かべ、既に槍を持っている。
突撃隊長と言うだけはあるのか、奴の登場で浮き足立っていた兵士たちの動揺は一気に収まってしまった。
兵士たちを率いながら突撃隊長は戯けて笑った。
「おっと、魔術師なのは俺たちもか」
「……もう一人の隊長格は、出てこないんだな」
僕は奥の方を注視しながら言った。突撃隊長の瞳が意外そうに見開く。
「お? なんでお前ら知って……って、ああ。自動人形はこの島の管理者だっけ。だったら知っててもおかしくねぇか」
「……ドラム缶も、奥だな」
「ああ。……やっぱ何か仕掛けがあるのか、あのインク」
どうやら奴らも中身を見たらしい。だがあのインクがなんなのかまではまだ分かっていない。当然だ。ただのインクなのだから。
だが僕らの勝機でもある。僕は触媒を入れた瓶を構え、隣の美月、ページに告げた。
「二人とも、作戦通りに行くぞ」
「はい。分かりました、先輩」
「了解しました」
二人の意思を確認し頷き合い、僕は改めて突撃隊長へ向け宣戦布告する。
「僕はローゼンクロイツ魔術部門の長(約一名)、蝉時雨!」
「ご丁寧にどうも。俺は魔術結社アルデバランの突撃隊長!」
僕は瓶を、奴は槍を構え、戦闘態勢に入る。
「いざ尋常に――」
「――勝負!」
突撃隊長は槍を持って突進し、僕は魔術を発動させる。
こうして戦いの火蓋は落とされた。




