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「お見事。今度は当たったぜ。……偽物にな」




「まだ出てこない、か……」


 蝉時雨たちが逃げ込んだ森を見下ろせる丘の上に立つ、一本の木。その最も太い枝に座り、アルデバランの狙撃手"狩人"は独りごちた。

 手にはライフル。それも魔術師の端くれである自分にしか扱えない特殊仕様。そんな相棒を構え、狩人は森の入り口、その一つをじっと見つめていた。


 森は岩場と鬱蒼とした木々でまるで迷宮のような入り組んだ構造になっている。地理に詳しくない者が迷い込めば二度と出られないような場所だ。当然、この島に来て日が浅いアルデバランでは踏み込めない。だがその複雑な構造の所為で森の出入り口は限られていた。その数は三つ。

 入ることは出来ない。ならば入り口で出てくるのを待てばいい。

 故に狩人と彼の率いる偵察兵たちは総員で入り口を見張っていた。


「森の中に入って数時間経つ。もうそろそろアクションを起こしてもいい頃だと思うけど……」


 三ヶ所の出口を見張るため、狩人たちは三手に別れた。偵察兵たちを二班に分け、狩人は一人。それぞれで出口を眺める場所に陣取る。偵察兵は十人。三人相手の戦闘を考え数で勝れるようそれぞれ五人ずつ。

 狩人が一人なのは、自分だけで三人を仕留める自信があるからだ。


「さっきは外したけど、次はそうもいかない」


 先程はページに弾丸を弾かれてしまった。それは狙撃の腕前を自負する狩人にとっては屈辱だ。それまでに放った物は牽制程度で外れても構いはしなかったが、アレは必殺のつもりで撃っていた。それを防がれたことは狩人にとって恥ずべき事だった。この恥辱は拭わねばならない。

 必ず仕留める。その意を深くして狩人は自分の担当する入り口を注視する。

 集中を深めていくその作業の最中、それに水を差すように耳元で喚き声が上がった。


『――こちら第二班! 敵が現われました!』

「……来たか」


 偵察兵たちに任せている入り口二つ。その内の一つから敵は出てきたようだった。


「数は?」

『三人です! ですが、敵が、自動人形が強く……!』

「使えない奴らめ」


 舌打ちする。とはいえ仕方ないことだ。偵察兵はあくまで偵察を主眼に置いた兵科であり、戦闘は本分では無い。装備も軽装で、修めている魔術も戦闘より探索よりだ。多くを求めるのは酷と言えた。

 だがその展開も予測済みだ。


「――狙う」


 照準を変える。見張っていた森の入り口から目を離し、別方向へ。そこは、第二班が見張っている筈の入り口の方角だった。

 スコープ越しに映るのは、戦闘するページたちの姿。

 そう、狩人が陣取る木の上は、全ての入り口を見渡せる場所だったのだ。


「いた」


 目に映るのは、確かに三人の姿。自動人形と、魔術師と、少女。先程崖上の攻防で見た顔と一致した。全員揃っている。射程距離内。ならば、後は誰を標的とするか。

 ページは論外。鍵である自動人形は、生かして連れて行かねばならない。となると後は二人。だが内一人は大したアクションを見せない。

 だったら狙うは、厄介な手札を持っているかもしれない魔術師。


「―――」


 息を止める。考えることを止める。狙撃に無用な要素を剥ぎ取っていく。

 ただ引き金を引くだけの機械へと、己を変えていく。


「――死ね」


 そして狩人は、撃った。

 なれば、後は決している。


 ライフルから放たれた飛来物は過たず――蝉時雨の頭を撃ち抜いた。


「まずは、一人」


 スイカのように弾けるそのザマを見て、狩人は唇を歓喜に歪めた。獲物が死んでいく姿はいつだって彼の心を満足させる。

 だが――スコープの中に映るその景色に、彼は違和感を覚えた。


「――ん?」


 照準には、他二人の顔も映っている。当然だ。次に狙うつもりなのだから。

 だが、その表情が妙だ。少女、美月は驚いている。しかし言ってしまえばそれだけだ。びっくり箱が破裂したから目を見開いた。その程度。悲しんでいる素振りは無い。仲間が死んだというにはいささか薄情だ。ページに至っては見向きもしない。

 何かおかしい。そのことに気付いた時には、もう遅かった。


「はっ――」

「――やっとまみえたぜ。スナイパー」


 スコープから顔を上げると、そこには撃ち抜いたはずの顔があった。






 ◇ ◇ ◇






「何故、お前が!?」


 意外と幼い風貌をした、狙撃手が目を瞠る。まあ気持ちは分かる。何せついさっき僕は、頭を撃ち抜かれたのだから。

 だがトリックは簡単だ。

 美月がなけなしのインクで僕の映し身を作り出した。ただそれだけ。


 森を出る為に立てた作戦は、こうだ。

 まず無力化すべきなのは、狙撃手。奴に狙われている限り僕らはどこからでも狙撃される。撃たれる前に倒せばいいのだが、当然ながらそれは難しい。狙撃の一番の武器は距離。簡単には狙えない場所から僕らを撃つはずなのだから。

 まずはそれがどこかを探す必要があるのだが――その難点は、簡単にクリアできた。

 ページの索敵能力で見つけることが出来たからだ。三つの出入り口を見下ろせる木の上。そこに狙撃手は陣取っている。ページはこの能力のことを相手は知らない筈と言った。だったら自分が見つかっていることに対して警戒はしていないだろう。そこが付け目。


 なら次に考えるべきは、どうやって近づくか。堂々と接近すれば、当然撃たれる。策が必要だ。

 そして僕が考えた策は――敢えて、撃たせることだ。


「さてな。魔術師ならあらゆる可能性を考えるんだな!」


 予め発動させておいた魔術を解放し、右手を狙撃手の顔面に押しつける。瞬間、激しく光る稲光。小規模の雷を作る魔術――つまりスタンガンだ。


「ぎゃっ!!」


 バチンという音が鳴り響き、狩人は気絶した。枝の上に抱えていたライフルが落ちる。


「おっと。……ははぁ、なるほど。弾丸に魔術を仕込んでいるんだな。これなら多少腕は悪くても当たる……考えたな」


 拾い上げ中身の機構を確認する。すると弾丸代わりにボルト――矢が出てきた。矢柄にはビッシリ呪文が書き込まれている。ここで詳しくは解析できないが、おそらくは当たりやすくする為の魔術だろう。狙撃の腕前はここに秘密があったようだ。


「お見事。今度は当たったぜ。……偽物にな」


 嘲笑し、僕は戦利品であるライフルを肩に担いだ。


 近づくためには、敢えて撃たせる必要があった。

 狙撃手にとってもっとも無防備な瞬間。それは標的を狙い撃った時だ。その瞬間ばかりは、狙撃手は獲物に全神経を集中している。その間なら、例えば魔術で見つかりにくくしているだけで近づける。僕のような木っ端な魔術師でもね。

 だが当然、僕が出て行かなければ警戒するだろう。他二人でもだ。誰かがいない時点で、陽動を警戒する。そしたら狙撃手は自分が狙われることを考えて撃つことを躊躇ってしまう。それでは意味が無い。

 だから三人で出て行く必要がある。その場合、真っ先に狙われるのは僕だ。

 魔術結社であるアルデバランは魔術師の厄介さを骨身に染みて分かっている。何せ本人たちがそうだ。一番の脅威は戦闘能力の高いページだろうが、霊廟の鍵である彼をあまり傷つけることは出来ない。だったら、何か魔術を使うかもしれない僕を狙う。これは確信だ。


 だから、美月に映し身を作らせた。彼女自身の記憶からイザヤの能力で映し出し、残っていたインクを使って偽物を生み出した。僕の戦闘能力はあまり高くない。だから少量のインクでも作り出せた。癪なことだが。


 そこからは簡単だ。偽物を含めた三人で飛び出し、偽物の僕を撃った瞬間に接近し、倒す。

 これが作戦の全容で、そして今、完遂した。


「後の兵は、ページに任せればいいだろう」


 奪ったライフルのスコープで覗き、残った二人を確認する。

 ページは大立ち回りを演じ、兵士たちを蹴散らしていた。増援もやって来たが、問題ないだろう。美月も無事だ。


「さて、お次は本陣か」


 木の上から島の中央を見上げる。そこには山があった。

 その麓に、霊廟は隠されている。そしてその前には、残ったアルデバランたちが集結している筈だ。


「またこう、上手くいけばいいけどな」


 そうはならないだろう。

 激戦の予感を覚え、僕は溜息をついた。






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