「おめおめと敵を逃がして凱旋だ。言い身分だね、突撃隊長」
キン、と甲高い音が響いた。
それは、僕の眼前へと迫っていた槍が弾かれた音だった。
「何!?」
僕の喉元を狙っていた穂先が逸れ、近くの地面に突き刺さるのを見て突撃隊長は驚愕した。横からの突然の妨害。予想だにしない展開に目を丸くしていた。
僕はすぐに美月へ目を映した。しかし彼女も呆然としている。美月の妨害では無い。当然敵である狙撃手でも。では、誰が?
その思考は、唐突に僕の目の前に顔が現われたことで中断された。
「わっ!?」
「こちらへ!」
整った美しい顔だった。中性的で肌には染み一つ無い。金茶の髪は短いから、少年だろうか。十代前半に見える。
そんな美少年は僕を抱え上げた。体格で遥かに勝るはずの僕を。しかもお姫様抱っこだ。
「な、な……」
「貴女も!」
軽々と僕を抱えながら、少年は美月にも叫ぶ。突然の闖入者に僕と同じように呆気にとられていた美月だが、この場から逃げなくてはいけないことは理解していたようで、正気に戻ると共に駆け出した。行き先は、少年と同じ方向だ。
数瞬遅れて突撃隊長も我に返る。
「は、テメェ、待ちやがれ!」
突撃隊長は槍を引き抜き、僕ら目掛け投擲した。真っ直ぐに飛んでくる投げ槍。どう見ても直撃コースだ。
「失礼!」
だが少年は、僕を抱えたまま脚で蹴り上げ弾いた。金属音を響かせ、槍はあらぬ方向へ飛んでいく。
「な、クソ、『狩人』!」
あっさり槍が弾かれたことに目を剥きつつも、突撃隊長は耳に手を当て誰かに向けて叫んだ。恐らく、狙撃手だ。
呼応するように、風を切って何かが飛来する。
「こちらも失礼!」
だが少年は、それにすら反応してみせた。地を蹴って、空中で身体を捻る。すれば、少年の反った背中を潜るようにして飛来物は通過していく。音のようなスピードで迫る物すら、躱した。
二つの攻撃が外れ、もう妨害が無いのか追撃は無かった。
僕らは謎の少年に連れられ、その場を離脱した。
◇ ◇ ◇
「……帰ってきたんだ」
「おう」
蝉時雨らを逃がした突撃隊長は一時拠点に戻ってきていた。
森の中らしき場所だった。木々に囲まれた空間。だが幾分か空いているそこに、天幕が張られている。中にはいくつかの機材、コンテナ、ベッドなどの生活必需品があり、そして数人の人間がいた。
ここが憑読島に作り上げた、魔術結社アルデバランの仮拠点である。
そこにいた内の一人。木の枝の上に座った、淀んだ目付きをした黒髪の少年が応じる。
「おめおめと敵を逃がして凱旋だ。言い身分だね、突撃隊長」
「そう言うお前だって外したじゃねぇか、狩人」
狩人と呼ばれた少年は抱えたライフルを傾け、溜息をつく。
「あれは『躱された』、って言うんだよ。驚きの反応速度だ。人間じゃ無い」
「実際、人外だからな」
突撃隊長は肩を竦め、椅子に座る。傍にいた兵士が金属のコップに注がれたコーヒーを差し出してくる。突撃隊長は礼を言ってそれを受け取り、啜りながら狩人に話しかけた。
「アイツらはどこいった?」
「僕預かりの偵察兵に追わせているけど、北の森林に逃げたらしい」
「あの深そうな森か……地理に明るくない俺たちが追いかけるのは無理そうだな。だが、中央へ向かうことは避けたか」
「だろうな。我々が待ち受けていることが想像つくのだろう」
意外そうな突撃隊長の言葉に答えたのは、狩人では無い。
「リーダー」
長身な男だった。背が高い突撃隊長と比較して、なお大きい。突撃隊長がスタイルが良いという印象に収まるとすれば、男は不気味で、威圧感を覚える程に巨大だった。
剃り上げた頭、痩せこけた頬。そして鋭い目付き。厳めしさの塊その物である風貌。
彼こそが、アルデバランを纏めるリーダーであった。
「遺跡の方はどうだい?」
「駄目だな。やはり、奴がいなければ奥までは開かないらしい」
リーダーは木に背をもたれる。長身が過ぎて、座る方が却って億劫だからだ。
「鍵となる奴がいなければ最奥部は閉じられたままだ。そして最奥部にこそ……」
「お目当ての呪物、『魔法使いの小指』が収まっているって訳だ」
それこそが、遺跡の盗掘を繰り返してきたアルデバランの今回の獲物だった。
「そういうことだ。だから何としても奴を確保し、そしてローゼンクロイツ共を排除せねばならん」
「なら次はどうする?」
重い声で方針を告げるリーダーに、突撃隊長が今後の方策を問う。リーダーは頷き、ローブの懐から古本を取り出し開いた。
「この資料に書かれた地図によると、森の入り口は限られるそうだ。ならばそこに張り込み、出てきたところを狙うべきだろう」
「なら僕が行こう。待つのには慣れている」
狙撃手である狩人が名乗りを上げた。手にしたライフルを掲げ、次は仕留めてみせると言外にアピールする。
リーダーは首肯した。
「うむ。次に、奴らが持ってきていたドラム缶も回収すべきだろう」
「アレを? いや、そうか。奴ら一発逆転の手段みたいにドラム缶を狙っていたからな。万が一にでも奴らの手に渡らないようにこっちで拾っておくべきか」
「ああ。そういうことだ」
「だったらそっちは俺が行こう。合流はここか?」
その問いかけには、リーダーは首を横に振る。
「いや、遺跡の前に布陣しよう。万が一のことを考えてな」
「心外だな。僕が抜かれると?」
リーダーの言う万が一は、即ちローゼンクロイツたちが狩人の狙撃を潜り抜けて遺跡に肉迫することを指している。狩人は己の力量が侮られていることに強い不快感を示した。
「そうではない。だが油断は禁物だ。我々の知らぬ手段で状況を打破することは、常にあり得る事だからな。それに奴からこちらに来てくれれば、手間が省けるというものだろう」
リーダーはそう言い切った。狩人は一応は納得し、怒気を収める。
もう異論は無いようで、リーダーが纏める。
「では行こう。全ての神秘を我が手にすべく」
「ああ」
「おう!」
三人は頷き合う。
魔術結社アルデバランが、ローゼンクロイツを仕留めるべく動き出す。
◇ ◇ ◇
「ここまで来れば、一先ず安全でしょう」
そう言って僕を抱えていた少年が僕を降ろしたのは、深い森の中だった。鬱蒼とした木々は行く手を阻み、確かに生半には追って来れそうに無い。
背後には美月もいる。少年を必死に追って息も絶え絶えだ。
「はぁ、はぁ」
「……それで、君は?」
荒い息をつく美月の代わりに僕が問う。少年は僕の問いに答え、慇懃に礼をしながら名乗った。
「申し遅れました。私の名はページと申します」
少年、ページは顔を上げる。
見れば見るほど不思議な少年だった。
幼さの残る顔立ちは、中学生くらいだろうか。ゆるいパーマの掛かった金茶の髪と、宝石のように青い瞳が特徴的だ。衣服は燕尾服だろうか。青と水色で彩られたそれは不自然な程に汚れていない。僕を抱えて森の中を突っ切ってきた筈なのに。
「僕は蝉時雨。こちらは夢見崎美月」
返答に僕と、ついでにまだ息を整えている最中な美月の名を告げる。
「まずは礼を。助けてくれてありがとう」
ページに対し、まずは礼を言った。あの場で助けられ、逃げ延びたのは確かな事実なのだから。
しかしそれはそれとして、訊いた。
「だが、君は何者だ?」
不信感を露わにし、問いかけた。
ページの正体は一切不明だ。衣服も容姿も、この場に似つかわしくない。その出で立ち、存在その物が不自然の塊。その点で言えば、盗掘者であるアルデバランの方がまだマシだ。
僕は警戒心を解かないまま更に問いかける。
「僕を守ったその体術、只者ではない。そんな君は、何故僕らを助けた? 目的は何だ?」
不躾とも言える僕の問いを、ページは柔らかな笑みを浮かべて受け止める。
「貴方様の疑問はもっともです。なので、肩書きをキチンと名乗りましょう」
そう言ってページは燕尾服の胸元に手をかけた。丁寧にボタンを外し、シャツの内側を開いてみせる。その中身を見て、僕は息を呑んだ。
「偉大なる魔法使いにより呪物の守護を任された自動人形――そう言えば、お分かりになりますか?」
少年の心臓は、歯車と魔力を秘めた宝石で出来ていた。




