「そういうこと。だから競争相手とかは邪魔なんだよね」
「フォーマルハウトだと……」
目の前の男が呟いたその名前に、僕は聞き覚えがあった。
直接相対した訳じゃない。だが、因縁深い名ではある。
魔術結社フォーマルハウト。魔術師で構成されたその組織はとある因果でローゼンクロイツと衝突した。その際首魁との戦闘において、ヘルガーが魔術によって重傷を負ってしまった。
その治療法を探すために、エリザは僕の暮らしていた魔術都市アル・カラバを訪れたのだ。そして嫌な再会を果たした僕は、ローゼンクロイツへ誘致されることとなる。
だからフォーマルハウトの名は、ローゼンクロイツとしての僕の始まりとも言える。
「そう。アンタらはローゼンクロイツだろう? 直接では無いが、親の仇……くらいではあるか」
男は僕らの衣服についたローゼンクロイツの意匠を見て言う。確かにフォーマルハウトを壊滅させた僕らローゼンクロイツは彼らにとっては敵だろう。だがそう語るアルデバランの男の目に、言葉のような憎しみは無い。むしろ、面白がるような眼差しをしていた。
「ま。別に関係ないけどな。元々勘当めいて分かれた分派だけどな。勝手に盗掘だの冒険だのをするってさ。それで叱られて追放だよ。だからあまり義理も恨みも無い。むしろちょっかいかけてくる目の上のたんこぶがいなくなってくれて清々しているくらいだ」
……なるほど。遺恨では無いらしい。だが油断も出来ない。現にこうして攻撃してきているのだから。
「放蕩息子、って訳か」
言いつつも僕は、いつでも戦える、あるいは逃げ出せるよう中腰で立ち上がる。立ち上がりきらないのはまだ警戒しているからだ。
男はにかっと笑って朗らかに答える。
「そうそう。俺たちってばお宝探しに夢中になっちゃってさ。派手にやり過ぎて怒られちゃったのよ。秘術や秘宝の確保が大事だって言ったのは向こうだってのにねぇ」
「だから、この島に」
溜息交じりにそう語る男の言葉から推測するに、コイツらアルデバランとやらは魔術的な宝物を狙って活動している……ということか。いわゆるトレジャーハンターという奴だ。ならこの憑読島の呪物を狙ったのも頷ける。願いが叶うなんて代物は、是が非でも欲しいところだろう。
「そういうこと。だから競争相手とかは邪魔なんだよね」
男は僕を見下ろしながら何か欠片を取り出した。
「俺は、まぁ突撃隊長とでも呼んでもらおうか。実行部隊の取り纏め役をしている」
男、突撃隊長はそう言うと、欠片が一瞬で槍へと変ずる。あれだけの長物を隠し持っている様子は無かった。変化の魔術……しかも無詠唱。だとすると相当な腕前だ。伊達に魔術結社の分派を名乗ってはいない。
僕は庇いつつ、美月に問いかけた。
「複製は出せるか?」
「少しは……でも、あまり強力だとインクが足りないかも知れません」
イザヤの能力は、強力な存在を出そうとするとそれだけインクを消費する。同じくイザヤの力で美月は体内にインクを溜めておけるが、それも高が知れている。使いどころが難しいな。ここで切るべきでは無いのかもしれない。
僕はチラとドラム缶を見た。持っていたヘルガーがいなくなって、地面に転がっている。アレを使えれば。
「……あぁ、ソイツか? 何を運んでるんだか知らねぇがアンタらにとって余程大事な物らしいな」
僕の視線に気付いた突撃隊長がそんなことを言うが……もしかして、ドラム缶の中身を知らないのか?
だとすれば、勝機はある。
「美月、お前はドラム缶に走れ。そしてなるべく強力な存在を出して、場を制圧しろ」
「……分かりました。けど、警戒されていればそれは果たせません」
突撃隊長は僕たちとドラム缶の間に挟まるように一度っている。中身が何かは分からないが、触れさせないようにしている動きだ。無防備に美月が近寄れば、すぐに手にした槍で刺し殺されてしまうだろう。
「分かっている。その隙は……僕が作る」
だから、その道を拓くのは僕の役目だ。
「機を見て走れよ!」
「! 来るか」
そう言って、僕は背を低くしながら駆け出した。突撃隊長が警戒して槍を構える。それを見ながら僕は懐からお札を取り出した。
「『時の流れは移ろい過ぎる。それを変えること難し』!」
素早く呪文を唱えると、触媒に使った呪符が代償として朽ちる。そしてその代わり、赤い粒子が舞った。
飛び散る羽毛のようにふわふわと舞うそれを見て、突撃隊長は警戒する。
「ハッ、魔術師か! だが易々と喰らってはやれないな!」
突撃隊長はそれを認めるや否や、素早く槍を振るって赤い粒子を振り払った。魔術に籠められた効果を警戒し、触れないように排除する動き。魔術師と戦い慣れている証拠だ。
……好都合なことに。
「はあぁぁっ!」
僕はそのまま突撃隊長めがけ突っ込んだ。端から見れば、魔術が防がれ自暴自棄になってしまったように見えるだろう。現に突撃隊長は、嘲笑を浮かべながら僕を見下ろした。魔術を防がれ丸腰な僕を刺し殺そうと槍を振り上げる。
「他愛も無いな! ……あ!?」
だが槍を大きく掲げたその瞬間。鋭いその穂先はクッキーのようにボロボロと崩れ落ち始めた。漂う異臭。少し血の臭いを連想する。
「でやぁっ!」
「グッ!?」
動揺するその隙に、僕は突撃隊長の胴に組み付いた。あまり武術に精通している訳では無いので、抱きつくような形になる。そのまま地面に押し倒し、のし掛かった。
「くっ……武器を錆びさせる魔術か!」
起き上がろうと藻掻きながら突撃隊長が歯噛みする。そう、僕が使ったのは金属を錆びさせる魔術。赤い粒子は最初から突撃隊長では無く、彼の持つ槍を狙った物だったのだ。
魔術に慣れた相手なら、魔術を警戒する。その裏を掻いた読みだった。
「今だ、行けぇ!」
突撃隊長は封じた。僕の合図に、美月が駆け出す。
「しまった!」
「……っ!」
僕の下敷きになっている突撃隊長にそれを邪魔することは出来ない。ドラム缶めがけ伸ばされる手。触れれば僕らの勝ちだ。
「……な~んてな」
だが突撃隊長は笑みを浮かべた。そしてそれを疑問に思う暇も無く、それは起こった。
甲高い音――それと同時に、ドラム缶が宙に浮き上がったのだ。
「えっ!?」
風船のように、では無い。何かに弾かれるようにして、吹き飛んだのだ。だからすぐに重力に掴まって、落下を始める。
その先は――崖下だ。
「あっ――!」
気付いた時にはもう遅い。美月は手を伸ばすが間に合わず、ドラム缶は真っ逆さまに落ちていく。
二つ目を同様だ。音と共に跳ね上がり、また崖下へ。
僕も悲鳴を上げそうになったが、それよりも先に口を突いて出たのは警句だった。
「狙撃だ!」
僕の声を聞いた美月が伏せる。その頭上を、何か鋭い物が掠めていった。髪が数本持って行かれ、宙に舞う。遅れれば美月の頭は弾けていたかもしれない。
そう、狙撃。僕らはまだ狙われていたのだ。そして今ドラム缶を弾いたのも、狙撃手の仕業だろう。
「残念、だったなァ!」
「うぐっ!?」
動揺した隙に、突撃隊長は僕を蹴り飛ばした。ゴロゴロと僕は地面を転がっていく。
「く、そ……」
身を起こしながら、僕は悔しさに呻いた。あのドラム缶は希望だったのに!
「ハッハ。魔術師としてはまあまあ実戦慣れしているようだったな。だが狙いがバレバレじゃあなぁ」
突撃隊長は立ち上がり、コキコキと首を鳴らした。そして触媒を取り出し、また槍を出現させる。畜生、武器も奪えないか。
「俺たちの狙撃手が優秀だったってことで。じゃ、くたばってくれよな」
槍の穂先が僕を定める。まずい。
「先輩!」
美月の悲鳴を背に、僕は迫る槍先から目を離せずに――




