表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
243/281

「俺たちはアルデバラン」




 とにかく現在位置を把握し、乗ってきた船を目指そう。ということになった。来た海岸の場所は流石に覚えている。どうにかそこへ辿り着ければ、最低限撤退は可能だ。

 川を下れば海に出る。そして開けた場所で現在時刻と太陽の位置を照らし合わせれば方角が知れる。そうすれば後は、海を沿って船を目指すだけだ。辿り着くことは簡単だった。

 だが……


「……制圧されてるな」

「ですね……」


 岩陰から覗き込む。川岸に着いた黒い船の周りには、十人近い男たちが集まっていた。

 服装は動きやすさを重視した野戦服に近い紺色の衣服。頭には黒いヘルメット。手には銃を備え、辺りを警戒している。兵士……というより、警備兵、か? いや、紛らわしいから兵士でいいか。

 残念なことに、船は敵によって抑えられてしまっていた。僕たちの上陸に気付いたのなら、その手段があることも分かるだろう。だから当たりをつけ、兵を向かわせた……そんなところか。


「思ったより多いな。ここに上陸しているのは、結構な勢力ってことか?」


 兵の数が多い。何も兵を置いているのはここだけじゃ無いだろう。あそこにいるのは一部だけだ。となると少なくともその倍……いや、最低でも三倍はいる筈。

 一大勢力だ。相当な兵力を以て、敵は上陸している。


「船の奪還は無理だな」


 諦めざるを得ない。今からアイツらの元へ突っ込んで船を取り戻すというのは無理だ。美月のインクは少ないし、僕は純粋に戦闘力が及ばない。もしあそこにいる奴らが制圧できたとしても、増援を呼ばれたら一環の終わりだ。


「船の操作は?」


 美月に問う。風船のように、船を動かすことは可能か聞いた。


「……可能ではあります。ですが、あれは普通の船です。船に出来ないことはどう足掻いても出来ません」

「空を飛ばしたり、ということは出来ないってことか」


 映し身の操作にも限界があるようだ。可能なことは、船としての範疇に収まるということらしい。


「そしてもし不審な動きをして銃で撃ち抜かれでもしたら……そこで船はインクに戻ってしまいます」


 そして、映し身の最大の弱点。それは耐久性が本物に及ばない点だ。怪人やヒーローですら、数回攻撃を受けただけでノックダウンしインクに戻ってしまう。それが普通の船ならば、尚更だ。銃弾一発耐えるかすら怪しい。


「……船は諦めるか」


 決断せざるを得ない。奪還は無理だ。これで脱出、撤退等の穏便で安全な手段が封じられた。


「ではどうします?」

「……インクを持った映し身を探すしかないだろうな」


 インクが無いから、脱出できない。翻せば、インクがあれば可能なのだ。だからインクを所持した複製のヘルガーと合流さえすれば、船を新たに作って島から撤退できる。

 なので当面は、複製のヘルガーとの合流が第一目標だ。


「取り敢えず、元いた崖を目指そう。そこにいれば御の字。いなければ……」

「いなければ?」

「……また探すしか無いだろうな」


 僕の言葉に美月が苦々しい顔を浮かべた。


「行くぞ」


 バレないよう離脱し、先程のルートをなぞるようにして中央を目指す。正確に言えばその道中の崖を。

 悪路を行く魔術はとっくに切れていた。触媒を温存したいので、かけ直しもしない。

 なので頼りなのは、自分の脚だ。


「はぁ……きつい勾配ですね」

「このくらいで根を上げるなよ」


 厳しい道に溜息を吐く美月を励ます。ちょっと遅れ始めたか。無理もない。


「……先輩は意外と余裕そうですね」

「まぁな。魔術の修行や魔道具集めでは秘境に行くことも多かったからなぁ……」


 一方の僕はまだ左程疲れてもいない。その理由は、慣れだ。

 魔術都市アル・カラバは秘匿の為に奥地に存在する。なので周囲には峻厳な地形が多く、そこで魔術の修行を積むと自然と悪路の歩き方が上手くなるのだ。それから今回のように魔道具探しをすれば、やはり人の手の入っていない場所へ赴くことになる。そんなことを繰り返している内に、登山家並みの足腰が身についてしまったのだ。


「ちょっと自信無くしますね。運動は得意な方だったのに」

「あー、総統閣下(てんし)に勝つために努力してたんだっけ? まぁ確かに運動神経は良かったよな。持久走の時も確か、上位に入っていたし」


 僕のその言葉に、美月は意外そうに目を見開いた。


「憶えてたんですか」

「あぁ。……数少ない知り合いだったから」


 確かに記憶力がいいかもしれないが、何のことは無い。

 単に学生時代の知り合いが少ないだけだ。


「それにお前は、印象深い後輩だったしな」


 言って、僕は内心で首を傾げた。

 何で印象深いんだ? 美月との接点は、図書委員くらいだったのに。

 僕はその理由を思い出そうと思考を巡らせる。だがそれを遮る様に、美月が声を上げた。


「あ!」

「どうした!?」

「……捕まってます」


 頭を下げ、声を潜めてそう言った美月に倣い、僕もしゃがむ。背を低くしながら美月の見ている方を覗くと、そこには目当てのヘルガーがいた。

 ……左右を兵士で挟まれながら。


「なんてこった。捕獲されちまってるのか」


 じっと動かないヘルガーを囲うように兵士が展開している。

 最悪なケースだ。これでインクの回収は一気に難しくなった。


「いえ、でも今回なら打破できるはずです」


 しかし美月の顔は暗くなかった。


「船と違い、ヘルガーさんは出来ることが多いですから」


 手を翳す。するとその先にいるヘルガーが呼応したように顔を上げた。黒狼はそのまま、手にしていたドラム缶を傍にいた兵士へ叩きつけた。


「がごっ!?」


 哀れインクがたっぷり詰まった大重量のドラム缶叩き込まれた兵士はそのまま昏倒してしまう。


「なっ!?」

「コイツ、いきなり!?」


 唐突に動き出したヘルガーに、兵士は動揺する。たじろいで碌な反応も出来ない兵士たちに対し、ヘルガーは大暴れした。

 ローゼンクロイツ屈指の戦闘怪人であるヘルガー、その複製に普通の兵士では為す術が無い。殴る、蹴る。単純な体術によって瞬く間に制圧してしまった。銃を撃つ暇さえありゃしない。


「おおー……見事だな」


 静かになった崖上に、警戒しながら僕らは這いだした。辺りは死屍累々だ。死んではいないが。


「映し身に出来る範囲で、見える場所にいるなら命令するのは容易いです」


 そう言って自慢げに胸を反らす美月。イザヤの能力を誇りたくて仕方ないのだろう。取り敢えず僕はそんな美月をスルーしつつ、地面に転がったドラム缶を見て言った。


「とにかく、これで脱出できるな」


 インクさえあればこちらのものだ。後は敵のいない海岸に出て船を作り出すだけで脱出完了だ。呪物が手に入らないのは残念だが、背に腹は代えられない。


「よし、美月。もう一度ヘルガーに担ぐよう――」


 頼んでくれ。そう指示しようとした瞬間だった。


 突然、複製ヘルガーの頭が弾け飛んだ。


「――っ!? 伏せろ!」

「きゃっ!?」


 飛び込むようにして美月を抱きしめ、地面へと倒れ込む。一瞬遅れ、僕が立っていた場所にチュインと何かが弾ける異音がした。


「な、何が……」

「狙撃だ! クソ、最初から狙っていたんだ。罠だこれは!」


 ヘルガーを囲っていたのは僕らに渡さない為じゃ無い。そうしていれば僕らが取り返しに来ると思っていたからだ。おびき寄せられたんだ、僕らは!


「とにかく顔を上げちゃまずい。このまま這って移動して……」


 狙撃への対処法は、狙撃点からの遮蔽に隠れること。それが出来ないなら、的を小さくすることだ。狙撃点は分からない。この崖上を狙える位置ということは確かだが、自然溢れるこの島で特定することは難しい。だったら事前の策だ。

 幸い自然のある分、草が地に伏せた僕らを覆い隠してくれる。このまま移動すれば……


「当たらない、なんて考えてんだろうねぇ」

「――っ!?」


 跳ね起きる。さっきまでの考えを翻して。

 何故なら、嘲るようなその声はすぐ近くで聞こえたからだ。


 起きた視線の先には、先程まではいなかった男がいた。

 兵士と似たような服をしているが、ヘルメットは被っていない。だから艶やかなオレンジ色の長髪が、肩からしだれ桜のように流されていた。


「お前、何者だ!?」


 整った顔立ちにニヤニヤ笑いを浮かべているその男に、僕は見覚えが無い。男はそんな僕を見下ろしながら、胸元の徽章を指して自己紹介をした。


「俺たちはアルデバラン」


 星を模ったその紋章を、僕は知らない。だがその次に奴が述べた言葉を、僕は情報として知っていた。


「アンタらが潰した、魔術結社フォーマルハウトの分派さ」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ