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「何って風船ですけど」




「さて、着いたか」


 僕たちは束の間の船旅を終え、憑読島へ上陸していた。辿り着いたのは白い浜辺。いくつかの漂流物が流れ着いているが、それ以外は取り立てて変わったところは無い。ここから見える景色も、そうだ。


「普通の無人島……ですね」

「だな。資料によると、島の中心部に件の遺跡はあるらしいが」


 用意してきた地図を捲る。現在位置は……


「今いるのは西の海岸だな。なら直進すれば辿り着けるか」

「崖とかがあったらどうするんです?」

「イザヤの能力や魔術を使えばどうにでも出来るだろう」

「脳筋ですね……」


 呆れた視線が注がれるのを感じるが、それが一番効率がいい。お互い普通の人間じゃ無いんだ。今更足場の悪さなんて物は障害にもならない。


「それより荷物は持って行けそうか?」


 僕は振り返り、美月の方を見た。正確に言うならばその背後だ。

 そこにはドラム缶を持ち上げる、黒い人型がいた。


「はい。大丈夫そうです。流石はエリザさん第一の部下」


 軽々と二つのドラム缶を抱え上げるその映し身は、エリザに仕える副官であるヘルガーのものだった。美月自身の記憶から生成したらしい。……荷物運びに使うのはいいのだろうか。エリザ直属の部下という点で二人は同僚の筈だが。

 まぁ問題ないならいい。僕は懐から小瓶を取り出し、呪文を唱えた。


「『我が脚は萎えず、同胞(はらから)を踏み越えてでも其処へ征く』」


 魔術には触媒が必要で、行使の代償としてそれは失われる。小瓶の中に詰まっていた木の化石は一瞬で長い年月を得たように朽ち果てた。強力な魔術を使おうとすればそれだけ貴重な触媒が必要となる。なので魔術は金食い虫だ。

 だが支払った分だけ、起きる奇跡は保証される。

 僕の手から発した光が僕と美月、そして複製のヘルガーの足へ吸い込まれていく。


「どんな悪路も歩けるようになる魔術を使った。不安定な足場でも挫けることなく、崖ですら足裏が吸い付くようになる」

「へぇ、便利ですね」

「その分効果時間は短いからな。サクサク行くぞ」


 魔術は神の奇跡じゃ無い。そうとも言える魔法を、万人が使いこなせるよう貶めた代物だ。だからそれ程強力でも便利でも無い。そう見えたのなら、それだけどこかに制限があるということだ。今回は制限時間だな。

 なので急ぎ足で歩き出す。触媒を使ってしまったのだ。出来れば一回の行使で辿り着きたい。

 目指すは中央。


 楽しさの欠片も無いハイキングは順調に進んでいた。途中ぬかるみや崖があったが、悪路をゆく魔術は問題なく機能して、僕たちの歩みを阻むものにはならなかった。

 まるで散歩道をいくような手軽さで島の中央を真っ直ぐ目指す。

 だが、魔術でもどうにも出来ない障害が遂に現われる。


「うわ……深いですね」

「だな。これはちょっと無理そうだ」


 僕らの目の前に現われたのは地の裂け目……渓谷だった。下を覗いてみると深い。滑落したら帰って来れなさそうだ。向こう側へ行こうとしても、ジャンプで届くかはちょっと微妙だ。


「空を飛ぶ魔術は?」

「出来なくは無いが触媒のコストが重いな。そっちでやってもらった方が安くつく」

「はぁ、そうですか。分かりました」


 美月は頷き、胸の前に肘を持ち上げた。


「イザヤ」


 名前を呟くと、応えるようにそれは現われる。美月の腕を止まり木として、紙片の翅を持つ幻想の黒い蝶、イザヤが。

 イザヤはゆっくりと翅を揺らしながら、美月の命令を待つ。とは言っても心で繋がった両者には口頭で告げる必要は無く、念じるだけで充分なのだが。


「………」


 目を瞑り念じる美月。イザヤは命令を受け取り、翅を震わせた。

 変化が起きたのはヘルガーの持ち上げるドラム缶だった。カタカタ揺れたかと思うと、蓋の隙間から黒い液体がジワリと染み出す。液体は宙に浮き上がったか思うと、その姿を粘土細工のように形作り始めた。

 これがイザヤの力。インクから複製を作り出す力。その力が生み出したのは……


「……なんだ、これ」

「何って風船ですけど」


 出てきたのは、丸い球体。先端に紐が付いているだけのそれはどう見てもただの風船だ。ただし、直径が1m程はあるが。

 確かに船と同じく無機物でも複製出来るのは知っていたけれども。


「何故風船……」

「安上がりでしょう? 意思なき物でもイザヤはある程度操れますから、浮力だって思いのままですし」

「僕はてっきりメタルヴァルチャーが辺りが出てくるもんだと思っていたが」


 美月の使った空中戦力として、真っ先に浮かぶのがメタルヴァルチャーだ。機械の翼を持ち、空を自由に舞う空戦巧者の傭兵怪人。黒死蝶として敵対していた頃、ローゼンクロイツはその空中殺法に何度も苦しめられた。

 そんな彼も、黒死蝶が解散した後はローゼンクロイツの所属となった。だから出てくるとしたらメタルヴァルチャーかと思ったのだ。彼ならば戦力としても頼りになるし。しかし僕の予想に反し出てきたのはただの風船だった。


「……仕方ないじゃ無いですか。ある程度親しくないと記憶の精度が低くなって、複製にはコストが掛かってしまうのですから」


 ふいと目を逸らし、バツが悪そうに美月はそう弁解した。

 イザヤの力も万能では無い。まず記憶と、可能性の複製の二つの力がある。人の記憶に残る対象を複製する力と、その人の可能性の存在を複製する力の二つ。その内、記憶を複製する場合は対象のことをよく知っている人間を選ぶ必要がある。記憶から再現する以上、精度の高い思い出が必須となるのだ。記憶が薄ければ薄い程、複製に掛かるインクが膨大な物になっていく。

 何故メタルヴァルチャーを複製しなかったのか。その理由を推察し、僕は納得した。


「仲良くないのか。メタルヴァルチャーと」

「……仕方ないじゃないですか。私は監禁していたんですし……」


 同じ黒死蝶に属していたと言っても美月とメタルヴァルチャーでは天と地ほどの差がある。首謀者であった美月に対し、メタルヴァルチャーはただ騙されて監禁されていただけ。イザヤの力で強力な傭兵を複製するにはその記憶を持つ者が必要だったからだ。

 被害者と加害者。二人の関係性は端的に言ってしまえばそれだけだ。そんな美月とメタルヴァルチャーは同じくローゼンクロイツに所属することになった。過去の出来事を持ち出しての争いは総統閣下の名において禁じられているが……まぁ、二人の関係は普通に考えればよくは無いだろう。


「仲良くなれとは言わないが善処しとけよ」

「仕事に支障は来しませんよ。それより掴まってください」


 ともあれ今は崖を飛び越える方が先決だ。言われたとおり、僕は風船の紐を掴む。

 すると、美月は僕の身体に掴まった。


「え、一人ずつじゃないのか」

「浮力を操れるって言ったでしょう。二人ぐらいなら余裕です。一人ずつ行く意味が無いじゃ無いですか」

「いや……それはそうなんだが」


 正論を言われ、しかししどろもどろになってしまった。何せ女の子と触れ合う経験なんてほぼ無い。彼女が掴まった腕を通して伝わる感触に心臓がドギマギしてしまう。


「? ほら、行きますよ」


 幸い、美月に僕の鼓動は伝わっていないようだった。助かった。伝わっていたらまた軽蔑の眼差しを向けられてしまったかもしれない。

 美月の言ったとおり、風船は僕たち二人を提げながらもフワリと浮き上がった。僕らの足も、地面から離れる。


「よし……このまま行けそうだな……うおっ、高っ」


 そのままフワフワと崖の向こう側へと浮遊していく。その途中うっかり僕は足元を見てしまい、眼下に広がる景色に慄いた。遥か下には川が流れている。あの川が長い時間を掛けて大地を削り、渓谷を作り出したのだろう。


「もし風船が割れたらひとたまりもないな」

「大丈夫ですよ。私が操っている限り内部からの圧力で破裂するなんてことはありませんし……」


 もしあり得るとしたら、と美月は呟いて。


「外部からの攻撃くらいですね」


 そう言った瞬間。


 パン、と僕らをぶら下げていた風船は破裂した。


「は?」

「え?」


 見上げても、そこには何も無い。力を失い空中に飛散したインクの雫だけ。

 直後、僕らの身体は重力に掴まって落下を始める。


「うわああああぁぁぁぁっ!?」

「きゃああああぁぁぁぁっ!?」


 その後は明白。

 僕たちは、真っ逆さまに谷底へと落ちていった。






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