蝉時雨&美月 ギクシャク探検隊
『……先輩、ちょっといいですか?』
『ん?』
その日、僕は図書委員の当番だった。放課後、図書室の受付で本の貸し出しなどをする。基本は二人選ばれて、なので僕以外にも一人いた。
眦の少し釣り上がった、キツい印象は受けるけど美人な少女だった。関わりは、あまり無い。
だから話しかけられたことが少し意外で、でも断る理由も無かったので素直に応えた。
『いいけど、何の用だ?』
『先輩って、オカルト部なんですよね』
『ああ』
僕は頷いた。その通り、僕はオカルト部部長だった。普通部長は委員会を免除されるものだが、僕は本も好きだったから立候補してまで所属していた。それに中にはオカルトっぽい不気味な書物もあって、部活動も捗るし。
『だったら、おまじないとかも知ってますよね』
僕は少しだけ驚き、目を見開いた。何故ならその子は、おまじないなんかに傾倒するタイプには見えなかったからだ。
成績優秀、文武両道。才色兼備という言葉が似合い、家はいいとこのお嬢さま。周囲の噂や実際に受ける印象からもそう呼ぶに相応しい美少女だ。普段の態度も真面目で、だからおまじないなどという物を信じるタイプに見えなかったのだ。
『意外だな』
『何がです?』
『そういうのを信じるとは』
僕は素直に言った。今思うとデリカシーに欠けていたかもしれない。そうやって空気を読んで取り繕ったりしない気質だったから、当時は周囲から気味悪がられていた。
だが少女は顔色一つ変えず頷いた。
『自分でもそう思います。でも……』
言葉を切り少女は、物憂げに睫毛を伏せた。まるで何かを思い返すような仕草。それがあまりにも美しく、少しだけドキッとした。前述の個性の所為で、異性への免疫も無かったのだ。
『……藁にでも縋りたい、って時はありますから』
そう口にする言葉には、不思議な重みがあった。遊び盛りの女子中学生らしからぬ感情の重さ。どうしてそんな感情が乗ってしまったのか、今はともかく当時は分からなかった。
だけど、力になってやりたいとは思った。
『……いいぞ。どんなのが知りたいんだ?』
『えと、例えば――』
……さて、何を教えたのだったか。
それは思い出せない、その程度の記憶。
そんな物を、今になって思い出したのは――
「……久しぶりですね、先輩」
「お、おう」
……本人と、不意に再会したからだ。
僕は、蝉時雨黒人。ローゼンクロイツ魔術部門に所属する魔術師だ。といっても、所属しているのは僕一人なのだが。
色々あって僕はオカルト部部長から流浪の魔術師、そして師匠を得て魔術街の店番という紆余曲折の変遷を経て最終的に悪の組織にスカウト(強制)された。それには現在この組織のトップ2を担っている姉妹が密接に関わっているのだが……まぁ、今は語るまい。
そして目の前の少女も、その関係者だ。
夢見崎美月。ローゼンクロイツの独立諜報員。一応は情報部門の所属ということになっているが、実際には摂政直属の配下だ。
かつて昴星官コーポレーションという巨大企業に属していた彼女は、実際には黒死蝶という悪の組織の黒幕で、敵だった。しかし総統の親友であった彼女は総統と和解。保護を受けることとなり、現在はローゼンクロイツの為に働いている。
そして、図書委員をしていた頃の僕の後輩でもある。
中学生の頃、僕は現ローゼンクロイツ総統である紅葉百合に惚れ、ファンクラブを作っていたことがあった。それは妹に近づく輩を許さない姉のエリザに潰されてしまったが……ともかく、僕は姉妹と同じ中学に通っていた。
その親友である美月とも当然、同じ中学。接点があってもおかしくは無い。
だが、とても細い繋がりだった。
「あ、あー、確かに、挨拶とかはしてなかったな」
そんな元後輩と、ローゼンクロイツ本部の廊下でバッタリ出会ってしまった。
正直、気まずい。僕自身が彼女に対して恨みを抱いているとかでは無い。そういえば昴星官の地下に潜った際黒死蝶の襲撃を受け死にかけた気もするが、魔術師として潜ってきた修羅場からすれば大したことは無い。だからまったくそこは気にしていない。
問題なのは、知り合いではあってもあまり仲良くは無かったという微妙な関係性だ。元々図書委員として数回話したことがある程度で、友人どころか先輩後輩の間柄とすら言えるか怪しい。
それと……
「久しぶり……だな」
「ええ、あの件以来、すっかり疎遠になっていましたから」
ジトッとした目で美月は僕を見てくる。いたたまれなくなり僕は目を逸らした。
先に言ったとおり、僕は紅葉百合のファンクラブを作った。彼女を追っかけ、天使として崇めた。その結果、
「百合に手を出そうとした不潔な先輩とは」
コイツには蛇蝎の如く嫌われてしまった。
何を隠そう、親友である美月もまた百合ガチ勢だ。しかもコイツはその感情を拗らせて悪堕ちした程の逸材。百合へ慕情を向ける俺をエリザ同様嫌うのは無理からぬことだった。
「まさか魔術師になってまで百合を追いかけてくるとは……」
「誤解だ! 俺は姉の方に拉致され無理矢理入れられたんだよ。被害者だ」
俺だって望んでローゼンクロイツに来たわけじゃ無い。とある事件で俺の店を訪れたエリザに巻き込まれ、そして気付いたら魔術関係に疎いローゼンクロイツに来るよう半ば攫われてきたんだ。おかげで資金不足と軽視から廃止されていた魔術部門を一人で復興するというブラック企業も真っ青な働きをすることになった。しかも未だにワンオペである。俺だって辞められるなら辞めたい。
「でも決め手になったのは百合がいることでしょう?」
「うん」
「……不潔な……」
「いいだろぉが別に! それにもう追いかけたりはしねぇよ。憧れだけだ!」
確かにローゼンクロイツで働くことになった最後の決め手はかつて天使と崇めた紅葉百合がいるということだった。だがそこにもう追っかけをするような意思はない。あくまで憧れ。テレビの前でアイドルを応援するような心持ちだ。
「……本当ですか?」
「マジだよマジ」
手を挙げ降参する。そこでようやく美月はジト目をやめ、溜息を吐いて僕から目を逸らした。
「まぁ、いいです。昔ならともかく今は力尽くで手篭めにするようなことは誰にも出来ませんから」
「言い方悪いな……でもそういえば、紅葉はどうしたんだ? 今日は見ないけど」
「どちらですか?」
「……どっちもだな。姉も、妹も」
ローゼンクロイツの重役である二人は本部でも特に目立つ存在だ。僕も毎日、大抵はどちらかを目撃する。しかし今日に限ってはどちらも見たことが無かった。
「エリザさんは執務室で書類とにらめっこしていますよ。ヘルガーさんも一緒です。山のように多かったので、しばらくは出てこれないんじゃ無いですか?」
「そうか……天使の方は?」
「総統閣下と言ってください。天使なのは認めますが。……まぁ、それは、ちょっと」
「あぁ?」
いやに歯切れが悪くなった。何か隠してるのか?
「……別に大丈夫ですよ。どこにいようと。護衛は誰か必ず付いてるんですから」
「それはそうか」
紅葉百合はローゼンクロイツ最強の存在だ。それでも無敵では無いから必ず護衛の怪人が付く。そうなれば手を出せるような存在は中々いない。ヒーローであってもまず潰走するだろう。……ユニコルオンみたいに出鱈目な相手じゃ無ければ。
「それはともかく。先輩は何をしようとしていたんですか?」
「ん、あぁ……」
露骨に話題を逸らされたような気がするが、聞かれたのなら答えねばなるまい。
僕は手にした本を掲げ答えた。
「ローゼンクロイツの資料を漁っていたら興味深い物が出てきてな。その調査に赴こうとしていたところだ」
「……出かけるんですか、何を探しに?」
首を傾げる彼女に対し、僕は返答する。
「遺跡さ。何でも……願いを叶える呪物が封印されているとか。行ってみたくなるだろう?」




