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「お前を連れて行けるのなら、この命、躊躇いなく捧げましょう」




「オラオラオラァッ! いい加減燃えやがれ!」


 ガソリンを焼き飛ばしたクリメイションは、そのままの勢いで私を攻め立ててきました。私は迫る炎球を躱し、部屋の一つへどうにか転がり込みます。

 そして私を追いクリメイションが入室したところを見計らい、内部に設置してあった罠を起動しました。


「ぐっ!?」


 糸を引くとつっかえ棒が取れ、集めてあった家具やガラクタがクリメイション目掛け倒れ込みました。単純な質量攻撃。それで倒せるとは思っていませんが、時間は稼げます。その隙に、私は更に別の部屋へ。そしてそこへ仕掛けられていた罠を動かし、今度は水浸しにします。


「ぶっ!? ……クソッ、ムカつくことしやがって!」


 頭から大量の水を被りましたが、流石にその程度じゃ大した妨害にはなりませんでした。即座に蒸発し、クリメイションの鱗は乾いてしまいます。温度と発生を自由に扱えるあの発火能力を抑えることは、実質不可能とみるべきでしょう。

 ですが直接は無理でも制限する方法は存在します。

 その一つが、建物の中へ誘い込むことでした。これによって燃え移るような攻撃は制限出来ます。燃えてコテージが崩れればクリメイションと言えど只では済まないからです。炎はともかく、崩れ落ちてきた屋根などに押し潰されれば流石に怪人といえど埋まってしまいます。なのでクリメイションは罠にどんなに苛立っても、炎を使ってコテージごと焼き払う……という選択肢は取れません。床に当たっても即座に燃え尽きる炎球が精々でした。


「がっ!? 今度は落とし穴かよ!?」


 だからクリメイションは罠に引っかかるを得ないのです。

 廊下に仕掛けた落とし穴に嵌まったクリメイションを、茨の鞭で狙います。しかしそれは炎に阻まれ、また燃え尽きてしまいました。


「クソッ、あの手この手で……面倒くせェ」


 苛立ちは次第にピークに達しつつあるのか、心なしか目が血走っているように見えました。……頃合いでしょう。


「……コールスロー。そちらはどうですか?」

『メインディッシュは仕上げた。後は位置に付くだけだ』

「では、向かいます」

『了解』


 私は密かに通信機でコールスローと連絡を取り、コテージのある場所へ向かいました。勿論、クリメイションを引き連れて。

 辿り着いたのは、コテージの中でもっとも大きな一室でした。


「あ? ここかよ……」


 クリメイションは見覚えのある景色に唸りました。

 そう。グレンゴ一家の怪人たちが集まり、レイスロットとクリメイションが戦った、あの大部屋です。

 流石にグレンゴ一家の怪人たちは既に片付けられていましたが、惨状はほぼそのままでした。


「ここに追い込むことがお前らの目的……ってところか?」


 部屋を見渡しクリメイションはそう言って私を睨みます。


「そうですね。仕上げに取りかかろうというのは間違いじゃないですよ」


 クリメイションの言う通り、ここに誘い込むのがこの作戦の要でした。時間稼ぎを終え、ここで決着をつける。それが私とコールスローで打ち立てた作戦です。

 準備は着々と進んでいます。後は、私が踏ん張るだけです。


「さて……改めて自己紹介しておきましょうか」

「あ? んだいきなり」


 ですがその前に、言っておかなくては気が済まないことがあります。


「私の名はメアリアード。ローゼンクロイツ情報部門の幹部です」

「ほう……お偉いさんか。その割りには、どうにも弱っちいが……」

「そして貴方へ晒す名は、もう一つあります」


 そこで言葉を切り、大きく息を吸い込みました。ようやく、告げられるのですから。


「同胞を目の前で奪ったお前に対する……復讐者でもあります。

 よくも仲間を殺したな。この下郎が」


 この、恨み言を。


「は……ハハハ! まさかお前、あの現場(・・・・)にいたのか!? ハハハ! どうりで俺のことを知っている筈だ!!」


 私の叩きつけた怨嗟の言葉を聞いて、クリメイションは高らかに笑いました。神経が逆撫でられますが、想像の範囲内。煮えたぎる胸中を抑え、冷静さを保つよう努めます。


「ああ! そういえばあの時の連中も薔薇の怪人だったな! ハハハ! 思い出すぜェ、アイツらはよく燃えてたからな! まるでその為に生まれてきた見たいにボウボウとさァ!」

「……ぐ……!」


 仲間を侮辱される悔しさに奥歯を音が鳴るほどに噛み締めます。ですが、ここで逸って全てを台無しにする訳にはいきません。


「そう、ですね。花は……燃えるものです」

「ヘェ? その自覚はあるんだな?」

「ですが同時に……」


 私はクリメイションから視線を離さないまま、通信機を手に合図を送りました。


「炎は、消えるものです。コールスロー!」

『応!』


 応える声と共に、部屋に仕掛けられた罠が起動しました。大部屋の中心に位置するクリメイションの四方から仕掛け矢が放たれます。


「フン!」


 ですが罠が来ると予想していたクリメイションは当然身構えており、円を描くように炎を振るって矢を全て焼き尽くしました。しかしそれは、こちらもまた予測していたこと。


「次!」

『了解!』


 即座に次の罠を起動します。今度は床。カーペットの下に隠された地雷が起爆しました。


「ぐっ! だがこの程度……!」


 人間であれば片脚が吹っ飛んでいる威力も、怪人相手には多少のダメージしか通りません。クリメイションは顔を顰めるだけでした。ですが、地雷が仕掛けられていたその事実こそが真の罠。奴の目線は、他の地雷がないか探すために床を見ています。


『投下!』


 故にこそ、上への警戒はがら空きになります。

 潜むコールスローがスイッチを押し込み、天井に張り巡らされたワイヤーが弾け抑えていた物体を解き放ちました。それは重力に従い落下し、クリメイションの頭上へ着弾し弾けました。


「今度は何だ!? ……ゲホッ、ゲホッ! これは……粉?」


 着弾したのは麻袋でした。麻袋はクリメイションの鱗に負けその身を引き裂かれましたが、同時にその中身を部屋中にぶちまけます。その結果、内容物だった白い粉が煙のようにもうもうと立ちこめました。


「煙幕か……!?」

「そんな大層な者じゃありませんよ」


 私は茨の鞭を振るい、死角からクリメイションを襲いました。粉に紛れた私を捉えきれず、クリメイションは鞭打を後頭部で強かに受け止めました。


「ガッ! クソ、舐めるなよ同じ攻撃でェ!」


 今まで何度も何度も繰り返した攻撃。そしてその度に防がれた攻撃でもあります。そしてその対処法は、クリメイションにとって容易いものです。

 クリメイションは茨を焼き焦がそうと掌に炎を作ろうとして――


「――ッ! まずいッ!」


 周りに煙る白い粉をみて、出す寸前で引っ込めました。


「勘がいいですね。今炎を出せば、貴方と言えど無傷では済まなかったでしょう」

「テメェ……正気かよ」


 慄いたような表情でクリメイションが私を見ます。あぁ、私はその表情が見たかった。


「小麦粉……閉鎖空間……粉塵爆発! 俺が炎を使ったら、テメェも巻き込まれんだぞ!?」


 そう、撒き散らしたのは小麦粉でした。何の変哲も無い、悪の組織の隠れ家であったこのコテージにも常備されていた物。長く隠れ潜むためにか大量に備蓄してあったので、使わせていただきました。

 小麦粉などの細かい粉塵が風で吹き散らされない閉鎖空間で充満し、そこで火が使われると爆発が起こります。今のこの状況ですね。もし気付かずクリメイションが火を使えば、この大部屋の中に大爆発が起こっていたでしょう。

 当然、その中心にいる私とクリメイションを巻き込んで。


「えぇ、構いませんよ」


 それを私は、サラリと認めました。


「お前を連れて行けるのなら、この命、躊躇いなく捧げましょう」

「……イカれてるぜ」

「ふふ。褒め言葉として受け取っておきましょう」


 クリメイションに褒められるのは癪ですが、悪い気はしません。

 そう、私が苦手な前線に押して出たのは命を賭けてでも奴を葬る為。故にコールスローではなく私がクリメイションと直接相対する役目を買って出たのですから。憎き仇敵を道連れに出来るのなら、この命、惜しくはありません。


「……さて、どうしますか?」


 私はクリメイションに問いかけます。


「炎を使えば貴方は爆発に飲まれ、使わなければ私が有利。発火能力の一点で脱走に成功した貴方は、それ以外はローゼンクロイツの普通の怪人です。……もう一度聞きましょう。どうしますか?」


 二択を叩きつけ、私は笑みを浮かべました。

 直接は無理でも、炎を使わせなくする方法はいくらでもあります。

 まずは炎封じ……クリメイションを陥れる罠の連鎖は、まだ始まったばかりです。






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