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「ようやっと捕まえましたよ……」




 クリメイションは新たなる資格を見上げ、煩わしそうに顔を顰めました。


「チッ。新手かよ。っていうか、テメェ……コールスローじゃねぇか」

「おや、ご存じで。俺も有名になったものだなぁ」


 クリメイションはコールスローの顔を知っていたようでした。恐らくは傭兵として得た情報でしょう。コールスローがクリメイションを知っていたように、クリメイションもまたコールスローを知っていたようです。そうでなくとも盗賊紛いのコールスローは有名ですし。悪名で。


「なるほど。ここをトラップハウスに改造した……って訳だな」


 コールスローの顔を見たことで、私たちが何をやろうとしているのか当たりをつけたようでした。そしてその想像は、概ねその通りです。

 一度は中へと潜入したこのコテージを、コールスローの道具で罠だらけにする。そこへ私が誘導し、罠に嵌める。これが私たちの打ち立てた作戦。クリメイションという圧倒的な強敵を討ち滅ぼす為の精一杯の策略でした。


「考えたな……しかし、そもそも中に入らなければいい話だ」

「確かにそうだな。だが、そういられるかな?」

「何?」


 怪訝な顔をするクリメイションへ向け、コールスローは狙撃を再開しました。ローゼンクロイツ謹製のライフルから放たれる銃弾が、クリメイションへ着弾します。


「グッ、鬱陶しいな……」


 胸元へ叩き込まれた銃弾ですが、それが致命傷になることはありませんでした。流石に服は破れ中のオレンジ色の鱗は露出していますが、血を流したりはしていません。怪人の強靱な肉体は銃弾すら撥ね除けるのです。

 ですがそれでも銃器は銃器。致命にはならずともそれなりの衝撃は与えられました。すぐに死ぬようなことの無い打撃であっても、積み重なればダメージとなり得ます。


「避ける為の遮蔽は……チッ、そういうことか」


 しかしかといって銃弾を回避する為に身を隠せるような場所は、コテージしかありませんでした。ローゼンクロイツのライフルは木の幹程度なら貫通するからです。つまりクリメイションが狙撃を躱そうとするならば、自ら罠があると分かっているコテージに突っ込むしかありません。


「面倒くさいな、だが!」

「っ、来るか!」


 苛立ったクリメイションが取った行動は、直接コールスロー狙うことでした。狙撃の心配が無くなれば、身を隠す必要もありません。

 コールスローはコテージの二階に陣取っています。故にクリメイションは跳躍しようと脚に力を溜め、飛び上がろうとします。怪人の跳躍力ならば、二階へ飛び上がることも不可能じゃありません。

 ですが……


「こちらがお留守ですよ!」


 それは、私がさせません。

 コッソリと足元にあった物を拾い上げた私は、それをクリメイションへ向けしならせて叩きつけました。


「しゃらくせぇ! それはもう効かねぇよ!」


 自分へ飛んでくる紐状の物を、クリメイションはまた茨の鞭と判断して炎で迎撃します。ですが燃え尽きる筈のそれは、炎をすり抜けるようにして身体に巻き付きました。


「何、これは、ワイヤー!?」

「ようやっと捕まえましたよ……」


 そう、私が振るったのは自身から生成した茨ではなく、予め配置してあったコールスローのワイヤーでした。奴が用意してあった道具を使い、私はようやくクリメイションを捕らえたのです。

 長年追い求めてきた仇敵がお縄についた光景は私の胸に密かな感動を呼び起こしましたが、それで終わらせる訳にはいきません。


「こちらへ来なさい!」

「グッ!?」


 ワイヤーの端を握り、思い切り引き寄せます。当然、巻き付かれたクリメイションごと。そして私は玄関からコテージへ乗り込み、建物へ奴を引っ張り込みました。

 成功です。罠の中へ、クリメイションを引き込めました。


「チィッ!」


 自分がしてやられたと気付いたクリメイションは、即座に炎を使ってワイヤーを溶かし切りました。炎の温度を自在に変えられる奴にとっては、鉄製のワイヤーでも関係ありません。さっき溶かし損ねたのは飛んできたのが茨だと思い込んだからでしょう。

 拘束から解放されたクリメイションは入り口を振り返りますが、そこへ上からシャッターが降り、塞いでしまいました。


「! 面倒な……!」


 それはコールスローの仕掛けた道具ではなく、元々このコテージにあった防衛機構でした。ここはグレンゴ一家の隠れ家だったので、調べてみるとそういう代物が各処にありました。ここを作戦の要として選んだ理由の一つです。

 出られなくなったクリメイションは、脱出を諦め私と対峙しました。


「……目論見通りにいって満足かァ? ローゼンクロイツの怪人さんよォ」

「そうですね。まずは一つ、というところでしょうか」


 二階のコールスローが移動する気配を感じつつ、クリメイションの注意を逸らすため応えます。苛立たしげに頭を掻き、クリメイションは片掌に炎を宿しました。


「だったらそのまま……死んでもらおうかァ!」


 飛んでくる炎球。当然回避しますが、精一杯躱してもギリギリでした。今いるここはコテージの廊下。狭く、攻撃を避けるには不利な場所です。クリメイションもそれが分かっているので、ガンガン攻撃してきます。


「オラオラ!」

「っ、ぐうっ!」


 炎球の一つが、私の腕を掠めました。ですが燃え上がったりはしません。今回持ってきた軍服は耐火性に優れた一品で、予めクリメイションと戦うことを想定した代物でした。しかしそれでも熱を完全に遮断することは叶わず、元から炎が苦手な私は伝導する熱だけで軽く火傷を負ってしまいました。

 ですが倒れる訳にはいきません。私は後退し、炎球から逃げるとともにクリメイションを更に奥へと引き込もうとします。


「チッ……」


 少し迷い、クリメイションはゆっくり慎重に私を追ってきます。迷ったのはおそらく、危険な奥へ向かうかこのまま玄関に残るかどうか。罠が仕掛けられていると公言されているような内部へ侵入していくのはかなりの危険が伴います。このまま玄関に残りシャッターを開けることに全力を傾ける、そういう選択肢もまたあり得ました。

 しかしクリメイションはしばしの思案の後、私を追うことを選びました。それはおそらく玄関でまごまごしている内に、更なる罠を仕掛けられてはいけないと判断してのことでしょう。それに玄関をどうにか開けても、そこに罠があるかもしれません。

 なのでクリメイションは私を追ってきます。罠だと承知した上で。


「よし……」


 逃走しながら私はほくそ笑みました。例え罠だと半ば判っていても、飛び込まざるを得ない。それこそが至上の策略です。


「ッ! グアッ!」


 そして、ついにクリメイションが一つ目の罠に引っかかります。ワイヤーに触れてしまったクリメイションは、連動した地雷の爆発に飲まれました。シンプル、しかし見えづらいワイヤートラップです。


「クソがッ!」


 しかし爆発が晴れてもクリメイションは健在でした。並みの爆弾では、怪人は倒せません。だからそれは想定内。

 私の狙いは、爆発で怯ませた隙に第二の罠を作動させることでした。


「ていっ!」

「! わぷっ! なんだこれ……水か? いや違う……」


 動きの止まったクリメイションへ、私は用意してあったバケツを放り投げます。怯んでいたクリメイションは避けることも迎撃することも出来ず、その中身をまともに被ります。

 オレンジ色の鱗をびっしょりと濡らすその感覚は、水に近いでしょう。しかし匂いを嗅いだクリメイションはすぐに否定します。


「ガソリンか!」

「ご名答。これで簡単に炎は使えなくなりましたよ」


 被せた液体の正体はガソリンでした。持ってきていた訳ではありませんが、駐車場に停まっていた車から簡単に拝借できます。調達は容易でした。

 そしてガソリンは簡単に引火します。当然、クリメイションの炎にも。

 これで、奴の炎は無力……


「舐めるなよッ!」


 しかしクリメイションはガソリンでずぶ濡れになった状態でも炎を発火させました。当たり前に引火し、全身燃え上がるクリメイション。ガソリンは通常品ですが炎はクリメイションの物です。その火力は怪人であるその身体をも蝕む筈でした。

 ですが、クリメイションは燃え上がったまま平然と一歩を踏み出します。


「!? 何故……」

「テントの炎人形を見たんだろ? だったら分かんだろ」

「……そうでした、温度の調節……!」


 テントでビルガのサーモグラフィーを誤魔化した炎の人形。それは人肌に近い温度に調節されていました。おそらく戦場で身につけた新たなその能力を使って、今自分の身を覆う炎の温度を弱めているのでしょう。


「残念だったなァ、今度は目論見が外れて!」

「くっ……」


 さっそく策が一つ潰れました。

 認めたくは無いですが、流石の強敵。やはり一筋縄ではいかないようです。






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