「――久しぶりですね、クリメイション」
「フーンフーン♪」
鼻歌を歌いながらクリメイションは、脇目も振らずキャンプ場へ直進していました。彼にとって、最早ここに留まる理由はありません。一刻も早くグレンゴ一家が遂行しようとしていた儀式を完遂し、悪魔を召喚して立ち去ろうというのです。
そんなことを、させる訳にはいきません。
「あ……?」
森の中を突っ切っていたクリメイションの前に、立ちはだかる者がいました。それはあり得ない筈でした。既に彼を止めるヒーローは倒されたのですから。
それは、私――メアリアードでした。
「――久しぶりですね、クリメイション」
今の私は、キャンプ場に溶け込むためのラフな姿ではありません。身に纏うのはローゼンクロイツの軍服。私の戦闘装束でした。
久方ぶりの対面。私を見たクリメイションのリアクションは、怪訝な顔でした。
「……誰だ、お前?」
奥歯を砕かん程に噛み締めました。コイツにとっての私は、路傍の石、いえ花程度の存在だったようです。記憶にも留まらない、ただの風景。
ですが私は忘れません。忘れられる、筈がありません。
「ローゼンクロイツ所属、情報部門幹部、メアリアードと申します」
私は憎しみを抑え、慇懃に礼をしてみせました。それを見てようやく、クリメイションは私が何者なのか少し理解できたようです。
「あ、あー! そういえばそんな制服だったなぁ。懐かしいぜ。……で、つまりアンタは俺の粛正の為に来たって訳か」
「えぇ、その通りです。組織の裏切り者、クリメイション。貴方を殺し、ローゼンクロイツの汚名を濯がせていただきます」
「ハハッ! 出来るものかよ!」
私の啖呵を聞いたクリメイションは、凶暴に牙を剥いて笑い、両手の平に炎を生み出しました。
「俺は発火能力者だぜ? 植物のお前を燃やすなんざ、訳ねェぜ。速攻焼き殺してやるよ」
「でしょうね。……ですがその前に、一つ質問です」
「あ?」
開戦へ向け高まる空気を切り捨てるように、私は問いました。
「貴方がやったテントの中の炎人形……あれはどうしてやったのですか? 監視されていると気付かなければ、無意味な筈です」
それが謎でした。炎でサーモグラフィーを欺瞞するデコイ。おかげで我々はしてやられましたが、あの行為は監視にされていなければ無意味な物。となるとコイツは監視に気付いていたということになりますが……。
「あぁ……あれか。あれは上空を飛ぶ不自然な鳥に気付いたからやったんだよ。監視だと思ったからな」
「魔法生物だと見抜いたのですか?」
私は驚きに目を瞠りました。魔法や魔術関連の品物は、魔法少女や魔術師で無ければ見抜くのは困難な筈だというのに。
「ハ! んなこと出来る訳がねェ。でも渡り歩いた戦場で同じようなことをする魔術師やドローンはいたからな。だから監視だと分かったんだよ。……てっきりグレンゴ一家のかと思ったが、まさかお前らだとはな。そっちは知らなかったぜ」
なるほど、戦場の勘でしたか。
「残念だったなァ。あっさり見抜かれて」
「いえ、構いません。知りたいことは知れましたから」
聞き出したいことは終わりました。
後は、コイツを始末すればいいだけです。
「ここで終わらせましょう、因縁を」
「ハッ! ――出来るものかよ」
嘲るその言葉が、戦端となりました。
私はまず真っ先に飛び退きました。次の瞬間、そこへ炎が殺到します。まるで焼却炉の中をそのまま噴きだしたかの如き豪炎。回避が遅れていればただでさえ炎に弱い私は骨まで焼かれていたことでしょう。
「ハハッ! 初撃は避けたか、だがなァ」
クリメイションの攻撃はそれだけに終わりませんでした。今度は手にした炎を火球として打ち出してきます。野球ボールのような速度で飛んでくるそれは、怪人の動体視力なら見極めるのはさして難しくないスピードです。しかし、クリメイションはそれをいくつも放り投げてきました。
「そらそらそら!」
「くっ」
それを私はステップを踏んで回避。脚のスピードには自信があります。諜報には逃げ足が肝要ですから。しかし逃げているばかりでは勝てません。
「――シィッ!」
私は回避の合間を縫って反撃に出ました。軍服の裾より伸ばしたのは茨の鞭。数メートルはあるそれを振るい、クリメイション目掛け叩きつけました。
「ほォ!」
己目掛け飛んでくる凶器を、しかしクリメイションはまったく慌てること無く対処しました。即ち、自分の炎を当てて防いだのです。
植物と炎のぶつかり合い。その結果は正に、火を見るより明らかでした。
あっさりと火が付き、空中で炭化していく茨。そして炎は鞭を伝い、私にも迫りました。
「ちっ」
ただそれは私も計算済み。手首のところで鞭を切り離し、未練無く捨てることで自分にまで燃え移ることを回避します。
ですが、両者の有利不利は歴然でした。
「ハッハァッ! やっぱりお前と俺の相性は最悪だなァ!」
クリメイションは勢いづき、攻勢を強めました。火球の数が増え、一層に私を追い詰めます。
「ぐっ……」
すぐ近くで燃え上がる熱を感じ、私は恐怖から顔を顰めてしまいます。薔薇の怪人である私にとって炎は天敵。近づくだけで恐ろしくて脚が竦みます。
しかしそれを押してクリメイションに立ち向かわせるのも、また炎でした。心で燃える、憎悪の炎。そして、ローゼンクロイツの為に奴を倒さねばならない使命感の炎。それが胸の中で燃え盛り、私の脚を奮い立たせます。
「シィッ!」
私は後退しクリメイションから離れつつも、再度取り出した鞭を振るいました。私の身体から生成されるこの武器は、私が健在である限りいくらでも生み出せます。
「ハッ、無駄だっての」
ですがそれはやはり、クリメイションに叩きつけられる前に宙空で燃え尽きました。炎を扱う奴に対して、茨は圧倒的に不利。分かりきった理屈が再び私の前で再現されました。
反撃の火球。私は避けるため、クリメイションを中心に円を描くように旋回しました。
「オラオラどうしたァ! 逃げてばっかかァ!?」
クリメイションの安い挑発。当然私は乗りません。回避に専念し、今度は大きく後退。そして火球の射程外から鞭を振るいました。
「何度やっても無意味だァ!」
三度焼かれる茨。しかし私は諦めずまた鞭を生成しました。それをまた、射程外から振り下ろします。
「――チッ、うざってぇ」
やはり鞭は燃やされました。しかし自分の射程の外から一方的に攻撃されることに苛立ったクリメイションは、私を追いかけ距離を詰めてきました。そしたまた再開される火球の攻勢。再び私を雨霰のような炎の礫が襲いました。
堪らず私は後退。火球の射程内に収める為、クリメイションは追ってきます。
それを繰り返し、私たちは森の中を駆けました。
「面倒だなァ!」
クリメイションが苛立たしげに吠えます。それも無理からぬことでしょう。
奴にとって森というフィールドは、自分の性能を制限される場所でした。
炎が通じない……という訳では当然ありません。むしろその逆。一度広く燃え移れば、それは大規模な山火事に発展します。
それはクリメイションにとって不都合でした。何故なら奴はこの後、キャンプ場の客を生贄に捧げなければなりません。悪魔の招来に必須だからです。
しかし森林火災などが発生すれば当然、キャンプ客は避難します。コテージから突き出た氷柱などは注意しなければ見えませんでしたが、山火事などはすぐ気がつきます。大慌てで逃げ出すでしょう。それでは奴は困るのです。悪魔への捧げ物がいなくなれば計画は頓挫。私たちの目的は達成と言えるでしょう。なのでクリメイションは木々に燃え移るような大技は使えず、すぐに燃え尽きる火球のような小規模な攻撃しか使えませんでした。
そこを突き、私は少しでも優位に立ち回ろうとします。炎と植物の悪相性を、植物によって埋めるのは奇妙な光景と言えるでしょう。
そして私は、辿り着きます。
急に森が開き、少し広くなった場所へ。
「――アァ?」
クリメイションが怪訝に顔を上げました。それもその筈。いつの間にか見覚えのある場所に戻ってきたのですから。
ですが私には、狙い通り。
「――ッ!? グ!」
呆けていたクリメイションの肩口を狙ったのは、二階から放たれた銃弾でした。怪人の硬質な身体に弾かれましたが、クリメイションの注意は上へと向けられます。
そこにいたのは、コールスローでした。二階――コテージの二階より顔を出すゴーグルをつけた彼は、ライフルを構えクリメイションへ不敵な笑みを浮かべました。
「ようこそ。歓迎するぜ、トカゲヤロウ」
さて、第二ラウンドです。
 




