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「それ以上に……私は、ローゼンクロイツを守りたいのです」




「おい、どうするんだ……!?」


 モニターの中ではコテージを出たクリメイションが悠々と歩いていました。その先にあるのはキャンプ場。そして手の中には悪魔招来の鍵があります。奴は今、グレンゴ一家の計画を掠め取り、己の野望の為にキャンプ客たちを生贄に捧げようとしていました。


「どうする、ですか」

「あぁ、逃げるのか、戦うのか!」


 ……私たちは選択を迫られていました。

 このまま見逃せば、クリメイションは悪魔を召喚する。そうなれば無辜の人間たちは哀れ生贄として捧げられ、悪魔が降臨するでしょう。

 しかし戦えば、クリメイションと真正面から敵対することとなります。相性が悪いとはいえヒーローさえも圧倒して見せたあのクリメイションと。


「俺は撤退を進言するぜ!」


 コールスローの臆病な意見。ですがそれはもっともな言葉でもありました。情報収集用の怪人である私と、様々な道具を使いこなすことで小器用に立ち回れるが、しかしそれ以上の能力の無い道具使い。そんな二人VSクリメイションでは、ハッキリ言って勝ち目が薄いでしょう。皆無に近いかも知れません。

 ですが、


「――止めましょう」


 私は、戦うことを選びました。


「なんでさ! 敵うわけ無い!」

「理由はいくつかあります。まず第一に、召喚する悪魔が判明していないこと」


 悪魔には様々な種類があり、それぞれで叶える願いや持つ権能、力の強さや性格が大きく違います。単純な破壊をもたらす場合も、疫病を振りまくなんてはた迷惑な奴輩もいました。そのどれか判明していない今の状態で悪魔召喚を許せば、どんな事態になるか分かった物ではありません。


「次に、悪魔の矛先が我がローゼンクロイツに向かう可能性はまだ消えていないからです」

「は? でもアイツはグレンゴ一家じゃないんだろ? だったらグレンゴ一家が勢力圏を拡大しようとするって話はナシになったんじゃ……」

「えぇ。ですが奴は元ローゼンクロイツの一員です」


 そこで気付いたのか、コールスローはハッとした顔となります。

 そう、確かにグレンゴ一家が勢力を広げようとして、近場の縄張りを奪取する為にローゼンクロイツに戦争を仕掛けてくる……という可能性は消えました。何せ相手は最早グレンゴ一家とは無関係の怪人なのですから。

 しかしその代わり、クリメイションはローゼンクロイツとの関わりがあります。


「悪魔の力を得たクリメイションが、古巣を焼き払う……それはあり得なくはないでしょう」

「確、かに……」


 クリメイションはローゼンクロイツの裏切り者です。幾人もの仲間を焼き殺し、恩を仇で返した唾棄すべき反逆者。ローゼンクロイツは今でもこうして粛正する機会を伺い続けていました。だからこそ、ここへ私は来たのですから。

 ですがそれは、クリメイションも重々承知していた筈。故にこそこの国から外に出て、海外で傭兵として活動してたのでしょう。それに裏切った組織から追手が仕向けられるかもしれないなんて、誰にだって想像出来ることです。

 ですから、クリメイションは今までこの国へ帰ってくることはありませんでした。ローゼンクロイツを恐れまではしないでも、鬱陶しいとは思っていたから。

 しかし、そのローゼンクロイツその物が無くなるというのなら、どうか。


「もしかしたら最初から、グレンゴ一家の計画を掠め取る腹づもりで近づいたのかもしれません。だからこの国へ戻ってきた……」


 それまで頑なに避けていた帰国を何故今になってしたのか。そう考えると辻褄が合います。全ては……悪魔の力を得て、ローゼンクロイツを滅ぼすため。


「だけど、いくら悪魔の力を得たからといって組織に個人で勝てる訳無い!」

「そうとも言い切れないでしょう。現に個人で組織を圧倒する存在を、私たちは何度も見てきた筈」

「っ!!」


 そう……集団に個で敵う筈無い。それは誰もが考えてしまう当たり前の理屈。しかしそれを容易く覆し、奇跡を起こしてしまう存在もいました。

 それこそがヒーロー。悪の組織を撲滅し、平和をもたらす個人。


「そのヒーローを、クリメイションは既に打倒しているのですよ」


 つまり力だけで言うのならば、クリメイションは既にヒーローに匹敵する実力を持つということになります。それが悪魔の力を手に入れたならば、どうなるか。下手をすると……


「ローゼンクロイツ壊滅、という展開だってあり得ます」


 それは絶対に避けるべき最悪の未来でした。


「っ、けどどうするんだよ! どう考えたって勝てねぇだろ!」


 理屈は分かった、しかし飲み込めないといった風にコールスローが喚き立てます。


「勝算がねぇ戦いには、ハッキリ言ってついて行けねぇぞ!」

「コールスロー。それは組織への裏切りと取れる発言ですが?」

「あぁ、構わねぇよ」


 私が冷たい目を向けると、コールスローも睨み返してきました。


「死ぬくらいなら逃げるぜ。だって元は傭兵なんだからな」


 ……確かにコールスローは紆余曲折があってローゼンクロイツに所属することになりましたが、元は傭兵怪人。入って日も浅いため、傭兵としての意識が根強いのでしょう。忠誠心だって期待できません。捨て身の作戦には、乗ってくれないでしょう。

 ですが……


「……だとしても私は、クリメイションに立ち向かわなければなりません」


 例え一人でも、私は戦うつもりでした。


「なんでだよ! アイツが仇だからか!?」

「……それも、無いとは言えないでしょう」


 クリメイションは仇敵です。私が追い続けてきた憎悪する裏切り者です。それを倒すために私が冷静さを欠いている。その可能性はあるでしょう。


「クリメイション憎しで自棄になっている。自覚が無いだけで、そうなのかもしれません」

「だったら……!」

「ですが、退きません」

「なんで!」


 そう思っても、顧みても、私の中から消えない思いがあるからです。


「それ以上に……私は、ローゼンクロイツを守りたいのです」


 ローゼンクロイツは、私の全てです。家で、職場で、恩人で、そして……


「……あんな可愛い総統閣下たちに、この試練は酷でしょう」


 現ローゼンクロイツの総統閣下と、その姉にして摂政の少女たちを思い浮かべます。キリリと表情を凜々しく保とうとしながらも愛らしさの消えない閣下と、いつも無茶しては周囲に怒られる危なっかしい摂政殿。

 そんな二人を私はいつの間にか、妹……のように思っているのかもしれません。不敬ですが。

 あのクリメイションが悪魔を率いて襲い掛かれば、総統閣下は怯え、摂政殿はまた無理をするでしょう。


「そんなこと、させない」


 だから、危機は未然に防がなければならない。

 それが私の、命を賭ける理由でした。


「ですからコールスロー。貴方が逃げても私は恨みません。ただローゼンクロイツからも出奔することは許しませんよ。その場合は、命がけでお二人を守るのです」

「……あー、もう!」


 私の言葉にコールスローは、苛立ったように頭をガシガシと掻き毟りました。そして何かを振り切ったように、言いました。


「ここでアンタを見捨てたら針のむしろだろ! 逃げたって義理堅いメタルヴァルチャーの旦那から絶対追いかけ回される。アンタが帰らないなら、俺だって帰れないんだよ!」

「ふふ。だったら、答えは一つですね」

「あぁ……!」


 私たちは、モニターを睨み付けました。そこに映っている者を。まるで余裕といった風に悠々と歩く、トカゲ男を。もう自分に敵う者などいないと思っていそうな、裏切り者を。


「思い知らせてやりましょう」


 私は拳を突き出し、それを下に向かって振り下ろしました。親指を下に向けた、下品なジェスチャー。


「悪を裏切れば――悪に斃されるのだと」


 こうして私とコールスローは、クリメイションの打倒を決意したのです。






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