「残ってたら、俺も氷漬けにされてたかもしれん……」
『ぐあああぁーーっ!!』
コテージの中から氷が壁を破砕して飛び出し、怪人たちの悲鳴が空へと響き渡ります。建物を突き破って聳え立つ巨大な氷の柱には、一人の怪人が埋め込まれていました。さっき悲鳴を上げた本人でしょう。さっそく一人脱落したようです。
それを私は、上空を旋回するビルガを通して見下ろしていました。同時にモニターには中を覗く監視カメラを通し、レイスロットと怪人たちの大立ち回りが映っています。
『畜生っ!』
怪人がキャンプ客に紛れ込むための擬態を解き、その本来の姿を曝け出します。
グレンゴ一家は一様に複数の動物を混ぜ込んだような姿をした怪人です。哺乳類の如き分厚い毛皮や昆虫のように節くれ立った手足。鳥のような翼を持つ者や魚めいた鱗に覆われた者もいました。
『ギシャアッ!!』
怪人たちが仇敵目掛け飛びかかります。レイスロットを囲む怪人たちは二人倒されてもまだ六人。数では圧倒しています。
しかし数が意味を成さない相手こそが、ヒーローなのです。
『氷剣よ、奔れ! サークルソード・ラウンズ!』
レイスロットが手にした氷のレイピアを指揮棒のように振るうと、その瞬間幾つもの魔法陣が展開しました。青い魔法陣はその中心から新たな氷の剣を生み出し、ひとりでに動いて怪人たちを迎撃しました。
『グッ!』
『クソッ』
牙や鉤爪を止められあるいは斬りつけられて、怪人たちはレイスロットに辿り着けませんでした。たたらを踏む怪人たちを前にレイスロットは、余裕たっぷりといった様子で悠然と佇んでいます。
『どうしました? 怖じ気づいたのですか?』
挑発されたようにそう問われれば、流石にグレンゴ一家たちも黙ってはいられなかったようです。どの道、彼らに撤退という選択肢はありませんでした。ヒーローが現われた以上、ここで倒さなければ計画は台無しになってしまうからです。
意を決し、怪人たちは浮かぶ氷の剣を前に果敢に攻めかかりました。
『シャアッ!』
『グオオオッ!』
まずは二人の怪人が突進しました。当然迎撃するために氷の剣が振るわれます。無謀な突進は剣を避けきれず、冷たい刃はその体内深くまで抉りました。
『グブッ!』
『ガッ……今だ!』
『! 成程……』
しかしそれは、怪人の作戦通りだったようです。攻撃を受け止めた怪人たちは不敵に笑い、己に刺さった剣を逃がさないよう握り締めました。どうやら丈夫さに自身のある怪人たちがわざと受け止め、氷の剣を減らす作戦のようです。
『シャシャッ!』
『ヒッヒィ!』
その隙に更に二体の怪人がレイスロットへ躍りかかりました。両者には鉤爪や牙がありました。攻撃力自慢の二体のようです。
その鋭さに油断ならない物を感じたのでしょうか。レイスロットは残った剣のほとんどをその二体の迎撃のために使いました。
硬質な音が響きます。二体の剣は克ち合い、鬩ぎ合いました。それはつまり受け止められたということ。剣で貫かれることこそありませんでしたが、抑え込まれてしまいました。二体の攻撃は失敗です。
しかし、先の二体と同じく剣を使わせたという意味では成功していました。
『ギャハハ! ようやっとガードが空いたぜェ!』
『その剣一本で防げるかァ!?』
残った二体が剣を全て使ったレイスロットへ迫ります。対するレイスロットの武器は手にしたレイピアのみ。二対一には分が悪いと言わざるを得ないでしょう。
ですがレイスロットはまるで焦ることなく冷静に行動しました。彼は剣を取っても達人ですが、その本領は異世界で学びし魔法なのですから。
『――爆ぜなさい』
レイスロットがそう呟いた瞬間。全ての氷の剣は膨張し、剣山のように無数の氷柱となって爆発しました。
『ガッ!?』
『ゲェッ!?』
剣が刺さっていた者たちは内側から貫かれ、爪や牙で抑えていた者も全身を氷片が襲いました。そしてレイスロット本体へ迫りつつあった二体も、レイピアが爆ぜたことで迎撃されました。
『グハッ!』
『馬鹿な、こんな……一斉に……!』
一瞬にしてグレンゴ一家は惨憺たる有様でした。四体は全身に氷を受け重傷。最初の二体に至っては内側から食い破られ物言わぬ身体へ成り果てていました。最早まともに戦える怪人は一人もいないでしょう。
たった一人のヒーローを相手に、怪人は為す術無く敗れ去りました。
『……これで終わりですね。では、残った者には事情を聞きましょう』
これがヒーロー。本当、悪の組織にとってはこの上ない厄介者ですね。
「はぁ~。本当、あそこにいないでよかったぜ」
背後でモニターを覗き込んでいたコールスローが安堵の溜息をつきました。コイツはコテージにカメラを仕掛け、とっくの当に脱出を果たしていました。
「残ってたら、俺も氷漬けにされてたかもしれん……」
「いっそそっちの方が五月蠅くなくて良かったかもしれませんね」
「洒落にならん」
とにかくこれで、グレンゴ一家の計画は頓挫した筈です。
となると後は……
「……クリメイション」
そう、ここへ来たそもそものきっかけ。憎き裏切り者です。
「どうするんだ?」
「……おそらく、既に奴は異変に気付いているでしょう」
奴は人を避ける為に森でキャンプしています。コテージの破壊は同じ森で起きた異変。気付いていてもおかしくはありません。
「既に逃げる算段をしている可能性もあります。ですが……」
言葉を濁し、私はモニターの一角に目を向けました。そこにはビルガの視界が映像として映されています。それはクリメイションを監視するために残した一羽でした。
空中を旋回する映像には、森の中にポツンと立てられたテントが映されています。一見何の、変哲も無い。
「……動きは無いな」
「えぇ」
そう。意外なことに、クリメイションは何の動きも見せていませんでした。ずっとテントの中に入ったまま、出かけることすらしません。
「もうどこかにいった可能性は?」
「ありません。ずっと監視してましたし……それに、ビルガのセンサーにも反応はあります」
高性能な偵察機として開発されたビルガは、様々なセンサーを内蔵していました。その一つに、建物を貫通して中にある熱の動きを観測できる、いわゆるサーモグラフィーがあります。切り替えてそちらを起動すると、テントの中に赤い人型がいるのをありありと映し出していました。座ったまま身動ぎ一つしません。つまりクリメイションは、中にいるのです。
「……何が狙いなのでしょう」
読めません。異変を察知したのなら、即座に何があったかの確認に移るはず。グレンゴ一家に何かがあれば奴の報酬だってパァになるのですから。しかしもし気付いていないのなら、あまりにも鈍すぎる。少し遠いキャンプ場ならともかく、コテージと奴のテントはそれ程離れていません。そそり立つ氷柱だって見るはず。アレを見逃すのは、幼児にだって難しいでしょう。
「……分かりません。何かを待っているのか……あるいは、全てどうでもいいのか……?」
考えを巡らせますが、纏まりません。ただただ悪戯に浪費するだけの時間が過ぎていきます。
そうしている内に、コールスローがポツリと呟きました。
「……にしてもコイツ、動かないな」
その言葉が気になって、私もふとモニターを見ます。画面の中の赤い人型は、確かにピクリともしません。
「眠っているのでしょうか」
「寝ていて異変に気付かない? あり得ないでしょ。そんな鈍い奴、傭兵稼業じゃあっさり死んじまうぞ。いくら強力な発火能力を持つからといって、そんなのが生き残れるとは思えないね」
呆れたように言うコールスローの言葉はもっともです。ですが、それ以外に状況の説明が……?
「………まさか」
そう。クリメイションは発火能力を持ちます。それは強力で、燃え盛る炎で私の同胞をいとも簡単に焼き尽くしました。
炎。そう、熱。
「……コールスロー」
「ん、なんだ?」
「傭兵……として活動している間に、更に改造を受けるようなことは出来ますか?」
「そりゃ、出来るよ。悪の組織ほどの設備じゃ無いけど、小改造を請け負う闇医者くらいならいくらでもいたし。といっても、何か能力を一つ足したり、出来る技能を増やしたりする程度だけど」
……何か能力を一つ足したり、出来る技能を増やしたりする程度。
「もし……もしですよ?」
私は声を震わせながらコールスローに問いました。
「もしそういった改造で……クリメイションの奴が炎を操る能力を高めていたとしたら?」
「……え?」
「例えば、炎を振りまくだけじゃ無く……自在に操れるようにした、ならば」
私のその言葉に、背後のコールスローが息を飲み込んだのが分かりました。
「おい、それって……!」
「ビルガ!」
咄嗟に私はビルガの操作盤を掴み取りました。
「テントの中に突入してください!」
今までは、クリメイションにバレないようにする為に間近に近づくようなことはありませんでした。しかし今、その禁を破って小鳥がテントの中へ突っ込んでいきます。
そして薄布を破って入った、その中に広がっていた光景は……
「……!」
「炎で作った、人形……!」
それは松明めいて煌々と燃える、マネキンのような人型でした。炎が塗り固められ、人形のように形を変えた物。ご丁寧に炎としては低温で、サーモグラフィー越しでは人体の体温と見紛う程度に調節されていました。
そしてその足元には、炎で掘ったように誘拐した大穴がありました。
「いない!」
つまり奴は、まんまと私たちの目を出し抜いたのです。そして穴を掘って、どこかへ逃げ出した。
即座にビルガを上昇させ、上空から俯瞰して渡りを見渡します。
その瞬間でした。
コテージを貫いていた、氷柱が融けたのは。




