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『――匿名の通報があったと、だけ』




「悪魔ですか。剣呑ですね」


 この世界に悪魔は実在します。

 生贄を捧げ、契約を交わし、欲望を成就する――そんな悪辣で、強力で、そして変なところが義理堅い魔界の住民が。

 その性質は宗教に語られるような物から異世界の存在だったりと様々です。なのでこの時点でその悪魔がどの程度の脅威なのかは計り知れません。ですが、碌でもないのは皆一様に同じ。

 しかも奴はさっきキャンプ場の人間全てを生贄に捧げると宣言しました。今日の入りは盛況で、しかも明日も休日。かなりの人数がここに滞在するでしょう。恐らくは百人以上。そんな彼らを一斉に捧げた悪魔がどれほど強力かは、考えたくもありません。


『……どうする気だ?』


 コールスローが小声で問うてきます。私は少し思案しました。

 悪の組織である我々は、必ずしもグレンゴ一家の野望を阻止する必要はありません。

 悪魔を招来されようと、ここで数多くの人間が犠牲になるとしても、私たちには関係がありません。人が死ぬのも悪が為されるのも、悪の組織にとっては普通のことなのですから。


「……止めましょう」


 しかし私は、阻止に乗り出しました。

 それは正義感から来る物では決してありません。あくまで、ローゼンクロイツのことを考えてのことでした。


『無茶だと思うけど……理由を聞いても?』

「グレンゴ一家とローゼンクロイツは、別段敵対関係ではありません」


 同じ悪の組織であるローゼンクロイツとグレンゴ一家は、敵では無く味方でもありませんでした。仲が良くも悪くも無い、つかず離れずの距離を保った、微妙な距離関係。


「しかし悪魔の力を奴らが手にしたら、パワーバランスが崩れる恐れがあります」


 その距離感でいる理由は、ローゼンクロイツの方が巨大だからというのが大きな理由としてありました。衰えているとはいえローゼンクロイツは老舗で大きな組織。どちらかというと少数精鋭としての趣の強いグレンゴ一家と比べるとまだまだ巨大で、直接ぶつかり合った場合ローゼンクロイツが勝利する確率は濃厚でした。

 ですがグレンゴ一家が悪魔の力を手にすれば、決着の行方は分かりません。


「我が組織が真っ先に狙われた場合、押し切られる可能性は否定できません」

『だが敵対するかは分からないんじゃ無いか?』


 それはそうです。その可能性も依然としてあります。

 グレンゴ一家と関係のある組織は一つではありません。それこそ、微妙な関係であるローゼンクロイツとは違う、明確な敵対関係にある組織もありました。普通に考えれば、そちらの方を狙うのが筋です。

 ですが、そちらでは無くローゼンクロイツを狙う理由も存在したのです。


「ローゼンクロイツとグレンゴ一家は、勢力圏が微妙に被っているのです」


 大抵の組織がそうですが、悪の組織には勢力圏があります。本部があり、その力の及ぶ範囲。縄張りとも言い換えられます。その勢力圏が、ローゼンクロイツとグレンゴ一家は重なっている部分がありました。


「その地域はこちらの、ローゼンクロイツの物として扱われていました。格下としてグレンゴ一家が遠慮しているからです」


 被っている場合、どちらかが遠慮して活動を控えることになります。そうでなければ骨肉の争いが起こるからです。なので規模の大きいローゼンクロイツを尊重し、グレンゴ一家はその地域での行動を控えていました。当然、グレンゴ一家から見れば単純にマイナスです。面白くは無いでしょう。


「なので悪魔の力をグレンゴ一家が手に入れた場合、その地域の奪い合いが発生する可能性が高いのです」


 加えてグレンゴ一家が勢力を拡大しようとすれば、こちらの勢力圏へ食い込んでくることもあるでしょう。縄張り争いとなって本格的にぶつかることとなればこちらにも被害が発生します。悪魔の力は未知数。勝てるかどうかは分かりません。

 ですがそれは、悪魔が招来されればの話。


「ですから、ローゼンクロイツの安全の為に計画を阻止しましょう」

『簡単に言ってくれるけどね……』


 唸るようなコールスローの声と共に、カメラが階下に集った怪人たちを見下ろします。


『それはつまり正面からアイツらと戦うってことだろう? しかも、クリメイションもいる』

「でしょうね」

『……ハッキリ言って、無理だ』


 コールスローはキッパリと断言しました。


『真正面からはまず無理。一対一でも怪しいよ。俺は武闘派じゃないから。道具使って罠張って待ち構えても、精々が二、三人。全員はとてもじゃないが無理だ』


 そう告げるコールスローの言葉はもっともで、コールスロー一人、私のサポートを入れても二人でこの数を相手にするのは無謀でした。

 ですが当然、そのつもりはありません。


「はい。応援を呼びましょう」

『……いいのか?』


 コールスローが意外そうな声を挙げます。それもその筈、組織の構成員に秘密を知られたくないという理由で人員を増やすことを渋っていたのは、他ならぬ私なのですから。


「ええ、勿論。戦力は必須ですから。それに……」


 しかしこの二人で悪魔の招来を止めるのは現実的に不可能。であるなら、応援は必須です。そして――


「……構成員に知られなければ、いいのですから」


 そう言う私の顔はきっと、怪人らしい悪辣な笑みが浮かんでいたことでしょう。






 ◇ ◇ ◇






 カメラの中では未だ会議が続いている。


『よし。明日の予定はこんな感じでいいか』

『あぁ、重要な部分は詰めただろう』


 額を突き合せて話し合う。だがそんな最中、唐突にコテージの扉が開き、一人の男が雪崩れ込んできた。人間に扮した怪人、テントに残ったグレンゴ一家の一味だ。


『や、ヤバいぞ!』


 男は焦った様子で駆け込んできた。色めき立つ怪人たち。


『どうしたんだ、一体?』

『き、来たんだ……』

『な、何が?』


 全員が注目する中で、男は口を開く。


『ひ、ひー……』


 だが、何かを喋るよりも早く。

 男の全身は、氷漬けになった。


『なっ!?』


 口を開けた表情のまま氷の中に閉じ込められた同胞を見て、怪人たちも唖然とする。

 沈黙を破ったのは、その後ろから現われた一人の男だった。


『突然のご訪問、どうか容赦いただきたい』


 凜とした声音がコテージに響く。それは纏う怜悧な空気と相まって、まるで氷のように涼やかだ。

 貴公子めいた衣装を着こなすは、金糸の如き髪に青い瞳を湛えた美丈夫だった。


『ひょ、氷刃の――』


 その男の名前を、怪人たちは知っていた。


『レイスロット!?』


 それはヒーローの名。

 ここに君臨したのは紛うことなきヒーロー。魔法剣士たる氷刃のレイスロットだった。


『憩いの時を楽しむ人々を巻き込もうなど、許しがたき蛮行。そんな美しくない真似はこの私が許しません』

『馬鹿な、何故ここに!?』


 怪人たちが放つのは当然の疑問だった。何故ならこの計画はずっと密やかに為されてきた。その詳細を知る者はほとんどいない。


『そんなこと、悪党に告げる必要はありません。しかし、強いて言うならば――』


 レイスロットは微笑を浮かべて言った。


『――匿名の通報があったと、だけ』

『は、はぁ!?』


 怪人たちは訳が分からない。極秘の筈なのに、通報。今までキャンプの人間にも隠れて行動してきたのに。どこから漏れたのか本気で分からない。

 それもそうだろう。レイスロットにだって本当は分からない。

 何故なら――





「……作戦、成功ですね」


 名前を隠して通報し、両者を食い合わせたのは、この私なのですから。

 突然現われたヒーローに大慌てする奴らを隠しカメラで見下ろして、私は密やかに微笑むのでした。







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