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「諦めろ、シマリス君。あれはどう見ても」




『いらっしゃいませー』

『早乙女さん、麻婆豆腐二人前! あと餃子も!』

『は~い』


 厨房の早乙女さんが、ウェイトレスの構成員から注文を聞いて調理に取り掛かる。

 中華料理屋 緋扇はそれなりに客の入りが多いようで、中々に繁盛している様子だった。

 これはいい収益が期待できるだろう。


「一応不審者には注意しておけ。ヒーローが絡め手をするとは思えないが、他の悪の組織のスパイがいる可能性はある」

「了解しました」


 すぐそばに座ってモニターを確認している構成員の一人に声をかけ、私は再びモニターに目線を戻す。液晶の中では、忙しそうに働いている構成員と早乙女さんの姿が目に映った。

 この監視室はビルに入っている店舗の様子も確認出来る。まぁ防犯カメラのような物なので、あまり変なことじゃない。それに防犯目的以外にもサボっている構成員を見つけることも出来る。とはいえ、ウチの構成員は基本的に勤勉なため隠れてサボタージュするようなことは滅多にない。

 滅多にない筈なんだよなぁ? シマリス君よぉ!


「くっ、何故この事務所の責任者である俺がこんな風に拘束されねばならないのですか!?」

「それを本気で言っているのだとしたら大したクソ度胸だ」


 私の隣には、鎖で拘束されたシマリス君の姿があった。ぐるぐるに巻かれた鎖は、例え怪人の腕力を以てしても破壊できないだろう。

 しかしそんな状況でもシマリス君は叫ぶ。


「部下に指示をする権限は与えられています。俺は自分の職権内の権限を行使したに過ぎません!」

「あぁ、そうだな。そうだがな。内容が問題だ」


 確かにシマリス君にはこの事務所の責任者としての権限が与えられていた。人事、作戦の発動など、その権限はこの場においては幹部の私に匹敵する。

 だがそれはそれとして部下を私用でパシらせる行為を見逃すわけにはいかない。

 結局あの後問いつめたが、やはり早乙女さんへのお土産として渡すつもりだったようだ。職権濫用ってレベルじゃないぞ。


「しかし、貴君を拷問するのも飽いた」


 というより、拷問しても無駄だろう。コイツの早乙女さんへの執着は度を超えている。手足をちぎった所でそれは変わらない筈だ。


「よって、そのまましばらく縛り付けておこうと思う」

「な、なんだって?」


 三角木馬の拷問を乗り越えた勇士が、絶望したかのような表情を向ける。

 その気持ちは分かるよ。私も同じことを言われたら同じ表情をするだろうね。


「つまりお前は愛しの早乙女さんをここから眺めるだけで、何も出来ないということだ。くくく」

「ぐ、ぐおおおおお!! なんたる卑劣な!!」


 ふふふ、そうだろう、そうだろう。何せ私がやられたら一番困る罰だったからな。

 やらかし過ぎたことが百合とかの密告で両親にばれた時、兄と妹が楽しくゲームをする横で無理やり宿題をやらされたものだ……。あれは堪えた。血の涙を流すかと思った。まじで。

 ちなみに学生時代宿題や課題はたまにしかやらなかった。それも今思えば怒られる原因だったのかも知れない。

 今現在、この状況がシマリス君にとっての最高の拷問だ。懲りるまで、しばらくはこのままにしておこう。


 さて、仕事だ。私は背後で構成員を統括する現場主任(白ワイン君)に声をかけた。


「街のデータの収集状況は?」

「進捗60%です。元々持っていたデータと統合すれば既に100%を越えますが……」

「いや駄目だ。最新のデータを集めろ。情報が我ら悪の組織を左右するのだからな」

「ハッ」


 情報は大事だ。例えば強奪作戦の際、襲撃先に目的の物が既に無いとなればその作戦はどんなに進捗よくいっても失敗となる。

 出撃してくるヒーローを間違えて、対策がおじゃんになることもあるかもしれない。ビートショット対策で絶縁処理をした怪人を送り出しても、炎を扱うヒーローが出てくれば意味が無いだろう。

 特に我が組織、ローゼンクロイツは怪人戦力では他の悪の組織に一歩譲る為、殊更に重要だった。ホント怪人の強化は急務なんだよなぁ……なのに私ったら結局はイチゴ怪人にかまけてばかりで。そろそろ本格的に改造室の尻を叩いた方が……おっと脱線。

 兎に角、情報を制する者が悪を制すのだ。


「あぁ、後、ヒーローの戦闘は確認されたか?」

「はい。一件だけ」

「ほう? どんなのだ?」

「〝深淵罪忍軍〟がユニコルオンと対峙、退けられました」

「やっぱりユニコルオンか。しかし深淵罪忍軍とはまた珍しい」


 深淵罪忍軍は古来より続く忍者集団だ。古くは風魔の末席に名を連ねるというが、忍者らしくその辺りの真実ははっきりとしない。

 分かっているのは、戦国時代に封印された頭領、〝深淵右近衛中将〟が復活し、この世の天下布武を企んでいるということだけ。

 それに立ち向かうべく、深淵罪忍軍を抜け忍した老忍者が有志を集い結成したのが〝月守衆〟なのだが……今回ぶち当たったのはユニコルオンだったようだ。


「深淵罪忍軍によって口寄せされた怪人〝童子・蝗定信〟を下し、ユニコルオンは更に幹部へと攻撃を仕掛けたようです」

「結果は?」

「幹部に手傷を負わせるも討伐には失敗。しかしユニコルオン側にも特にダメージはないようです」

「むぅ……死ぬまで戦えとは言わんがせめて弱らせるくらいは頑張って欲しかったな……」


 これがユニコルオンの強さだ。ローゼンクロイツは他の組織と比べて怪人の質が劣っているが、そんなウチよりましな怪人相手でさえユニコルオンは特に苦戦しない。というかユニコルオンがダメージを負ったという報告を聞いたことが無い。お茶の間で応援していた頃さえも。

 どうにかして正体、つまり人間として生活しているところを知れれば、組織力で暗殺できるのに……。


「ユニコルオン、Tw○tterとかやってない?」

「やってる訳無いでしょう……」


 おっと現場主任君が呆れた目で私を見ている。おいおい偉くなったもんだなぁ。誰のおかげでそこまで引き上げてもらえたと思っているんだぁ? あぁ?

 私がそんな風に現場主任君へガンをくれようとしていると、隣で縛られているシマリス君が突如として大声を上げた。


「ああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

「うっるさ!? なんだよシマリス君」

「早乙女さんに近づく男がいるうううううぅぅぅ!!」


 何? 私も気になってモニターに目を向けると、確かにそこには休憩中の早乙女さんに話しかける男の姿があった。

 男の年齢は早乙女さんと同年代ぐらいだろうか。真っ白なライダースジャケットを羽織り、中々に洒落た姿だ。身長も高く、すらっとした長く脚に履くジャケットと同色のレザーパンツがよく似合っている。

 顔は……おぉ、イケメンじゃないか。

 目鼻立ちがくっきりとしたどこか外国的な雰囲気のある青年で、黒髪をオールバックに決めてイケイケって雰囲気だな。

 そんな男性が早乙女さんと会話を交わしている。


「これをほどいてくれ摂政殿! 俺が早乙女さんをナンパ男から守らねば!」

「いや、あれナンパっていうより……」


 早乙女さんが男性と話す様子はとても朗らかだ。親しい人間と話すような……いや実際、親しいのだろう。

 男性がなにかおどけて肩を竦めてみせると、早乙女さんはころころと笑う。ツッコミなのか、男性の背中をぱしりと叩いても見せた。

 明らかにナンパではない。どちらかというと……。

 シマリス君もそれに気付いたのか、叫び声がだんだんと小さくなっていく。仕舞いには途切れ途切れの、壊れたレコーダーみたいな声になってしまった。


「あ、あ、あ……。俺、が、守らねば……」

「諦めろ、シマリス君。あれはどう見ても」

「嫌だ!! 聞きたくない!! きぎだぐな゛い゛!!!」


 私の言葉を、涙声になってまで遮るシマリス君。必死に首を振り、否定しようと努める。

 けれどもう君にも分かっているのだろう? 残酷な真実が。

 それを認めさせるために私は縛られている為塞ぎたくても塞げない耳に囁きかける。


「あれはどう見ても……」


 美女と親しげに話すハンサムガイ。そんな光景から窺い知れる当たり前の帰結。


「……彼氏だ」

「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああああああああああ!!!」


 涙交じりの絶叫が監視室に迸る。認めたくない気持ちと認めざるを得ない程親しげな二人の姿がぶつかり合い、シマリス君の感情を揺さぶった。


「お゛、お゛、う゛ぇ、ひっぐ」


 喉を潰す勢いで放たれた絶叫が枯れ、号泣と嗚咽がシマリス君の口から洩れる。それはローゼンクロイツ屈指の怪人とは思えぬ程に、なんと哀れな姿だろう。


 まぁ、考えてみれば当たり前の話である。

 シマリスの怪人が惚れてしまうくらいに絶世な美人に、誰も声をかけないなんてことがある筈が無いのだ。ましてや遊びを覚えた成人がうろうろ居るであろう大学では。

 昔からよく言うだろう。


「可愛い子には、大体彼氏が居るものだ……」


 それがこの世の真理。

 可憐な女の子に惚れようと、大抵は先にイケメンが付き合っているものだ。


 ……あ、ウチの妹は例外だよ! ひっ付きそうな羽虫は片っ端から薙ぎ払ったからね!






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