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「そう……ですね。私が……迂闊でした」




「クリメイション……!」


 仇の顔を見て、私の胸の奥から不快な感覚が湧き上がります。あの炎のような鱗。忘れるはずも無い。

 叫びだしそうなくらいのざわつきを抑えつけながら睨み付けるモニターの中で、話は更に進んでいきます。


『その顔……成程。了解した。では計画までは森で引っ込んでいた方がいいな』

『そういうことだ。連絡事項や合図は携帯端末まで送ってくれ』

『分かった。それじゃあな』

『あぁ』


 クリメイションとグレンゴ一家はその場で別れ、奴は森の奥へと姿を消しました。


『なんともこえぇ面だったな。アレじゃ女にモテねぇ』

『そうか? 可愛いもんだろ。俺らの素顔を思えば』

『違ぇねぇ』


 そしてグレンゴ一家も談笑しながらキャンプ場へと戻り始め、その場には隠れ潜むコールスロー以外誰もいなくなりました。

 私は即座に指示を出します。


「コールスロー。クリメイションを追いなさい。今なら奴を抑えられます」

『はぁ!? 無茶言うなよ』


 通信越しに返ってきたのは抗議の声でした。


『まずタイマンで勝てるような相手じゃ無い。複数人でも厳しいんだろ?』

「不意を打てば無力化出来る筈です」

『んなこと単体のアイツが一番よく分かってるだろ。警戒してる筈だ。それに、それ以上気になることもある』


 コールスローはグレンゴ一家の去った方向を見つめ唸ります。


『……計画ってなんだ。クリメイションに何かを依頼するのは分かっていたけど、あの口ぶりだと違和感がある。そっちの方を詳しく調べた方がいいんじゃないか』

「いえ。これは絶好の機です。クリメイションを抑えなさい」


 私は更に押して指示をします。仇が、すぐそこにいるのです。ローゼンクロイツに仇為した裏切り者が。私の仲間を殺した怨敵が。逃がすわけにはいかない!


「繰り返します。クリメイションを追いなさい!」

『……なぁ、メアリアード。アンタの仕事って何だ?』


 だというのに、コールスローはまるで関係の無い話をし始めます。


「? 何を言って……」

『答えてくれよ。アンタは今、どういう立場でここにいる?』

「それは……ローゼンクロイツ情報部門の長として……」

『なら』


 コールスローは諭すような、しかし冷たい声で私に言いました。


『みすみす情報を取り逃すのか? 私怨に飲み込まれて? ローゼンクロイツの、ことを忘れて?』

「―――」


 その冷静な声が、私の頭に染み入りました。

 そう……そうです。私は、ローゼンクロイツの幹部。情報部門の責任者です。この場にはクリエイションを倒しに来たのではありません。その為の情報収集に来たのでした。それを忘れローゼンクロイツの不利益になるような行動を取るのは、幹部として恥ずべきことです。


「そう……ですね。私が……迂闊でした」


 まだこみ上げる怨嗟は確かに存在します。喉が詰まり、呼吸が苦しくなるような。しかしそれを、ローゼンクロイツにて部門を預かる者としての使命感が抑え込んでくれました。

 大きく息を吸い、吐き。気持ちを落ち着け、改めてモニターに向かいます。


「……では一応クリメイションの位置だけを確認し、その後グレンゴ一家を探りましょう。居場所をマークしておくに越したことはありませんから」

『あぁ、それなら了解した。慎重に覗いてくるよ』


 今度はコールスローも快く了承し、森の奥へと進んでいきました。

 その後コールスローは無事クリメイションが野宿するテントを発見し、位置情報をマークしました。本当は呑気に薪を集め食事の準備を進めているアイツの首を掻ききるように命じたくて堪りませんでしたが、どうにか堪え、位置を把握するだけに留めコールスローを帰還させました。

 それも無事に済み、テントへコールスローが戻ってきました。


「ふぃー。流石に緊張したぜ」

「お疲れ様です」


 私が素直に労うと、意外そうにコールスローが目を丸くします。


「……お、おぉ。普通にそういうこと言うんだ」

「仕事を果たしたのは事実ですから。それに……」


 パソコンに情報を打ち込む仕事を続けたまま、振り返らずに呟きました。


「……感謝はしています。あそこで私を止めてくれたことを」

「……ま、こっちとしても無謀な作戦は御免だったからね」


 それは彼の本心なのでしょう。生き残り報酬を手にする傭兵怪人を生業としてきたコールスローにとって、みすみす死地へ追いやられるような命令は度しがたい代物。だから拒絶したというのも確かな真実。

 しかしそのおかげで私はローゼンクロイツ幹部としての道を踏み外さずに済んだのですから。一応感謝の気持ちはありました。

 ついでに……。


「それに、これから次の仕事を頼むのですから」

「げ、もうかよ」

「えぇ。グレンゴ一家の計画とやらを探らないと。……自分で進言したことなのですから、当然やってくれますよね?」

「……へいへい。わーかりましたよ」


 渋々ながらもコールスローは降参と示すようにヒラヒラと手を振って頷きました。


「で、何をすれば良いんで」

「今、地上に仕掛けたカメラと合わせ上空からグレンゴ一家たちを監視しています」

「へ? 上空から?」


 コールスローがきょとんとした声を上げるのを聞きながら、私はパソコン脇に置かれた円盤を操作します。するとモニターに、明らかに上空から取った物と思われる映像が浮かび上がりました。

 画面を覗き込み、コールスローは首を傾げます。


「何コレ、ドローン映像? でもこんな真っ昼間にドローンなんかを飛ばしたら目立つよね?」

「えぇ。でも、『小鳥』なら気にも留めません」


 私はテント内に転がっている箱の一つを指差しました。そこには百舌に似た小鳥の絵が描かれています。


「量産型ビルガ。蝉時雨が魔法生物ビルガを量産し、なおかつ魔術の素養が無い素人でも操作できるよう改良した物です」


 そう。これが今回の秘密兵器の一つでした。蝉時雨が作り上げた偵察用の使い魔、魔法生物ビルガ。魔術を囓った摂政殿や元魔法少女であるはやてが扱えるよう復刻した魔術部門の長蝉時雨が拵えた代物でしたが、それを一般兵でも使えるようチューンナップした物が量産型ビルガです。

 魔術を使えずとも操作できる円盤型のコントローラーが付属したこのモデルなら、私でも扱えます。


「持ち込んだのは五体。内一体をクリメイションの監視に向け、三体をグレンゴ一家の監視に当てました。これで見逃しはしない筈です」

「へぇ……そんな便利な物が……」


 量産型ビルガが収まっていた箱へ向ける興味深げな視線を無視し、私はコールスローへ指令を出しました。


「グレンゴ一家は森を出た後自分たちのテントへ一旦戻りましたが、すぐに二人が別の場所へ移動し始めました。貴方はそれを追いなさい」

「ふんふん。了解。じゃ、行ってくるよ」


 そう軽い調子で頷き、コールスローは再びテントを退出します。そして再び眼鏡の仕込みカメラを起動し、モニターに彼の視界が映りました。しばらくすると、グレンゴ一家たちの背中が見えてきます。


『捕捉したよ。なんだかクリメイションのいる方向とは別の森を目指してるっぽいけど』

「ふむ。ビルガを先回りさせてみましょうか」


 コールスローの報告を受けビルガを操作してみると、森の中に建物がポツンとあるのが見えました。


「……コテージでしょうか」


 キャンプ場に近い場所にあるものなんてそのくらいしか思いつきません。でもこのキャンプ場にそんな物があるなんて聞いたことがありませんでした。

 よく観察する為に、その建物へ向けビルガを接近させてみます。


「……きゃっ!?」


 しかし近づいた瞬間、激しい音と光と共にビルガの視界はブラックアウトしました。その後いくら操作しても復活しません。これは……。


「撃墜された……?」


 そうとしか考えられませんでした。となると、その建物がただのコテージである筈がありません。


『こちらコールスロー。グレンゴ一家が建物へ到着した』


 そしてコールスローからの報告が、それを更に裏付けるのでした。






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