『アンタらがグレンゴ一家か』
「………」
「………」
テントの中に気まずい沈黙が降ります。……仇敵を前に少々昂ぶりすぎましたか。
私は咳払いを一つして場の空気を入れ換えようと試みます。
「ですから私個人としてもクリメイションは逃したくない訳です。勿論、任務としても」
「あ、あぁ……そうか。いや、了解した」
戸惑うようにコールスローは頷きました。取り敢えず、任務の重要度は更に伝わったようです。
「まぁ、与えられた仕事はちゃんとやるさ。差し当たっては……」
「待ってください」
何をするのか。そう問おうとしたであろうコールスローの手で制します。
「? 何で?」
「……動きがありました」
モニターに映る監視カメラの映像に変化がありました。現在の最重要監視対象であるグレンゴ一家が動いたのです。
「テントから二人……既に外にいた一人と合わせて計三人でキャンプ場を離脱していきます」
「外に行くのか?」
「いえ、どうやら森の方へ……流石に森には監視カメラを設置していませんね」
「なら俺が行くよ」
コールスローが眼鏡を掛け、そう提案しました。
「俺が隠れて追えば、眼鏡に仕掛けたカメラで見れる。それで監視を続けよう」
「見つからず行けますか?」
「一応一通りの隠密道具は揃えてきたよ」
そう言ってコールスローは持ってきたバッグの一つからフード付きのポンチョのような物を取り出します。
「光学迷彩のマントだ。全身を消せる。鼻を誤魔化す消臭剤も持ってきているし、簡単には見つからないと思うよ」
「流石に道具使いですね。その道具の出自を考えると胡乱な目になってしまいますが」
「硬いこと言わないでよ」
一体今までにいくつの組織から装備を盗んだのか。ですが、今はありがたいと言えますか。
私は頷きます。
「分かりました。万が一見つかった場合は即時撤退を」
「了解。行ってきます」
言うや否や、コールスローはいくつかの道具を持って森へ消えていくグレンゴ一家を追い始めました。テントから離れていくその背中を見届け、私はモニターのモードを切り替えます。映像は警戒しつつ森へ向かうグレンゴ一家、つまりコールスローの視界が映ります。
「視界は良好です。そのまま続けてください」
『了解』
眼鏡に仕込まれた集音器から短い返事が届きます。今のところ、問題は無いですね。
偽装した怪人であるグレンゴ一家は森の中へ入り、距離を取ってコールスローが続きます。気付かれない距離を保ちながら追うコールスローの手並みは流石傭兵怪人と言ったところですね。
男たちの内一人は、小さなアタッシュケースにも似た鞄を持っていました。
『アレは何だろうな』
「分かりません。そのカメラは小型すぎて解析機能はあまりありませんから」
そのまましばらく森の中の追跡が続きます。コールスローは音もうまく隠しているのか、集音器にもほとんど聞こえません。カメラでは見えませんが光学迷彩も既に発動しているとしたら、怪人であっても見つけるのは困難でしょうね。
そうしてしばし追跡を続けていると、グレンゴ一家は急に足を止め、動かなくなりました。
「……バレましたか?」
グレンゴ一家の変化にモニターを見ている私は追跡が発覚した可能性を危惧します。しかし現場のコールスローは違う意見のようでした。
『いや……誰かを待ってるっぽい。立ち姿から、そんな気配を感じる』
集音器に向け小声でそう話すコールスロー。現場の空気を感じ取ってそう結論づけたのなら、おそらくは向こうの方が正しいのでしょう。
「分かりました。ではそのまま潜伏を続けてください」
『了解』
そのままコールスローは静かに待機します。
……にしても誰かを待っている、ですか。その誰か、は……。
フラッシュバックする火の海。鼻を掠める煙臭い異臭。そして奴の耳障りな笑い声。
そして感じた、深い絶望と激しい怒り。
瞬時に湧き上がってくる憎悪の念を、私は首を横に振って振り払いました。今はとにかく集中しなくては。
しばらくそうして待機していると、退屈しだしたのか、グレンゴ一家が三人で話し始めました。私はコールスローに集音器の感度を上げるよう指示し、その話し声を拾います。
『……だから、ソイツは本当に来るのかって話だよ』
『その筈だ。報酬はかなりの額を提示した。先方からも了承の返事が既に返ってきている』
『信じて良いのか? 噂だと相当やんちゃな性格なんだろう?』
『あぁ。雇い主を焼き殺しただとか、村一つを焼け野原にしただとか……知り合いの傭兵を通じて軽く調べただけでこれだけの所業が浮かんでくるな』
……話しているのが奴のことなら、やはり仲間を焼いたあの時から変わっていないようですね。
なんとしても捕まえるという決意を新たにし、そのまま話を聞き込みます。
『だったら危ないんじゃ……』
『いや、この計画には強力な兵士が必要不可欠だ。それを金で買えるなら、安い物だ……お、来たぞ』
緊張が走りました。グレンゴ一家が見る森の奥。そこから姿を現したのは、マスクをした大男でした。
ただのマスクではありません。ガスマスクに似た、顔面全てを覆うようなラバーの覆面。しかもその形状は馬のように出っ張っていました。
予感に胸がざわつきます。
『アンタらがグレンゴ一家か』
『あぁ、そうだ』
マスクをしている所為かくぐもった声で、個人の判別はつきません。
『物好きだな。わざわざ俺みたいな奴を海外から呼び寄せるとは。ククク』
マスクの男が肩を揺らして笑います。どうしてか不快感を呼び起こされる仕草に心をざわつかせ、しかし静かに話を聞きます。
『どうしても腕の良いフロントが欲しかったからな。計画を確実に成功させる為には、な』
『ふぅん……まぁ、いいさ。腕だけで他を問わないならこっちにも都合が良い。それより報酬だ』
『あぁ、コイツが前金だ』
そう言うとグレンゴ一家は手にしていた小型のアタッシュケースを男へ向け投げました。男はそれをキャッチすると、中身を開いて確認します。そのマスクに金色の反射が映ったのを見ると、中身は金塊といったところでしょうか。
『……確認した。報酬はこの二倍だな?』
『そうだ。ただ、こちらに危害を加えないことが条件となる。一人でも被害が出たら無しだ』
『俺の攻撃で、だろ? 守り切れなかった場合は別だな』
『あぁ。それは自業自得でいい。だが勿論、お前の働きが足りないようなら報酬は減額する』
『ククク、構わんよ』
四人は報酬の話をまとめ、一応の合意を得たようでした。
するとマスクの男は森の奥へ消えようとする動作を見せます。
『ん? どこへ行く気だ?』
『森の中へ戻るのさ。このマスクじゃ、キャンプ場で目立つだろう?』
『脱げばいいだろう』
『はぁ? ……あぁ、そうか。傭兵活動は大体このマスクで通していたからな。お前らはマスクをした顔しか知らないのか。じゃあ無理もねぇ』
そう溜息をつき、男はマスクの留め具に手を掛けました。
ゴクリと私の喉が自然と鳴りました。緊張に手が震え、冷や汗が喉を伝います。
『何せ素顔が……』
男はゆっくりと、マスクを外しました。
『うおっ』
『な、成程な……』
グレンゴ一家はそれを見てたじろぎました。そうなるのも無理はない顔面です。
炎を彷彿とさせるオレンジ色の、硬質な鱗でビッシリと覆われた顔面。細い動向を浮かべた瞳は金色で、その目の下まで引き裂かれた口の中にはギザギザした鋭い歯が並んでいます。その顔を見た大抵の人間は、ある一匹の生き物を想像するでしょう。
トカゲ。
『コレなもんでよ』
牙を剥き、笑う男は。
間違いなく、クリメイションでした。




