「死んだんですよ。みんな。私以外一人も残らず」
「ですから、貴方はうだつの上がらない彼氏役を精々頑張ってください」
「うだつの上がらない、は余計な気がするけど……まぁ、分かったよ」
説明を追えるとコールスローは肩を竦めテントの設営に戻りました。それを見届けて私は再びパソコンに目を戻します。
その姿はまるでキャンプにまで来て仕事をしている不機嫌な彼女のよう。しかし実際には、パソコンの画面にはいくつかの風景が映し出されていました。
これはキャンプ場に忍ばせている監視カメラからの映像です。
悪の組織の息がかかったこの会場で馬鹿正直に目で追っていてはすぐに怪しまれてしまいます。なので密やかに観察できるよう、ローゼンクロイツ謹製の超小型カメラを各処に設置しました。これなら特に疑われもせずに調査できる筈です。
その画面の一つに今、興味深いものが見えました。
「……怪人ですね」
一人キャンプを楽しんでいるかのようなサングラスをした男性。一見は多少強面な普通のキャンプ客ですが、私の目は誤魔化せません。コイツは正体を隠した怪人です。
「確か、グレンゴ一家の構成員だった筈。コイツらはマフィアとしても顔を売っているから、分かりやすいですね」
「へぇ、よく憶えているな」
後ろから感心したようなコールスローの声が聞こえました。
「当然です。情報部門の長ですから」
日頃から数多の情報を捌いて記憶しているのですから、この程度は当たり前です。しかも事前にこのキャンプ場に出入りするような怪人は予め叩き込んであります。むしろ出てこない方が問題でしょう。
「このキャンプ場に程近い場所に縄張りのあるグレンゴ一家は、裏取引のため頻繁にここを利用する筈でしたね。海外とも関わりがありますし、奴の取引相手としては有力株ですね」
グレンゴ一家はマフィアとしての顔も持つ武闘派の悪の組織です。外国との裏取引もしているので、クリメイションに雇われた可能性は濃厚ですね。
「マークしておきましょう。他には……」
その他いくつかの怪人を確認。しかしこれらはあまりパッとしません。ローゼンクロイツより零細で、クリメイションをわざわざ雇う余裕は無いような組織ばかり。
「やはりグレンゴ一家が最有力ですか……」
「近づいてみる? 持ってきた装備なら、気付かれずに至近まで寄れると思うけど」
コールスローが提案してきますが、それはリスキーに思えました。
「いえ、今しばらく様子を見ましょう。それよりコー助。テントの設置は完了したんですか?」
「出来たよ。……でも、その名前やめない?」
「完了しましたか。ご苦労様です」
不服なあだ名をつけられたコールスローを無視し、テントを見やります。一見何の変哲も無い市販のテント。しかし……。
「……設備は全て整っているようですね」
ノートパソコンを手に中へ入ります。外からはごく普通のテントに見えるそこには様々な機材やモニターが並べられていました。それはコールスローがテントに手間取っているように見せかけて密やかに設置した、超小型の前線基地でした。
「これで監視の質が上がります」
私はノートパソコンを設備に接続します。すると機材も連動し、より様々な情報がモニターに表示されました。画面に映る怪人の顔を分析し、その詳細をローゼンクロイツの記録と照合します。
「やはり記憶違いはありませんね」
改めて情報を分析し、自分の記憶と相違ないことを確認します。そして特にグレンゴ一家の情報を子細に調べ始めました。
「数は一人……に見せかけてテントの中に気配がありますね。どうやら中に地下へと繋がる通路が隠されているようです。何度もこのキャンプ場を利用しているからこそ仕込めた仕掛けなのでしょうね」
「すごいな。そんなことまで分かるのか」
背後から覗き込むコールスローから感心したような声が上がります。ですが、私にとっては当たり前の光景です。
「当然です。これがローゼンクロイツの技術力なのですから。……昔、貴方が盗んだような」
かつての悪行を引き合いに出し、私は呑気な顔をしたコールスローを睨みます。
「うっ。……そ、そんなにローゼンクロイツを信頼しているんだ。どうしてそんな風になったのか気になるなぁ、なんて」
バツの悪そうに顔を背けたコールスローは、話題も逸らしにかかります。……露骨ですね。まぁ、別にいいでしょう。
「そこまで特別なことは無いですよ。私はローゼンクロイツに救われたんです」
監視と分析を続けながら、私は世間話程度の答えてやることにしました。
「救われた?」
「当時の総統閣下は戦力増強に腐心していました。その一環として、全国各地で人攫いを繰り返していました」
忠誠心の強い怪人が多いローゼンクロイツは、総統閣下の方針によってガラリとその傾向を変えます。現在は穏健ですが、過激だった頃も当然ありました。
「当時から怪人の強さでは他よりも劣るところがあり、その時の総統閣下が打ち立てた方針がとにかく数を揃えることでした。その数の為に私は誘拐され、ローゼンクロイツの構成員となったのです」
「それは……なんというか、ご愁傷様と言うべきか」
私の話を聞いてコールスローが困ったような顔をしています。悲劇的な生い立ちとでも思っているのでしょうか。
「誤解が無いよう言っておきますが、私はそれを悲しいとは微塵も思っていません」
「へ?」
「救われた、と言ったでしょう」
そう、私は誘拐されたことを悲しんでも恐ろしいとも思っていませんでした。当時から。
「ローゼンクロイツに来るまで私は劣悪な環境化にいました。両親を失い、孤児となった私は施設へ預けられましたが、そこは虐待が横行する地獄のような場所でした」
今でも思い出します。常に饐えた臭いの漂う廃墟のような建物と、死んだ目をして腹を空かせた子どもたち。支援金をただ貪るだけの職員たちへ何かを訴えても粗相をしても暴力が飛んでくる最悪な環境。正にこの世の地獄でした。
「そんな孤児院へローゼンクロイツの怪人たちは現われ、私たち孤児を全員攫っていったのです」
ローゼンクロイツにとっては、手軽に多くの人間を集められるというだけの理由だったのでしょう。辺鄙な場所の方がヒーローの目につかず、子どもの方が洗脳しやすい。だから当時のローゼンクロイツは浮浪児を集めたり、胡乱な孤児院を襲撃したりしていたのです。ですがそのおかげで私たちは苦境を脱しました。
「ローゼンクロイツに来てからの日々は見違えるようでした。厳しい訓練はありましたがご飯はキチンと三食出るし、理不尽な体罰などもありませんでした」
正に天と地ほどの違い。ローゼンクロイツは悪の組織ではありましたが、私たちにとっては救世主でした。そしてそう考えるのは私たちだけではありません。攫われた子どもたちのほとんどがそう思ったのです。
故に私は改造を受け、ローゼンクロイツの任務に邁進したのですから。
「今ローゼンクロイツを支えている世代の怪人たちはほとんどがそうやって育った怪人たちです。ですからローゼンクロイツに、総統閣下に救われたという認識の者が多く、現在も組織と閣下に対して絶大な忠誠心を抱いているのです」
「へぇ……そんな秘密が」
コールスローから得心がいったという風の溜息が漏れ聞こえます。彼もローゼンクロイツ怪人たちの忠誠心の高さが不思議だったのでしょう。
「じゃあその同じ孤児院の子どもたち、同期、って言うのかな。彼らも今はローゼンクロイツにいるの?」
「死にました」
「え?」
急激に温度の下がった私の端的な答えにコールスローが目を丸くしました。
「死んだんですよ。みんな。私以外一人も残らず」
「なんで……」
「……クリメイションの所為です」
そう。奇妙なことに思い出話はここでクリメイションに繋がりました。ですがそれは当然の帰結。私が奴を追い求めるのはそれが原因の一つなのですから。
「奴が脱走する際、取り押さえようとした怪人たちはみんな私の同期だったのですよ」
フラッシュバックするのは、燃え上がる一室。赤い炎が煌々と燃えている。その炎の薪となっているのは、植物たち。私と同じように薔薇の改造を受けた、同期の薔薇怪人たち。その中心で高らかに笑うトカゲ男。
共に苦境を生き抜き、共に組織への忠誠を誓った者たちがただの墨となっていく、決して忘れられない光景。
「だから私は、奴を――クリメイションを逃す訳にはいかないんです」
絶句するコールスローは私の瞳の中にも炎を見たのでしょう。
うねるように逆巻く憎悪の炎が。




