「……成程。流石は情報部門。味方すら欺く、ってか」
コールスローから報告を受けて後日。
私は軽い変装を施してキャンプ場にいました。深い森の中ですがコテージの隣接されている為か人が多く、シーズンであることも相まって入れ替わっては満員になるという具合です。
その中で私は日除けになるようなつばの広い帽子を被ることで頭の薔薇を隠し、客の一人として潜入していました。
「ちょ……メアリアードちゃん」
「本名は駄目だと言ったでしょう。あとちゃん付けも」
「あぁ、えーっと、メアリ……さん。いやいいからテント張るの手伝ってくれよ」
ただし、私は一人ではありませんでした。私と同じく周囲と溶け込むような軽装を着た軟派男、コールスローも一緒でした。
「そういうのは男がやるものでしょう。キリキリ働きなさい」
「うーわ、時代錯誤な男女差別だよそれは。恋人同士なんだから手伝ってくれてもいいじゃん」
「設定上は、という言葉をつけなさい。それに恋人なら、良い格好をしようと男は頑張るものでしょう」
「そうかなー……」
首を傾げながらもコールスローは、簡易テーブルと椅子を出してノートパソコンを打つ私に手伝わせることを諦め、渋々とテントを張る作業へ戻ります。そう。大変不本意なのですが、私たちはカップルという設定でこのキャンプ場を訪れていました。本当に、不愉快なことですが。
何故こんなことになったのか? それは、諜報活動の為でした。
コールスローからもたらされたのは傭兵として活動していた怪人、クリメイションが依頼を受けてこの国へ入国したことでした。そしてどうにも、このキャンプ場を使用するらしいということまで。
一見怪人とキャンプ場は繋がらないように見えますが、そこは悪の組織とヒーローが鎬を削る現代。悪の組織は至る所に潜んでいます。このキャンプ場は、表向きは一般人向けですが、裏では悪の組織同士が会合や物々の受け渡しに使う、闇の取引場所なのです。
悪の組織間では有名で、ヒーローも警戒していますが、何分客が多いので怪人だけをピンポイントには摘発しづらく。その上運営も組織と関わる証拠を見せないため取り締まれないと。ヒーローにとっては苦汁を舐めさせられている、一方で悪の組織的には絶好の場所なのです。
そして件のクリメイションを雇おうとしている悪の組織は最近頻繁にこのキャンプ場を利用しているとのことなので、こうして張り込みをしているという訳です。
そして何故、不本意にもコールスローと二人きりなのか? それは、この調査に関わる人員をなるべく削る為でした。
「チャキチャキ働きなさい。これは遊びでは無く仕事なんですから」
「分かってるけどさー……けど二人ってのは、流石に危なくない?」
「ふむ?」
そう問いかけるコールスローへ微かに視線を向け、続きを促します。
「いくら何でも人員が足りないよ。傭兵としての知識だけど、クリメイションって奴は本当に危ないって話だよ? この任務の機密性が高いのは分かったけど、もう少し増やしてもいいんじゃ……」
「それが、そういう訳にもいかないんです」
私は一時キーボードを叩く手を止め、コールスローに振り返って言いました。
「この任務に関わる以上、貴方にはいくらか開示しますが……クリメイションについて知っている怪人は、ごく僅かです」
「そうなの?」
「はい。特に今代の総統閣下から仕え始めた人は、特に」
そう。この件については総統閣下も摂政殿も預かり知らぬ事です。何故ならローゼンクロイツの恥部なのですから。
「奴はローゼンクロイツへ加入した、名も無い一般構成員でした。しかし任務で功績を挙げ、怪人へと改造される資格を得ました」
構成員として任務を果たし、優秀と認められれば怪人へとなれる。それがローゼンクロイツのシステムです。
「そしてクリメイションはトカゲ型の動物怪人への改造を受けました。……しかしそれこそが、奴のローゼンクロイツへ参加した狙いだったのです」
時折、そのような輩は現われます。改造を受けるまでは大人しくしながら、怪人の力を得た瞬間に反旗を翻す。悪の組織ではよくある事例で、それは忠誠心に厚い者が多いローゼンクロイツでも同じでした。
しかし大抵は、他の怪人によって鎮圧されます。同じローゼンクロイツ改造室で怪人となった者同士、力の差はそこまでありません。一対一では勝てたとして本部には多くの怪人がいます。複数から袋叩きにされればまず敵いません。
しかしクリメイションは違いました。奴は虎視眈々と、反逆の爪を隠していたのです。
「クリメイションはローゼンクロイツに入る以前から特殊能力があったのです。それは発火能力」
いわゆる超能力に分類される力です。総統閣下の持つ魔眼のような。人間の中にはごく稀に現われます。
「加入した真の狙いは、発火能力に耐えうる肉体でした」
クリメイションの持つ発火能力は、強力な物でした。それこそ人間の肉体には耐えられない程に。故にこそ奴は、発火能力に負けない、強靱な肉体を求めました。その手段が、能力を隠してローゼンクロイツで成り上がることだったのです。
「奴の炎は強力でした。怪人たちは束になっても敵わず、みすみす逃亡を許しました。不忠義者を怪人とした挙げ句、取り逃した……弱肉強食のローゼンクロイツであってはならないことです。故に隠蔽した。奴は憎々しいことに鮮やかな手並みで目撃者も少なくことを為したので、隠すのは容易でした」
「そんなことが……」
「これがクリメイションの全貌です」
正確に言えばまだ情報はありましたが、わざわざコールスローに教えてやるべき物では無いでしょう。
「だからクリメイションのことを知っているのはごく少数です。そして広げる訳にはいかない」
故に、ごく少数でこの件は解決しなければならないのです。
「……事情は、理解した。けど」
コールスローは一応は頷き、しかし続けました。
「でもそれと実行可能かはまた別っしょ。理想と現実は違うんだからさ」
「……それはそうですね」
意外にも冷静に物事を判断していることに驚きます。いや、そうですね。そういう強かさが無ければ傭兵として生き残れなかったのでしょう。納得です。
コールスローの言うことはもっともで、いくら醜聞を広めたくは無いからといって、クリメイションを二人でどうこうすることは現実的に難しいのもまた事実。ですが。
「私の役割は何ですか?」
「……情報部門。あー、まぁ、そうか」
コールスローも得心が言った顔をします。私たちが何の名目でここに来たのかを思い出したようですね。
そう、最初から二人で事態を収拾するとは言っていません。
「私たちの任務は偵察。クリメイションの姿を確認して奴の目的を諜報し、それを組織に伝えることです」
そして実行部隊を出してもらい、粛正する。
「ですが、伝える内容に先程言った醜聞を書く必要は無い。それだけの話です」
この場の人数を絞ったのは、それを行なう為。クリメイションが裏切り者ということを、他の人間が知る必要はありません。真実を知る者は最小限に。
「……成程。流石は情報部門。味方すら欺く、ってか」
苦々しげなコールスローの言葉は、褒め言葉として受け取っておきましょう。




