メアリアード&コールスロー 炎の復讐劇
私はメアリアード。ローゼンクロイツ情報部門のトップ、所謂幹部です。
ローゼンクロイツの諜報怪人として改造された私は、他の怪人と比べて人間に近い構造をしています。頭の上に咲いた黄薔薇を隠しさえすれば、まるで普通な女とそう変わらない姿になれるのです。組織に入りたての頃はそれを生かして各地へ潜入を繰り返していました。
こう言っては何ですが、あまり失敗をしたことはありません。何事も冷静に努めれば、大抵のことは上手くいきます。勿論悪の組織というのはトラブルの固まりですので、時には想定外のことも起こりえます。しかし冷静さを保っていれば、基本的には対処可能なのです。私はそうやって地道に実績を積み、今では情報部門を取り仕切る幹部となりました。
しかし、全部が全部完璧だった訳ではありません。いつでも冷静になれる訳でもありません。
その数少ない例外こそが、今目の前にいる男でした。
「……よく私の前に顔を出せましたね」
「えー、いや、ははは」
昼下がり。ローゼンクロイツにて怪人向けに解放されているラウンジ。その一席に私は座っていました。
ローゼンクロイツで怪人という存在は他の一般構成員とは一線を画す物と見なされています。弱肉強食。力ある存在を尊ぶローゼンクロイツにおいて改造とは栄誉ある褒賞で、怪人は騎士、あるいは士官と同じように扱われていました。なので怪人には様々な特権が与えられ、その一つがこのラウンジの利用権でした。
そしてその特権は例え外様であっても、怪人であれば与えられています。
丸テーブルを挟んだ向こう側にいるのは、だらしのない顔で誤魔化すように笑っている一人の男でした。
機械式のゴーグルとオレンジ色の繋ぎ。ヘラヘラした性根を隠すこと無い男の名前はコールスロー。今は私たちローゼンクロイツに所属する怪人ですが、それより前には傭兵として活動していました。
そしてそれより以前に、ローゼンクロイツの備品を盗んだ薄汚い悪党でもあります。
「いやいや、もう昔のことじゃないっすか。水に流しましょうよ」
明け透けにそんなことを言うコールスローを私は鋭く睨みつけました。
「……確かに、貴方は摂政殿に勧誘されローゼンクロイツに所属することとなりました」
黒死蝶事件。幻蝶イザヤと少女の確執が引き起こした、決して表に出ることの無い幻の抗争。ローゼンクロイツと傭兵怪人を巻き込んだその事件が収束した際、幾人かの傭兵怪人がそのまま私たちの組織に入ることになりました。その一人が、このコールスロー。
コールスローはどうやら摂政殿に媚びを売ったようで、この男の所属はいの一番に決まりました。総統閣下を扶ける立場にある摂政殿に口答えできるはずも無く、それは受け入れざるを得ません。しかし。
「ですが、かつての罪を忘れることとは話が別です」
そう。所属は認めましょう。しかしこの男がローゼンクロイツから装備を盗んだということは紛れもない事実。それが薄れる筈もありません。
この男、コールスローは傭兵の中でも盗人と知られていました。小器用なこの男は様々な装備を説明書を読んだだけで扱えるという特技がありました。癖のある作りが多い悪の組織の被造物に対しても同じように出来るのは、確かに優れた才能です。しかし欠点はこの男にそういった装備の収集癖があり、盗みも厭わなかったこと。幾多もの装備を盗み、それを利用してまた盗む……浅ましいその様子からついた渾名が残飯野郎。相応しい名だと私も思いますが、それをこの男が嬉々として自称しているのには腹が立ちますね。
「よって、私と貴方が仲良くする理由はありません」
「そんなつれないこと言わないでよ。同じ釜の飯を食うなら仲良くなるに越したことは無いっしょ? 今度一緒にお食事でもどう? メアリアードちゃん」
「……話が無いのなら帰らせていただきますが」
「わー、待って待って、メアリアード幹部殿! 分かったから本題に入るから!」
そんな男と私が何故ラウンジで同じ卓を囲んでいるのか? それは私がこの男に呼び出されたからです。
プライベートで呼ばれたのなら当然断るところですが、仮にも私は情報部門の長。そちらの名で呼ばれれば応じざるを得ません。
慌てたようにするコールスローを見て溜飲を下げながら、私は仕方なく続きを促します。
「はぁ。それで、何の用ですか? 確か可及的速やかに報告したい事柄があるとのことでしたが」
私を呼び出した理由。それはこのコールスローが直接伝えたい情報があるとのことでした。情報を集めることが存在理由の幹部なのですから、無視する訳にもいきません。
「あぁ、それなんだよ。ちょっと厄介なことが分かってね」
「厄介?」
「俺の傭兵……元傭兵としての情報網の話なんだけど」
真剣味を帯びたコールスローの言葉に含まれた単語を聞いて、私は背筋を少し改めました。話の重要性が上がったからです。
傭兵の情報網。それは決して侮ることが出来ません。傭兵怪人である彼らにとって情報というのは飯のタネ。独自のアンテナを常に張り巡らせ、割の良い仕事の気配を見つけては貪欲の食い付いていく。それが彼ら傭兵怪人の生き様です。我々ローゼンクロイツの諜報能力も劣るものではありませんが、我々の掴んでいない情報を得ている可能性は充分にあり得ます。
「なるほど。続けなさい」
「うん。どうにも、危険人物が入国したみたいなんだ」
そう言ってコールスローはいくつかの書類をテーブルの上に置きました。
「海外で活動していた傭兵怪人なんだけど、昔から仲間の中ではヤバい奴として名が通ってたんだ。その動向にはみんな目を配っていてさ。で、ソイツがどうにもこの国へやってきたって話だから、伝えておこうかと」
コールスローの説明を受けながら、私は書類を手に取ります。そしてそこに書かれた文字から入ってきた情報に、目を見開きました。
「……これ、本当ですか?」
「うん。……知っている奴?」
「知っているも、何も」
文字が揺れます。……いえ、書類を持つ手が震えているのです。それは怯懦では無く、衝撃と怒りから来るものでした。
「コイツは……ローゼンクロイツの」
そこに書かれていた名前に、私は見覚えがありました。同時に記憶が強くフラッシュバックします。
炎。炎。炎。一面から立ち上る火と煙。燃え上がる熱は全てを焼かんと猛威を振るい、紅い竜巻となって一帯を渦巻いていく。
それらの炎を生み出しているのは、黒く炭化しつつある植物たちだ。否、ただの植物では無い。それは人から改造された我が同胞。同じく薔薇の力を得た彼らは、薪の如く炎に焼かれて消えていく。
焼き焦がす灼熱の坩堝と化したそこに立つのは、一人の男。両腕に炎を纏い、その男は――高らかに、笑っていた。
今でも鮮明に憶えている光景。蘇ったその惨状を瞼の裏に焼き付け、私は静かにその正体を零しました。
「――ローゼンクロイツの、裏切り者です」
――私の経歴は、全部が全部完璧だった訳ではありません。
私にも、失った仲間はいます。そして、憎むべき敵も。
「仲間殺しの……クリメイション」
忌むべき名を呟き、私は悔しげに唇を噛み締めました。
 




