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「だからありがとうございます。そして、ごめんなさい」




「ィィ……!」


 黄色く濁った体液を撒き散らし、エイリアンはいくつもの肉片に寸断された。だが中から新たに生み出された三体の小型エイリアンたちが、隙間から這い出そうとして、


「おっと、何度も同じ手はくわねぇぞ」


 伸ばされた俺の蔦に絡め取られ、同じように拘束されていた。


「ほいっと」


 この小型タイプなら攻撃力の無い俺の蔦でも絞め殺せる。急激に窄まった緑の輪の中で、三体はグチャリと潰れ、そしてもう再生することは無かった。


「……ふぃー、ホント、悪夢のようなしぶとさだったな」


 俺は疲れて嘆息した。手強かった。そしてギリギリだった。コイツが一匹でも外に飛び出していたらと思うと……考えたくは無い。

 背筋を直し、俺は辺りを見回す。研究室は、それはもう惨憺たる有様だった。ガラスは砕け散乱し、壊れた機械はバチバチと火花を上げている。被害額は、想像もしたくない。怪我人だって多数だ。


「白井さん、大丈夫ですか?」

「えぇ……はい」


 俺はこの場の責任者へと駆け寄った。心なしかかなり沈んでいるように見えた。それもそうか。自分の担当する研究でこんなことになればな。


「まさか実験体が音波への対抗措置を持っていたとは……計算外でした。失態です。ですが……」


 ショックを受けて顔面を蒼白にさせているが、それでもどこか安心したような溜息をつく。


「死者が出ていないことは、幸いでした……」

「えぇ、ホント。それはそうですね」


 惨状だ。しかし本当に幸いなことに、死者は出なかった。それはこの状況を考えれば奇跡のようなことだった。

 そして俺は、その奇跡を誰が手繰り寄せたか知っている。


「狛來」

「あっ……はい」


 どこか呆然としている狛來へと俺は近寄る。まだヤミは出たままだ。敵を倒してなお警戒する残心にも見えるが、しまい忘れるくらい呆けていただけだなこりゃ。

 俺は屈んで目線を合わせ問いかける。


「怪我は無いか?」

「大丈夫、です。どこも痛くは……」

「そうか。……どうだった、初めての戦闘は」

「えっと……その、何というか、スゴくて、スゴい……」

「……ぷっ」


 頭の回っていない様子で紡がれた如何にも小学生らしい感想に俺は笑いを漏らしてしまう。自分が何を言ったのか自覚した狛來は顔を赤くする。


「あぁ、えっと、その」

「ふふっ。いや、いい。感想戦はまた後でやろう。俺も反省することがいっぱいだしな」


 この状況を作り出したのは俺の力不足も要因だ。もっと俺に力があれば惨状を小さくも出来たし、まだ未熟な狛來を戦闘に駆り出すことも無かった。俺もまだまだ修行が足りないな。

 だけど、今は。


「よくやったな」


 そう言って、まだ小さな狛來の頭を撫でた。


「あっ……」


 小さな声を漏らす狛來の髪をくしゃくしゃと撫で回す。いつか妹にしたように。

 この子は本当に、頑張った。今日の俺のフォローだけじゃない。今までの訓練や、その最中にも投げかけられる奇異の目線にも。狛來はずっと耐え続けてきた。全ては誰かを助けられる人間になる為に。ヒーローになる、その為に。

 そして今日、ようやくその一歩を踏み出した。それは小さいが、しかし確かな一歩だ。

 それを、今は誇って良い。


「あの、ちょっとだけいいですか?」

「ん?」


 そんな風にしていると話しかけてくる人がいた。白衣を着た男女。確かさっき、狛來が助けた研究員たちだ。まだ避難していなかったのか。


「あぁ、被害状況ですか? それなら後で白井さんに……」

「いえその、そうじゃなくて」

「言いたいことがあって」

「と言うと?」


 俺が首を傾げると、二人は狛來へと視線を向けた。あぁ、そういうことか。

 撫でる手を止め、俺は狛來の肩を支え二人に向き直させる。突然の行為に彼女は目を丸くする。


「えっ?」

「お前に用があるんだってさ」


 戸惑いつつ、狛來は二人を向く。研究員たちは意を決して告げた。


「助けてくれて、ありがとうございます」

「そして……さっきはごめんなさい」


 それは、礼と、謝罪の言葉だった。

 二人は先程狛來に命を助けられた。それより前に、彼女を疑う言葉を発したにも関わらず。

 人によっては助けてもらえない状況だったろう。選り好みされても仕方ない。だが狛來は、助けた。


「酷い事を言ってしまい、誠に申し訳ありません。それでもあなたは助けてくれた」

「あなたは命の恩人です。このご恩は一生忘れません」


 そう言って二人は真摯な気持ちを告げる。それを受けて狛來は、しかし実感無さそうに呆けている。まさか自分がそんな言葉を掛けてもらえるとは思っていなかったのだろう。


「ほら、なんて答えるんだ?」

「え、あっ、えっ」


 脇を突っつき催促する。どう答えるにしても、彼女が言わなければならない。

 しばし考え、そして狛來は口を開いた。


「その……当たり前、のことですから。助けるのも、言われることも」


 狛來は、そう考えている。

 誰かを助けるのは当たり前の行為。かつて自分を必死に助けてくれようとした人たちに憧れそうなりたいと願う狛來にとっては当然の行ないだ。

 そして、誰かに何かを言われることもまた必然と思っている。それは自分の背負うべき罪。人を殺めてしまったこと。一生許されざる罪悪。誰に何を言われても当たり前なのだと、これからずっと追い続ける罰として受け入れている。

 だからどちらに対しても何も言えないのだと。狛來は本気で。


「いえ、それは違います」


 しかし二人は首を横に振った。


「え……」

「私たちを助けてくれたこと。それは誰にでも出来ることじゃない。誰でも分け隔て無く助けるあなたの行ないは、とても立派なことです」

「そして僕たちのしたことも、当然じゃありません。知らずに憶測で物を語るのは、僕ら研究者が一番しちゃ行けないことなのに。あなたのことを悪し様に言ってしまった」


 研究員たちは、狛來に対して感謝と謝罪を本気で告げる。


「だからありがとうございます。そして、ごめんなさい」

「あなたは、ヒーローだ」

「あ……」


 そして、狛來はやっと気付いた。

 自分の行ないが、ヒーローのそれなのだと。

 ヒーローを目指す理由。それは、憧れに近づくため。

 誰かを助けられる人になる。それが簡単じゃないことを、知っていたから。


「ボク、は……」


 その瞳から、一条の涙が零れた。それはきっと、色々なものが籠もった涙だった。

 認められた嬉しさ。近づけた喜び。未だ残る戸惑いと悔恨。だけど、今は。


「……はい。ボクの方こそ、ありがとうございます。あなたたちが、無事でよかった」


 そう、二人へ答えた。

 そこに言葉以上の気持ちを込めて。しかし言葉以上の不純は無く。

 心から。








「さて、取り敢えずは片付けだな」


 狛來の涙が収まり白井さん以外の研究員も今度こそ退散したので、俺は立ち上がって振り返りエイリアンの死体を眺めた。膿めいた体液に塗れた死骸たちは辺り一帯に散乱している。これを片付けるのは相当骨が折れそうだ。

 だがふと、疑問に思った。


「そういえば、最初のエイリアンも分裂は三体だったな」


 一番始め、最も巨大なエイリアンを打倒した時のことを思い出す。この惨状の始まりでもあるあの瞬間も、分裂は三体だった。

 そして、最後も。


「あれだけ大きさが違うのに、分裂の数は同じだったんだな……」


 最後に討ち取ったエイリアンは中型より大きかったが、最初のエイリアンよりは小型だった。にも関わらず分裂したのは三体。この差は何だろうか。いや……もしかしたら最後じゃ無く、最初がおかしかったのかもしれない。あの大きさなら、四体に分裂してもおかしくは……。


「……ん?」


 ふいに足元に滑りを感じ目を落とす。うわ、体液の水たまりを気付かずに踏んでしまっている。汚いったらありゃしない。

 俺は靴底を滑らせて体液を擦り落とそうとする。その瞬間だった。

 ボタリと、足先に新たな体液が滴り落ちたのだ。


「……っ!」

「ィ……」


 弾かれたように上を見上げる。異形との視線が克ち合った。そこには天井に張り付いて息を潜める小型エイリアンがいた。

 コイツ……最初から隠れていたのか! 最初のエイリアンは、やはり本当は四体分裂だった。肉片に隠れて、やり過ごしていたのか!


「狛來、出口を塞げ!」

「え、え?」


 俺は慌てて叫ぶ。しかし狛來は突然の言葉に硬直してしまう。既に状況は決着が付いたと気を抜いてしまっていたのだろう。初めての実戦では無理もない。だが致命的な隙を産んでしまった。

 小型エイリアンは天井から飛び出し、まだ開いたままの出口をすり抜け外へと出てしまう。


「あっ!」

「追いかけるぞ!」


 俺と狛來はエイリアンを追いかける。研究所の廊下を一目散に逃げるエイリアン。動きは素早く中々追いつけない。


「ィィーーッ!」

「くっ……狛來、捕食だけは阻止しろ!」

「はいっ!」


 走りながら、小型エイリアンが研究員たちに飛びつくのだけは俺の銃撃とヤミの斬撃で阻止する。しかし的が小さい上奴も捕食より逃走を優先しているのか仕留めきれない。


「まずい、このままじゃ――!」


 最悪の想像。脳裏に浮かぶ阿鼻叫喚。このままではそれが現実となる。

 そして遂に、奴は研究所の外へ飛び出して――。


「……は?」


 唐突な光に、包まれて消えた。






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