『小型……小型は復活していません!』
「ィァーー!」
倒した筈のエイリアンの死骸から、更に三体が現われた――唐突な出来事で脳がフリーズしてしまった俺は、その内の一体が飛びかかってくるのを避けられなかった。
「あぐっ!」
エイリアンの鋭い牙で噛みつかれ俺は呻く。ジャンシアヌの装甲を容赦無く貫通してきた。普通の人間であれば肉を噛み千切られているパワーだ。
「くそ、このっ!」
「ィァッ!」
ブンと思い切り手を振って振り払う。どうにか剥がれてくれたエイリアンを床に叩きつけて、ようやく再起動した脳で現実を受け止める。まだ騒動は、終わらないらしい。いや、しかし。
「なんだ、このちっこいのは!」
そう、新たに現われた三体のエイリアンは大型犬程度のサイズだった。見上げる程の巨体だった最初のエイリアンと比べ、明らかに小さい。それでも触手や甲殻は同じようにあるし、凶暴性もそのままだ。
「ィィーーッ!」
「くそっ、邪魔だ!」
また別の個体が飛びかかってくる。それを俺は空中で迎撃し、叩き落とす。幸い、ジャンシアヌなら充分対処可能な強さだ。しかし生身には、荷が重い。
「狛來! お前はヤミで研究員を回収して下がれ! 俺はコイツらを……あっ!?」
噛みつかれたら大事だ。そう思った俺は狛來へ振り返り撤退するように告げたが……そうして注意を逸らした隙を見計らい、残りの一匹がバッと走り出した。まさか狛來を狙うつもりなのかと背筋が冷たくなるが、触手を器用に扱い高速で這いずった先にあるのは……最初のエイリアンの肉片?
「ィャーーッ!」
動きを止める為の音波はまだ流され続けている。それを打ち消す奇声を上げながら、小型エイリアンは別の口で――肉片に、かじりつく。
「何っ!?」
予想外の行動に硬直する。何をしてるんだ? 共食い、いや親食い?
小型のエイリアンは早回しかと思うようなスピードで肉片をむしゃむしゃと腹の中に収めていく。そして一つ飲み込み終えたのを見て、俺は気付いた。
「……大きく、なってる?」
最初は遠近感の狂いかと思った。この悍ましい異常事態で感覚が麻痺したのかと。しかし他の小型と比較しても、明らかに大きくなっている。レトリーバーがセントバーナードになったくらいには。
閃く。嫌な想像に思い至ってしまう。
「白井さん! まさかエイリアンって最初は――!」
『最初はっ、小さかったんです!』
切羽詰まった白井さんの声がスピーカーより響く。
『餌を与える度に、次第に大きくなって! 最初は――そのくらいでした!』
「まずい……!」
つまりコイツらは、何かを喰う度にその分大きくなっていくってことか! このままじゃ、また元の大きさに!
やらせる訳にはいかない。俺は即座に駆け出し、別の肉片に手を出そうとしている小型エイリアンへ攻撃を仕掛けようとする。
「ィァーーッ!」
だがそんな俺を遮る様に、他の小型エイリアンが再び飛びかかってきた。
「ぐっ、コイツら!」
腕を盾に噛みつきを防ぐ。それで止まらない。ガジガジと咀嚼する度、鎧へ歯が食い込んでいく。
「ィィーーッ!」
「いっ!」
加えて、いつの間にか近づいて来ていたもう一匹も俺の足に齧り付く。コイツら、まさか俺も喰う気か!? いやそれより、成長し始めている一匹を野放しにする方が不味い!
「ど、けぇ!」
「ィァッ!?」
腕に噛みついている奴を無理矢理掴み、ライラックフォームの膂力で引き剥がす。歯が食い込んだ肌に痛みが奔る。それを無視して俺は、鷲掴みにした小型エイリアンを足元にいる方の個体に叩きつける。
「ィァッ!」
「ィィッ!?」
「小さくなっているなら……」
ぶつかり合った二体が怯んでいる内に、俺はタリスマンを入れ替える。青紫の花が色づいて、俺の右手に同じ色の刃をしたレイピアを生み出した。
「脆くなってる道理だよなぁ!」
「「ィァィーーッ!?」」
逆手に持ったレイピアを、二体に目掛けて振り下ろす。青紫の刃先は小型エイリアンの表面をあっさり貫通し、二体いっぺんに貫いた。耳障りな悲鳴が上がる。串刺しにされた傷口からは膿めいた体液が迸った。
レイピアが床まで突き刺さったことを確認した俺はソイツらを縫い止めたまま、放置してしまったもう一匹へ向かう。ソイツはやはり、肉片を咀嚼していて。
「げ、もうあんなにデカくなってやがる……」
もぎゅもぎゅと肉片を口の中に詰め込むエイリアンは、もう小型とは言えない程大きくなっていた。さきまで大型犬だった高さが、もう俺に近いほどになっている。なんつー速度だ。
これ以上放置していたら、本当にあっという間に元通りになってしまう。
「はぁっ!」
「ィャーーッ!」
新たに作り出したレイピアをエイリアンへ向かって突き出す。それに気付いたエイリアンは、迎撃のために触手を振るった。急所を狙った俺の刺突は、触手に突き刺さって止められる。
「ぐっ、こんな硬くなってるのかっ」
その肉の手応えに俺は歯噛みする。さっき貫いた二匹より硬い。まだあの大型エイリアン程では無いが、大きさに比例して頑丈になりつつあるのは明白だった。今の内に、決着をつけないと!
「らぁっ!」
「ィャーーッ!」
そのまま振り抜いて触手を乱切りにし、更なる刃で中型エイリアンを斬りつけた。体液が弾け、白い床を一層に汚す。まだ健在なエイリアンへ、俺は更に畳みかける。
「喰らえ!」
速く、鋭い刺突。それは中型エイリアンに反応させる間もなく、深々と中心部へと突き刺さった。エイリアンの体内構造は分からないが、普通の生き物であれば心臓まで貫かれている筈。
「ィィャーーーッ!!」
やはり痛手だったのか、中型エイリアンは耳障りな悲鳴を上げた。ビクンと大きく跳ね上がり、そして、
「……あ?」
そして、ブクリと風船のように膨れ上がる。いや、おかしい。
さっきは俺がメガブラストを内部に叩き込んだから膨れたんだから、この刺突で大きくなるのは意味が分からない。まるで自ら――
「うわっ!?」
爆発。黄色い液体が飛び散って、マスクに降りかかる。くそ、視界が。
だが耳は聞こえる。そしてハッキリと捉えた。
「ィェーー!」
「ィォーー!」
また、二体分のエイリアンの声! コイツ、自爆して分裂しやがった!
「くっ、この!」
「ィェーー!」
「ィォーー!」
視界が塞がれた中で刃を振るうが、空振った感触。薄らとしか見えない中で、遠ざかる影。
慌てて手でマスクを擦り体液を拭き取れば、そこには。
「キリがねぇ……!」
また肉片を喰らい、大きくなった二体のエイリアンの姿が。
捕食。爆発。分裂。そしてまた捕食……無敵かコイツら。延々とサイクルしやがる。
「白井さん!」
どうすればいいか分からなくなった俺は天の声に頼る。果たして答えは、間もなく返ってきた。
『小型……小型は復活していません!』
その言葉に俺は振り返る。確かに串刺しにされた二体の小型エイリアンは分裂していない。一番小さいあの小型形態よりは小さく分裂出来ない……ってことか?
だったらそこを狙うしか無い!
「はぁっ!」
「ィォッ、ィィッ!」
すかさず一匹を斬りつける。前と同じだけのダメージを与えてやれば、すぐに自爆した。今度は体液を目に被らないように手で庇う。そしてやっぱり現われた二体の小型エイリアンを。
「せやぁっ!」
「ィィーッ!」
「ィォーッ!」
肉片を捕食する暇も無く、切り刻む。するとやはり、小型は分裂しなかった。
「よし!」
これなら倒せる。そう思い残りの中型を探すと、ソイツは奇妙な行動をしていた。
「? 何をしているんだ」
てっきり、残りの肉片を食い漁っているのかと思っていた。だが違う。奴はこの部屋を区切るガラスにへばり付いていた。
慄く研究員たちが目に入るが、中には落ち着いている者もいる。それはそうだ。だってあのガラスは強化ガラスで、あの大型エイリアンだって外には出さなかっ――。
「――まさか」
最悪の想像が頭を過ぎる。そしてそれを現実とするかの如く、エイリアンは膨れ上がった。
「みんな、離れろ!」
止めるには遅く、そしてその警句も遅い。
エイリアンは今までで一番早く、そして強く爆発した。
ガラスが、割れる。
悲鳴が響き渡った。




