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「成程、同類……」




「……餃子のレシピはこんな感じですね。何か質問は?」

「大丈夫です~。すごく分かりやすかったです」

「そうですか、よかった」


 緋扇の厨房にて早乙女さんが料理のレシピを教えてもらっている。

 調理担当の料理長構成員によって厨房で働く上で覚えておかなければならないレシピを伝授されていた。緋扇はチェーン店である。一定の味を出せなければならない以上、レシピを守ってもらうのは当たり前の話だ。

 その後ろで、朗らかな笑みを浮かべたシマリス君が見守っている。

 まるで湖畔に舞う白鳥を眺めているような、ほの暗い感情の一切が消えた笑みだった。


「くっ、結局拷問の効果は出なかったな……」

「根性だな……」


 厨房入口の陰で、私は歯噛みした。隣ではヘルガーが感心したかのような溜息を吐いている。

 シマリス君は私の拷問を耐えきったのだ。

 三角木馬に拘束し、放置した翌日。再び地下室を見に行ってみればそこには菩薩のような表情で股間への衝撃をただ受け止めているシマリス君の姿があった。

 その姿は、まるで菩提樹の下で悟りに目覚めたかの様。


『私は、ついに煩悩を超越したのです……』


 そう語ったシマリス君を前に、私はただ黙って拘束を解くことしか出来なかった。


 笑顔で早乙女さんを見守るシマリス君の姿に、下心は一片も感じられない。

 どうやら本当に、真実の愛に目覚めたようだ。


「まぁ、あそこまでやられちゃ仕方ない。認める他ないな」

「素直だな」


 隣でヘルガーが意外そうな声音で呟く。


「真実の愛って言われたら、私だって百合への無償の愛で動いている訳だし」

「成程、同類……」

「その括りは心外だな」


 一目惚れして絆されたシマリス君と同じ扱いは不服だ。

 兎に角、早乙女さんの研修に何もないようなら私に用は無い。厨房の入口から離れ、裏の倉庫に入る。

 倉庫の内部は、開店前だというのに山積みの段ボールで溢れていた。流石に生鮮食品は数えるほどしかないが、正式オープンは数日後な為もう既に搬入出来る物はし始めている。

 その中の一角、倉庫内の食品の取り扱いを注意するポスターの前に私は立った。

 ポスターに書かれている文字をゆ、り、そ、う、と、う、ば、ん、ざ、い。になるように押していく。すると、すぐ隣の壁が音を立てて開き、自動扉が出現する。

 隠し扉だ。


「ふふふ……秘密結社っぽい」

「これを作るのにいくらかかったんだ?」

「おいおい。金に糸目をつけてたら大成できないよ?」

「お前そう言うところあるよな。浪費家の片鱗が見え隠れしている……。ドカッと金を稼いで一夜で散財するタイプな気がするぞ」


 なんだと?


「それのどこが悪い? また稼げばいいじゃないか」

「もう少し地に足つけろよ。エキセントリック過ぎる……」


 溜息をつくヘルガーを放って、私は自動扉の前に立ってセンサーに身を晒し、認証を得る。

 隠してあるという以外にもこの扉にはセキュリティを施していて、その内の一つが生体認証だ。登録された人間でなければ、この扉は開かない。

 センサーによって私の生体データが読み取られ、音を立てて扉が開いた。そのまま進入する。

 ちなみにこの場合ヘルガーの認証は必要ない。誰か一人が認証されれば入ることが出来る。事務所のコンピューターに登録されていない本部の構成員を連れて来ても、登録に時間がかかるなんてのは面倒くさいからね。


 内部はエレベーターとなっており、コンソールを操作すれと下降する。

 表示は地下三階。拷問室よりも下の階層だ。

 がこんと音を立てて到着したエレベーターから降ると、そこはいくつものモニターが設置された広い一室だった。

 モニターには街の一幕が映っている。車が通る道路。行列の並ぶケーキ屋。お年寄りを助ける駐在員……。そう、ここは街を監視するための監視室である。


「摂政様、特務騎士様。おはようございます」


 私が到着したことを察知した構成員君が出迎えてくれる。

 この構成員君は早乙女さんの来訪した時に知らせてくれた構成員君であり、シマリス君を拷問する時にも一緒に居た構成員君だ。

 色々手伝ってもらったりしたので、先日昇進させた。月給もアップしたから、それでいい白ワインが飲めるといいね。


「異常ないか?」

「はい。どのモニターにも異常はなく、正常に機能しています。監視カメラのクラッキングにもばれた様子はありません」


 この監視室は、街中に設置された監視カメラをクラッキングし、拝借した映像をモニタリングしている部屋だ。

 無論不正行為だが、悪の組織だからね。今のサイバー社会、クラッキングは犯罪組織の常套手段です。

 こうして街を監視することで、悪だくみを捗らせるのだ。


「……お、あの和菓子屋の行列いつもより少ないな。今だったら短時間で買えるんじゃないか?」

「さらっと私的に悪用しようとすんな」


 悪の組織……ってこれを免罪符にしてばかりだと危ういな。

 蛮族かよっていう。


 しかしそんな風に思っていたら件の和菓子屋の行列に一人の男性が並んだ。


「ああ、やっぱりこれから人が増えるのかな。今から行っても人増えてるってことになりそう」

「そんなもんだ」

「女の子に人気って言うから、百合に買っていってあげたかったんだけどなぁ」

「……あれ?」


 私たちの隣で一緒にモニターを眺めていた構成員君(白ワイン)が首を傾げた。

 気になって尋ねる。


「どうかしたのかい?」

「いえ、その。見覚えが……」


 構成員君がそう言うと、丁度男性がカメラの方を振り向く。顔が露わになり、ハッキリ見えた瞬間、慌てたように顔を逸らした。

 ……監視カメラを避けた?


「ああ、やっぱりアイツ、構成員ですよ。制服を脱いで普通の服を着てますけど」


 一瞬見えた顔で判別した構成員君が言った。どうやら今並んだ男性はローゼンクロイツ構成員らしい。


「知ってるのか?」

「知っているっていうか、この事務所の構成員ですよ」

「何?」


 え、ここの構成員なの? 休暇中の本部の構成員とかじゃなく?


「どういうことだ? まさかこの監視室でモニターしていた構成員が脱走し、買いに行ったのか? だとしたら懲罰物だな」

「どの口が……」


 ヘルガーが胡乱気な目線で見てくるが、それどころじゃない。末端の士気の低さは大問題だ。巨城も蟻の一穴で崩れるという。早急に対処しなければならない事案だ。

 しかし構成員君は首を横に振った。


「いえ、アイツはこの部屋の勤務じゃないです」

「む? それならどうやってあの和菓子屋の行列が少ない事を察知したんだ? この部屋にいなければ出来ない筈では?」

「そうなんですよねぇ。なんででしょう?」


 ここ、監視室でモニターを見なければ、あの和菓子屋の列が短い事なんて分からない筈だ。もしかしたら長い行列を覚悟の上で休憩中に行ったのか?


「なぁ、彼の持ち場ってどこだ? 休憩中か?」

「アイツは……そうだ、確かシマリス様付きの、構成、員……」


 言いながら、嫌な予感がしたのか顔を歪める構成員君。多分私も同じ表情をしている。

 女の子に人気の和菓子。女性への贈り物としてこの辺なら最適だろう。

 念の為確認しようか。


「シマリス君は、この部屋に今日来ていないな?」

「ええ、来てないです。監視室が完成した昨日あたりには来ましたが、今日は一度も来ていません」

「なら、犯行は不可能だろう」


 シマリス君が和菓子屋の行列が少ない事を見咎めて、買いに行かせたという説。

 しかし監視室に来れていないのなら、不可能だろう。


「はは、考え過ぎだったか……」

「そうですね。疑い過ぎましたね」


 乾いた笑みで笑い合う私と構成員君。

 笑いあってはみたものの、どうにも嫌な予感はまだ拭えない。

 ……ふと、隣で苦い顔をしているヘルガーに気付く。


「おや、ヘルガー。どうしたんだいそんな顔して。まるで心当たりがあるみたいじゃあないか」

「……あー」


 若干遠い目をしたヘルガーが頭を掻きながら言う。


「アイツ、機械化の名残でスーパーコンピューターを体に埋め込んだままなんだよ。それを使えば、一度アクセスした後なら、クラッキングし放題な筈……」

「今すぐ奴を取り押さえろ」

「ハッ」


 構成員君に指示し、シマリス君の拘束に向かわせた。

 何が煩悩を超越したじゃあ! ご機嫌取りに走ってんじゃねぇ!!

 怒り心頭な私の隣で、ヘルガーがポツリと呟いた。


「……やっぱり似た者同士じゃないか」


 




ブックマーク、評価ありがとうございます。

今後の励みとし、より一層の努力を重ねたいと思います。

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