竜胆&狛來 初めての合同任務
俺は紅葉竜胆。ヒーローだ。
普通の大学生であった俺は、友人たちとの旅行で訪れたフランスにて妖精アルラウネと出会ったことでその運命を大きく変えた。森を汚染され弱ったアルラウネは、その原因が悪の組織ローゼンクロイツにあると語った。毒を流され、森が死にかけていると。それを聞いて義憤に駆られ、森を守ると誓った俺はアルラウネから託された力を使い、花の銃士ジャンシアヌとなった。
ローゼンクロイツブルゴーニュ支部と対決し、勝利した俺は支部を壊滅に追い込んで帰国した。授かった力をそのまま保持していた俺は母親がトップを務めるユナイト・ガードに誘われ、ヒーローとして今も悪と戦い続けている。
ヒーローは多忙だ。仕事は多岐に渡る。悪の組織退治やパトロール。町おこしのための興行や子どもたちとの交流など。ヒーローは無辜の人々を救い、命だけでは無く心の安寧をも守護する者だ。故に、多種多様な仕事をこなしている。
だが今、俺は初めての仕事に挑戦している。
後進の育成だ。
「右、左、右、中央――外れ! どうした集中力が落ちているぞ!」
「っ、はい!」
ユナイト・ガード。いくつか存在する基地の、訓練室。そこで俺は一人の少女を指導していた。
少女の名は、菖蒲狛來。先日に起きた騒動に巻き込まれ、悲劇的な目に遭った少女だ。
彼女の身に起きた出来事は凄惨だった――しかし今は、ヒーローになるという目標を得て努力している。
安全の為周囲を密閉的な壁で囲まれたここは、射撃訓練場だ。いくつかの仕切りがあり、指定された場所から遠くの的を狙い撃つ。
訓練用のジャージに身を包んだ狛來の前方10メートルに、的が出現する。それを狛來は狙う。だが、彼女は銃などの飛び道具は持っていない。
その代わり、狛來の背後に黒いオーラが立ち上る。
「うううぅぅ……!」
オーラは結実し、一つの形を取る。それは骨だけで出来た犬。彼女に取り憑く犬神、ヤミだ。
狛來はヤミを操り、的の一つを指差した。
「行って!」
掛け声と共に、ヤミから見えない何かが放たれる。空気の揺らぎでしか見ることの出来ないそれは丸い形状の的へと迫り、真っ二つに引き裂いた。
これが狛來の、ヤミの能力。不可視の刃だ。
「よし、次! 右!」
それをすぐ近くで見ていた俺は鋭く指示を飛ばし、手元のタブレットを操作し次の的を出現させる。狛來から見て右側に立ち上がった的目掛け、再び刃が奔る。的はやはり、両断された。
「左、右、中央!」
俺は次々、矢継ぎ早に的を出していった。狛來はそれぞれに狙いをつけて刃を飛ばすが、早すぎる所為で次第に狙いが甘くなっていく。
そして。
「あっ!」
斬撃は的を大きく外れ、あらぬ方向の壁を切り裂いた。的はまったくの無傷。
「外れだ」
俺は溜息交じりで判定を降した。さっきよりも早いペースで外した。この訓練を初めてもう三時間くらいか。限界だな。
「もう終わろう。疲れただろう」
「いえ! 大、丈夫です!」
労りながら訓練終了を伝えるが、当の本人は息を荒げながらも首を横に振った。汗を流し、膝を支えて見るからに疲弊した様子。更にヤミも、オーラにほどけて消え去った。どう見てもやる気があるのは気持ちだけだ。
「もうこれ以上やっても意味は無い。終わりだ」
そう言って俺がタブレットの電源を落としテーブルに伏せると、渋々ながらも納得が言ったのか頷いた。
「分かりました……」
「クールダウンして、今日はもう寮に帰れ。親御さんにもちゃんと電話しろよ」
「……はい」
とぼとぼと去って行く狛來。その背を眺め、俺は肩を竦めた。
「難しいな。歳の離れた後輩というのは」
妹は二人いても、一緒に成長したので歳が離れているという訳でも無い。ヒーローの後輩は大体同世代、何だったら年上なことも多い。なのでこうした関係性は初めてだ。
狛來は今、ユナイト・ガードの保護下に置かれている。親元を離れ寮で暮らし、勉強は通信教育。そしてそれ以外の時間はこうしてヒーローになる為の訓練に当てていた。
理由はいくつかある。逃亡の前歴があること。悪の組織から狙われていること。……事故とはいえ、人を死に至らしめていること。
守る為ではある。彼女を一般社会に戻せば、悪の組織からの報復、あるいはマスコミからのバッシングなどに見舞われるだろう。それらから庇護するには、やはりユナイト・ガードの力が要る。
だが……彼女が再び人を殺さないか、どうか。それを見極める為の監視であることも、また事実だ。
「不憫だな……」
あの年頃で、親から離れて暮らすのは途方もない苦痛だろう。自分に置き換えて想像しただけでも恐ろしい。甘えん坊な妹たちなら尚更だ。本当に悪の組織に入ることになったのが成長してからで良かった。
「とはいえ何を言えるわけもない、か。請け負ったのは俺だものな」
しかしそんな狛來は、今の状況を好機だと考えている。何せ彼女が目指すのはヒーロー。その教育を受けるのにこれほど最適な場所もなかった。
自分を助けてくれたように、誰かを助けられる自分になりたい。その為に一日でも早くヒーローになれるよう、寝る間を惜しんで必死に努力していた。
そしてその指導をすると宣言したのは、他ならぬ俺だ。現在の境遇にもの申す資格はない。
「しかし難しいな……あの幼さだと」
だがその指導は、難航していた。理由は、狛來がまだ小さいことだ。
身体が成熟していない。その状態で無理に格闘術などの訓練を施せば変な癖が付いてしまうし、骨格が歪んでしまい恐れだってあった。只でさえヒーローになる為の訓練。武道よりも実践的で激しいのだ。身体が出来上がっていないうちに無理はさせられない。
なので現在は、異能。つまり犬神の力の行使を中心として訓練メニューを組んでいた。何せ精神性次第で大きく不安定となってしまうのだ。その制御の習熟は必須だ。
しかしそれも、体力の問題であまり進んでいない。
「取り敢えずこの射撃訓練は見直した方が良いな。的をもっと近く……数も減らした方が良いか」
狛來に上がりと言った手前、俺がここでまごまごしていても意味は無い。自室へ帰るべく、俺もまた訓練室を出る。
廊下を歩く。すると、背後から呼び止められた。
「あ、紅葉さん」
「ん?」
話しかけてきたのは顔見知りの職員だった。彼は手元のタブレットに目を落としながら、要件を伝えてくる。
「後で長官室へ来るようにと」
「おふく……長官が? 分かった」
どうやらその言伝を頼まれていただけのようで、一礼して去って行った。残された俺は内容を顧みる。
俺のお袋――紅葉桜子は、ユナイト・ガード日本支部の最高司令官だ。責任は重大で、俺を私用で呼びつけることは……まぁ、あんまり無い……筈だ。いや怪しいかもな。俺も含めて公私混同上等な一族だから。
胡乱な想像をしながら、俺は長官室へ向かう。流石に覚えている道順を素直に辿って、扉の前に立つ。
「長官、入ります」
「どうぞ~」
柔らかな妙齢の女性の声。特に聞き覚えのあるそれに応え、扉を開ける。
中にいたのはやはり、ユナイト・ガードの制服に身を包んだお袋だ。
「ごめんねぇ、呼び出しちゃって」
「まぁ、別にそれはいいよ」
微妙な気分になりながらも頷く。ユナイト・ガード所属のヒーローとして長官に呼びつけられるのは別にいい。だがこうも親子のテンションで話しかけられると調子が狂う。
とっとと用事を聞き出してしまおう。
「で、何用? 生憎後輩の面倒に忙しい身なんだけど」
「それがねぇ……その後輩ちゃんの件なのよ」
「は?」
お袋は困ったように頬に手を当てながら、俺に書類の束を渡してくる。それを受け取り軽く目を通した俺は、驚愕しながら問い質した。
「おい、これどういうことだよ……!」
何せ、そこに書かれていたのは。
「俺と狛來の合同任務って!!」
まだ早すぎる事案だったからだ。




