「うん! 流石、魔法少女!」
「お、お持ちしました」
店の奥から店員が出てくる。その手には白い受話器を握っていた。
「早く持って来い!」
「は、はいぃ」
怒鳴られた店員は小走りで犯人の元へ向かう。焦っている所為で注意は疎かだ。例えば……私が突き出した足なんかには、気付かない。
「うわぁっ!」
案の定引っかかり、店員は派手にすっころぶ。すってんころりんと、受話器も取り落として。
「何やってんだ!」
「す、すみません!」
店員はペコペコと謝り、そして手の中に受話器が無いことに気がついた。キョロキョロと焦燥した表情で探す彼へと、私はテーブルの下から拾った受話器を手渡した。
「あ、ありがとうございます!」
「いえ……」
礼を言って店員は今度こそ犯人へ受話器を持っていく。よし……これで仕込みは済んだ。私は誰にも見られないようテーブルの下で魔法の残光を消し、成り行きを見守る。
受話器を受け取った犯人は警察と交渉を始めた。勿論、百合に銃を突きつけたまま。
百合の首に回した手を使って、受話器を耳に当てる。
「こちらの要求は逃走用の車と人質を解放するまでの手出しの禁止! それから指名手配の解除だ。要求を一つでも拒否すれば人質を撃ち殺す!」
警察にがなっているが、恐らくその要求は叶わない。犯罪に屈する訳にはいかないからだ。言ってしまえば何だが、普段から悪の組織という尋常では無い犯罪者を相手取っている昨今の警察は肝が据わっている。今更普通の犯罪者に怖じ気づくようなことは無い。……最悪の場合、人質に多少の怪我は容認するだろう。
勿論、私がそれを許すわけにはいかない。タイミングを計る。
犯人の話し声に耳を澄ませた。まぁ、店中に響くくらいの大声だからそんなことをするまでも無く聞こえてくるのだけれど。
「……何? 時間が掛かる? さっさとしろ! こっちは一人ずつ撃ち殺しながら交渉したっていいんだぞ!」
そう言って犯人は銃口を他の客へと向けた。店内から恐怖の悲鳴が上がる。
「いいか、時間制限を掛ける。時計の針が一周する度に――」
銃口が百合から離れた。今がチャンス。
私はバレないように、魔法を励起させた。稲穂色の光がテーブルの下で隠した手の中で、そして耳に当てている犯人には見えないが、受話器で輝く。
「――分かったか。返事を――!!!???」
突然、爆音が鳴り響いた。甲高い、キィーンという形容しがたい不快な音が店内に轟く。その音の発生源は、受話器だった。間近で聞いてしまった犯人は大きく仰け反る。目を白黒させ、泡を吹かんばかりの勢いで。
その隙を突き、私は駆け出した。
「がっ!!? あ、がっ!??」
何が起きたか分からず混乱する犯人へ肉迫し、引き金を握った腕を捻る。
「ぎゃああっ!?」
痛みと関節の限界に、犯人の手からポロリと落ちた。そして百合もスルリと抜け出す。これで脅威は無効化した。そのまま魔法少女としての膂力を活かし、犯人をテーブルの上へ叩き伏せる。
「がっ!」
頭を叩きつけられた犯人はそれよりも前にクラクラしていたこともあって、それで昏倒した。
一瞬の静寂。ふぅ、と私が息をつくと、歓声が上がった。
「うおおおっ、やった、助かった!」
「すごいわ! 一発で!」
……人からの歓声を受けるなんて、久々だ。
私は何となく懐かしい気分になりながら、百合の無事を確認する。
「百合、怪我は無い?」
「うん、大丈夫だよ」
犯人の取り落とした銃を拾う百合は、確かにどこも怪我した様子は無かった。
「ありがとう、はやてちゃん。でもどうやったの?」
首を傾げる百合は私が何かをやったことには想像がついても、どうやったのかはまでは分からなかったらしい。
「さっき雑談で話した魔法だよ。音を大きくするだけの魔法」
「あっ……なるほど」
店員に受話器を落とさせた際にかけておいたのだ。テーブルの下で誰にも見えないようコッソリと。大きくした音は警察との音声。何倍にも増幅された音は拡声器にも匹敵する。それを間近で、突然聞かされればどうなるか。ご覧の有様だ。
「言われたとおり、誰も傷つけなかったよ」
「! はやてちゃん……」
私は気絶する犯人の上に乗りながら苦笑して言った。百合の命令を守ったと。
百合は勿論、客も、店員も、そして犯人ですら、私は傷つけなかった。これで命令は完遂した。
冗談めかした私の言葉に、百合は笑顔で頷く。
「うん! 流石、魔法少女!」
その言葉が、不意にずんと響いた。心の奥底がジーンと震える。それが何なのか私は分からず、しばし呆然とした。
やがて理解する。そっか、今――私は、魔法少女らしいことをしたのか。
店内を見渡す。そこにいた人たちはみんな安堵の笑顔を浮かべていた。恐怖から解放された、安心した表情をしている。それは魔法少女時代に何度も見た、助けられた人たちの顔だった。
手を取り合う恋人たち。子どもを抱きしめる母親。ホッと息をつきへなへなと崩れ落ちる店員。
みんな、喜んでいる。
「……そっか」
こんな光景、久々だ。
悪の組織になってから、魔法少女らしいことをしてこなかったから。
バイドローンの時は、本当に酷いことばかりをさせられて来た。中には手を汚すようなこともあったし、怪我人はいつも多数。広がるのは苦悶の表情ばかりで、私が撒き散らすのは不幸ばかりだった。
ローゼンクロイツに来てからは、人を傷つけるようなことはしていない。でも例え誰かの為になるとしても、それは影ながら。仲間以外から感謝されることも無かった。
けれども、今。
私の前には、助けられたと確信できる笑顔が広がっている。
「――そっか」
私も、小さく笑った。
流石魔法少女、か。百合はいつだって欲しい言葉をくれる。
胸の内に広がる、温かい気持ち。それは久しく感じていなかった類いの嬉しさだ。
ローゼンクロイツにいることに、後悔は無い。今更ヒーローになんて戻る気にもならない。例え悪であっても、救ってくれた人たちに尽くすことが私の生きる道だ。
それでも、この気持ちもまた嘘じゃない。だから、大切にしまっておこう。
私はまだ、誰かを助けることが出来るということを。
「みなさん、無事ですか!」
店内の変化に気付いた警察が突入してきた。これで一件落着だ。
「百合、銃を渡そう」
「あ、うん!」
後は警察に任せればいい。私たちは人質にされたただの一般人として目立たないようにして、スッと場を離れればいい。犯人が昏倒した理由については、受話器の不具合と言えばどうにでもなる。
とにもかくにも、誰もが安堵していた。私ですら。
だから、急に起き上がった犯人に、反応できなかった。
「わっ――」
気絶させた犯人の背中に乗っていた私は、そのまま転がり落ちる。受け身を取って、犯人が目覚めてしまったことを知った。昏倒が浅かった!?
「どけぇぇぇ!!」
「きゃっ!」
犯人は近くにいた百合を突き飛ばし、警察の入り始めた入り口へと真っ直ぐ向かう。百合の抱えていた銃にはお構いなしだ。どうやら犯人も目覚めたばかりで、まだ混乱しているらしい。
だけど、それなら心配ない。犯人が向かっている出口には警察が集っている。虫が自ら虫籠に飛び込むようなものだ。犯人はすぐ捕まる。私はよろけた百合を受け止めて、成り行きを見守った。
「!? なんだ!?」
「おい、後ろ――!」
だが、警察の様子が変だ。大部分が別のことに気を取られ、犯人に気付いているのは少数だけ。その隙を突き、犯人は警官たちを掻い潜って外へと飛び出す。
「しまった!」
「不味い、今、外は!」
その声に、私を窓の外を見る。外が、何?
そこに広がっていた、光景は――。




