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「だから、他の人には手を出さないでください」




 立てこもり犯はテーブルの上から私たちを見下ろして喚く。


「もし逃げ出したら撃ち殺す。抵抗しても殺す!」


 そう言って銃口を客へ向ける度、各処から小さな悲鳴が上がる。そのまま逃げ出さないのは犯人の脅しが効いているからだろう。

 しかし魔法少女である私にとっては大した脅威では無い。だから冷静に犯人の様子を観察した。


 髭面の人相は、間違いない指名手配中の逃亡犯だ。罪状は強盗殺人。凶悪だが怪人では無く、悪の組織とは無関係。持っている武器は通常の拳銃で、恐らくは粗悪なコピー品。少なくとも私の障壁を貫通できる代物には見えなかった。そしてその表情は、興奮して落ち着きが無い。焦りからか大量に発汗し、瞳は小刻みに震え唾を飛ばしている。この立てこもりも計画的な犯行では無く追い詰められてのもののようだ。

 ……どっからどう見てもただの人間だ。

 制圧に手間は掛からない。


 さてどうするかと考えていると、犯人が外の様子を見て舌打ちをした。


「チッ、もう来やがった……!」


 その言葉に私も近くの窓から外の景色を見ると、赤いサイレンの光が目に入った。警察が到着し、包囲したか。店内の誰かが通報した素振りは無かった。となると、犯人が店内に入るのを誰か目撃していたのかもしれない。


『犯人に告ぐ!』


 拡声器の大声が響く。


『お前は完全に包囲されている。人質を解放して投降しろ!』


 それに対し、犯人はがなり立てた。


「誰がするかよ! こっちには人質がいるんだ……!」


 言って犯人は店内へと視線を巡らせる。そして叫んだ。


「誰か代表してこっちに来い! 拳銃を突きつければアイツらもマジだって分かるだろ!」


 ……そう来たか。盾にでもするつもりだね。

 実際有効な手だ。警察の動きは鈍るだろうし、狙撃もされにくくなる。可能性は低いが交渉が成立した後、逃げ延びるのにも役立つ。

 ……だけど、そう。可能性は低い。日頃ヒーローと共に悪の組織と渡り合うこともある警察の練度は高い。このまま逃亡犯が逃げおおせる確率は極めて低いと言わざるを得ない。九分九里失敗して捕まる。


「おい! 誰か名乗り出ないのか!」


 そう叫ぶ犯人に答える人はいない。当然だね。そんな危険な役回り誰もやりたがらない。逃亡の確率が低いといっても、盾にされれば殺される確率は高い。最悪は、警察の誤射を喰らう可能性だってある。だから誰も名乗り出ない。恐らくは、犯人自らで選ぶことになるだろう。それは可哀想だけど……しかし今の私にとって一番大事なのは百合の命だ。もし百合に何かあればエリザに顔向けできないのだから、どうしたって他人の優先度は下がる。だから申し訳無いけど、その盾の人質は犠牲になってもらって――。


「……分かりました」


 と、考えていたのに。


「私が行きます」


 そう名乗り出たのは、百合だった。


「百合!」

「だから、他の人には手を出さないでください」


 私の制止を振り切り、立ち上がって一歩前へ踏み出す。危険だ。確かに総統紋を持つ百合は常人より遥かに強い能力を持つけれど、戦う才能は無い。その強い能力を十全に扱うことが出来ない。人質となって犯人の矢面に立つのは危険すぎる。


「どうして……!」


 そう問う私へ百合は視線を向け、小さく呟く。


「他の人がなるくらいなら、私が行くよ」

「でも、万が一があったら……! それに、そんなことしなくても私が……!」


 私なら、戦える。百合を守りつつ、犯人を制圧できる。その後警察から逃げるのはそこそこ大変だが……それも無理じゃない。百合がわざわざ危険なことをする必要はない。

 けれど百合は首を横に振った。


「怪我人が出ちゃったら、大変だから。はやてでも、みんなを守り切るのは難しいでしょ?」

「それは……」


 確かに、それはそうだ。一人二人を守るのならば障壁を展開するだけで簡単だ。けど、ここにいる客全員を守ろうとするのは流石に無理。室内は左程広いとも言えなかった。一度銃弾が発射されればどこへ跳弾するか分かった物では無い。私が自信を持って守ると言えるのは百合までだ。

 だけど百合は、みんなの命を優先した。


「大丈夫、なんとかするから」


 百合はニコリと微笑して、再び犯人へ向き直った。


「私が、人質になります。だから、他の人に銃口を向けないでください!」


 そう言われた犯人は自ら立ち上がった少女に少し面食らった後、銃口を向けニヤリと笑った。


「よ、よし……こっちへ来い」


 言われて、百合は近づいていく。私はそれを見送ることしか出来ない。既に百合と距離は離れてしまった。障壁で守れない。銃口を向けられている今現在、下手に介入するのはより危険だ。

 どうしよう。これじゃ百合が危ない目に遭う。


「よし、よっしゃ! お前ら動くんじゃねぇぞ!」


 考えている内に、百合は犯人の元へ辿り着いてしまう。そして百合を盾の如くに抱えて、脅すように銃口を突きつけた。


「っ!」


 百合の表情が恐怖に歪む。それはそうだ。百合の精神は普通の女子だ。銃を向けられるのなんて、怖いに決まっている。ましてや間近で。それが百合という少女だ。だけどそれが他人に及ぶのが許せないとも思えるのが、また百合なのだ。


「くっ……」


 それを悔しい思いで見つめながら、必死に考えを巡らせる。どうにか犯人を倒し、百合を解放しなければならない。

 第一に思いつくのは、魔法弾をぶつけること。ただの人間である犯人ならば一発で昏倒させられる。しかしそれを使用しようとすれば魔法の光で犯人にバレてしまう。標準をつける必要上、攻撃魔法は隠れて使うことは無理だ。百合にもぶつかってしまう可能性があるし、これは却下だ。

 ならば掴みかかっての格闘か。魔法少女としての身体能力があれば、こちらもまず勝てる。けど事前にバレてしまった場合、百合を盾にされてしまう。余程の至近距離から飛びかからないと銃弾の方が早い。そうするには距離が離れすぎている。やっぱりこれも難しい。

 いっそ、増援を呼ぼうか。ローゼンクロイツへ通じる携帯端末は持っている。だからローゼンクロイツに所属する怪人を呼び出すことは可能だ。お忍びだと言っている余裕はない。だけど……そもそも警察の包囲を抜けて店まで入れるかという問題がある。みすみす見逃すほど警察は馬鹿じゃ無い。立てこもりをどうにかしようと四苦八苦する警察と迎撃する警察。状況をより混沌とさせるだけだろう。最悪は、ヒーローを呼び込んでしまう。そうなったら最悪だ。これも、無理かな。


 思いつく作戦はどれも難しそうで、頭を抱える。

 どうしよう。こんな時、エリザならどうしただろう。

 ……あぁ、まず真っ先に自分が人質へ名乗り出そうだ。万が一にでも百合に危害が及ばないよう、自分へ危険を集中させる。エリザはそういうことを平気でする。

 だとすると、百合の行動は姉であるエリザの真似でもあるのかもしれない。って、そういうことを考えている暇は無い。百合を助ける方策を思いつかなきゃ。


 私が犯人に見つからないよう唸っていると、当の犯人は店員に向けがなり立てる。


「おい、電話持って来い!」

「は、はいぃ!」


 怯えた店員が私の傍を通り過ぎ、奥へと引っ込んでいく。電話を持ってこさせる目的は、多分警察との交渉だ。人質を盾に逃走経路を引き出す……狙いは多分そんなところ。成功するとは思えないけど。

 多分、逃亡していた為に携帯を持っていないのだろう。だから店の電話を借りる。そこまで考えて、私はピンと閃いた。


 これなら、百合も客も無事に助けられるかも。






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