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百合&はやて 1日外出録




 とある昼下がりの街中。日曜日であるためにか、行き交う人通りは多い。その合間を縫って弾むように歩く少女の背中へ、私は着いていく。


「百合、転んだら危ないよ。私がエリザに怒られちゃう」

「大丈夫大丈夫! お姉ちゃんはそのくらいじゃ怒らないもん!」


 いや、あの溺愛ぶりを見れば怪しいところなんじゃ無いかな――と押し黙る。とにかく今は私しか護衛はいない。私が気を張らなきゃ。

 私が――堕ちた魔法少女、はやてが。




 私はかつて、魔法少女として、ヒーローとして活躍していた。人を助けて悪を挫く。それは大変胸のすく日々だったけれど、それは長く続かなかった。

 バイドローン。何度も何度も対策を続け手を替え品を替え攻め続けてきた悪の組織に、私はついに敗北した。

 それからは地獄だった。人体改造に拷問。肉体も精神も削られて人間扱いしてもらえない日々。私は屈服し、言われるがままの奴隷となった。そして忠実に命令を聞きいくつもの悪を為した。その中には、取り返しの付かない所業も含まれている。


 そこから救い出してくれた存在が、ローゼンクロイツ……エリザと百合だった。

 悪の組織の総統である百合。そしてその姉であり摂政でもあるエリザ。

 百合は総統の証――総統紋が浮かんだことで奉り上げられてしまった普通の少女だった。一度総統として目覚めてしまった以上そこから逃れることは出来ない。故に百合を助ける為に同じくローゼンクロイツに飛び込んだのが、エリザだった。

 エリザは不思議な人間だ。悪を為すと自称しているのに、私を助けてくれた。バイドローンを裏切り、私に手を差し伸べてくれた。本人は照れくさそうに否定するけど、それは紛れもない事実だ。

 そして百合も、私の心を救ってくれた。


『でも、魔法少女として頑張ってくれたんでしょ?』

『だから、すごいなって!』


 彼女のあの言葉があったからこそ、私は奴隷では無くただ悪に堕ちた魔法少女として堂々としていられる。そう、私は魔法少女だ。ただ従う相手と正義を変えただけの。

 そう……百合は大切な人だ。だからその言うことはなるべく聞いてあげたい。だけど……。


「あ、こっち懐かしいなー。行ってみようよ!」

「ちょ、あんまり先に行かないで!」


 無邪気にはしゃぐ百合が先に行ってしまいそうで、私は大慌てする。それもそうだ。何故なら今は――。


「悪の総統が二人でお忍びしてるのに……! しかもエリザにも内緒で……!」


 小声でぼそりと呟いて、私は百合を見失わないよう必死に追いかけた。


 跳ねるようにスキップをしていた百合は、同性である私から見ても可憐な少女だった。艶やかな黒髪は宙にサラリと舞い、淡い花柄のワンピースが風を孕んで膨らむ度ドキッとする。華やかな笑顔は過ぎゆく人を惹き付けては去って行く。

 彼女は悪の組織の総統であっても、普通の少女だ。


「百合、速いってば」


 それを追いかける私の装いは、至極普通だ。百合と並んでも違和感のないような白いブラウスと、本当はもっと動きやすい恰好にしたかったけど、可愛い方がいいという百合に押し切られて履いた稲穂色のスカート。ちょっと短い所為で、走るのに気を遣う。

 はしゃぐ百合を追いかけて人の中を行く。その途中、私とスレスレですれ違った人が突然何も無い空間で肩を叩かれたように小さく弾かれた。その人はいきなりのことに目を丸くしたけれど、誰かと気付かない内にぶつかったのだと思い込んだのかそのまま過ぎゆく。

 だが、それは気のせいでは無い。周りの風景を貼り付けて見えなくなった、私の両翼にぶつかったのだ。

 バイドローンに捕らえられた私は人体実験を受け、鳥のような翼が生えてしまった。それは魔法少女とは関係の無い力なので、消すことは出来ない。だから人前ではこうして魔法で隠している。でも実体はあるので、時折誰かとこうしてぶつかってしまうのだ。


「いてて」


 神経が通っているので感じる微かな痛みにそう呟いた途端、百合の足がピタッと止まった。そして置いてかれ気味だった私の元へたたっと駆け寄ってくる。


「ご、ごめん。はやてちゃんのこと考えてなかったや」

「いや……それは別にいいんだけど」


 謝る百合に、首を横に振る私。多分百合は、私が誰かとぶつかった事に気付いたのだろう。翼は目には見えないし、私の呟きもごく小さかった。それでもなお気付いたのは百合の感覚が特別優れているからだ。

 様々な能力をもたらす総統紋。それには身体強化の能力も含まれている。五感も鋭くなっており、だから百合は気付いた。

 そしてその心優しい性根で謝る。自分が急いだ所為でぶつかってしまったと思ったから。別に、そっちは気にしてないけど。


「でも、危ないから離れないでいこう」


 護衛のためにそう答え、手を差し出す。百合はその手を眺め、嬉しそうに頷いた。


「うんっ!」


 こうして私たちは手を取り合い、本格的な散策を開始した。







 私たちがお忍びで飛び出したきっかけは、美月がお土産の和菓子を持ってきたからだ。

 それは限定品の羊羹で、いただいた私たちは休憩室で駄弁りながら美味しく舌鼓を打っていた。


『ん~っ! おいしい!』

『ほんと、すごく甘い』

『ふふっ、気に入ってくれて何よりよ』


 そう嫋やかな所作で笑う美月は同性の私から見ても見惚れるほどだった。色々あってローゼンクロイツに加入した美月は百合の親友だ。だからという訳でも無いが、可憐な百合に負けず劣らずの美人だった。

 百合が太陽の下で咲き誇る大輪の花だとすれば、美月は夜の湖面で静かに揺れる水月だ。タイプは違うが、どちらも綺麗であることには変わりない。

 だから私は、思わず呟いたのだ。


『私も二人みたいに綺麗になりたいなぁ……』


 それを聞いて二人は目を丸くした。


『えっ!? はやても綺麗だよ!』

『そうね。美少女だと思うけど』

『いや、私は……』


 無意識の内に、私は手を押さえていた。二人みたいに綺麗だと思えない理由が私にはある。何故なら長袖に隠されているその下には醜い傷が刻まれているからだ。バイドローンの人体実験で残された傷。かなり手酷い傷でローゼンクロイツの医療技術でも治る見込みはほぼ無い。けどそれを、二人に言ったことは無かった。言う必要も無い。曇らせたくないから。


『……そうかな。だとしたら、嬉しいけどね』


 だから私は、その場で曖昧に笑ってやり過ごした。けど納得していないことを見抜かれていたのかもしれない。

 お茶会が終わって解散し、美月が仕事に戻った後、私は百合に話かけられた。


『ねぇ、はやてちゃん』

『ん?』

『二人でお洒落買いに行こうよ!』

『は?』


 そうして私は、百合に連れ出されることになった。







 百合は優しい子だが、いざという時は押しが強い。それは危ないことをするエリザによく説教をしていることからも分かる。だから私は押し切られ、こうして飛び出すことを許してしまった。

 危険な行動だ。もし敵対組織にバレてしまったら……私たちは暗殺されてしまうかもしれない。それを考えてエリザは対外に向けて百合の顔を晒すようなことはしていないが、万が一は存在しうる。現に黒死蝶にはバレてしまったのだから。だから百合は普段気軽に外出できないし、するとしても万全の護衛をつける。


「はやてちゃん的には、どんなのが欲しい?」


 なのでもしかしたら、百合の方も外へ出られないことに不満を抱えていたのかも知れない。しかし付き合わされる方の身としては気が気じゃなかった。しかも私の為なのだから、無碍に出来ない。


「そう、だね……特に思い浮かばないから、まぁ、一緒に考えてほしいか、な……」


 だから私はそれとなく傍を離れないよう促しつつ、どうにか早く帰るための策を考えるのだった。






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