「会いに行けばいいさ。今度は――敵として」
「あー……流石に、プラスとはいかないなー」
本部の執務室に帰ってきた私は山積みされた書類を前にして、そう唸った。これは全て、始末書の山だ。
今回私は将来有望な怪人の勧誘という名目でローゼンクロイツから予算を引き出した。そしてその結果は……大失敗だ。狛來ちゃんという怪人候補は掴まらず、戦力を浪費して怪我人多数。しかも当人はヒーローを志してしまった。史上類を見ない大敗北だ。
私の内心がどうであれ、失敗は失敗だった。その責は負わなきゃいけない。
そんな私の呟きに、別の机で書類を片付けるヘルガーが反応する。
「その割には、嬉しそうだな」
「ん、そう?」
頬に手を当てる。確かに、少し緩んでたか。
だって嬉しいのだ。狛來ちゃんは自分の道を自分で決めた。彼女の罪の意識を救うことは出来なかったけれど、それはそれでとても良いことだ。気分が踊る。
そう思えば、この程度の書類仕事なんということは無い。
「それに、完全に得る物が無かったという訳でも無いしな」
そう言って私は、机の上に置いてある物に目を映した。
それは鳥籠だった。少し大きめの、大型の鳥を入れるような籠。その中には今、拗ねたように顔を逸らす一匹の猿が収まっていた。
「そろそろ運命を受け入れたらどうだ? ミエザル」
「キキィ……嫌なこった」
私が嫌味に話しかけると、籠の中の猿は吐き捨てるようにそう答えた。そう、コイツは私たちと敵対した魔使の一体、ミエザル本人だ。
ミエザルはコンバードたちの魔使のように取り憑いていた訳では無く、唯一本人だった。神社に封じられた他の魔使とは違い外での活動を許された一体。それはクシャナヒコと一時的に分離していたと言っていい。だからなのか、クシャナヒコの消滅と同時に魔使も消えた中で何故か一人だけ残っていた。力の大部分を失って小さくなった姿で。
そのままユナイト・ガード側に残しても害にしかならない。なのでコッソリ連れてきたのだ。
力が無くなってほとんどただの猿に近くなっているから、大したことも出来まい。
「畜生……なんだってこんな。御大ぃ、なんで消えちまったんですかぁ……」
「ま、諦めることだな。クシャナヒコの復活まで扱き使ってやるさ」
私たちを痛めつけたこと、忘れた訳じゃないからな。確かに私は百合や他の仲間が傷つけられる方が嫌だし自分の恨みは後回しにするタイプだけど、だからって晴らせるチャンスを逃すほどお人好しでもない。
「しばらくは実験動物やマスコット扱いだな。死なないようにはしてやるから、精々気張れ」
「キキィ……」
「ははは、ん?」
弱々しげに鳴くミエザルをそうからかっていたところ、ホットラインに入電した。私は受話器を手に取って応答する。
「はいこちらエリザベート」
『メアリアードです。摂政殿、喜ばしいご報告があります』
「ほう?」
『ヒーロー側の衰退によって、我々は元通りの版図を取り戻しました』
「おお、それは確かに喜ばしい!」
そういえば、新ヒーローたちが増えたことによって我々の活動域が縮小されていたのだった。それがクシャナヒコを倒したことで魔使たちが取り憑いていたヒーロー、新ヒーローたちが解放されたことにより、ヒーロー側の戦力が減った。元通りになったのだ。
「いやぁ、それはよかった。しかももしかして、私の功績じゃ無いか?」
『そうですね。情報部門もそう認識しています』
「なら始末書少しは減らしても……」
『それは駄目です。罰則と褒賞は別ですので』
「あぁ、そう……」
『では失礼いたします』
言い切られ、通話が切られる。受話器を戻すとヘルガーが苦笑していた。
「くく。残念だったな」
「とほほ。こりゃしばらくは動けないなぁ」
ま、自業自得だが。
そうして書類と戦っていると、今度は執務室の扉がノックされる。
「ん、誰だ? 入って良いぞ」
許可を出して扉が開く。現われたのは、三人の少女だった。
「お姉ちゃーん!」
「おぉ、百合! それに美月ちゃん、はやても」
部屋に入るが否や飛びついてきたのは、最愛の妹だった。後ろには美月ちゃんとはやてが続いている。
「はやて、身体は大丈夫か?」
「うん。強力でも普通の毒だったから、時間を掛けて治癒の魔法で治したよ」
そう答えるはやては確かに顔色も良く、健康そうだ。私は安心し、隣の美月ちゃんへ目を向けた。
「美月ちゃんが看病のための複製を残してくれたおかげかな」
「いえそんな……根治したのは結局はやての魔法ですし」
「それでも意識が回復しなければ魔法は使えないんだ。誇っていい功績だよ。ちゃんと礼は言ったか?」
「うん。これで貸し借り無しとも」
はやては嬉しそうに頷き、美月ちゃんは照れてはにかむ。今回の一件を通じて二人は完全に和解したようだ。そう考えると、あながちマイナスだらけでも無いな。
「そうか。……二人とも今回はよく頑張ってくれた。ゆっくり休むといい」
「ねぇ、お姉ちゃん」
「ん?」
腕の中から百合が話しかけてくる。私はその瞳を見つめ返す。
「……その狛來ちゃんって子は、幸せになれたのかな」
「……そうだなぁ」
不安げな眼差しだ。視線を巡らせると他二人も同じような表情をしている。きっとこの三人は、狛來ちゃんをローゼンクロイツに呼べなかったことに不安を抱いているのだ。
百合はただ心配で。そして二人は、私のうぬぼれで無ければ、ローゼンクロイツに来ることで幸せに出来た少女たちだから。
「確かに、今でもあの子をローゼンクロイツに連れてこられたら、きっと幸せにしてあげられたという気持ちは変わらないよ」
はやても美月ちゃんもバイドローンで手を染めた悪事から、人の社会に戻ることは出来ないと諦めた少女だ。だからローゼンクロイツの方が居心地が良い。背負った罪悪感はきっとまだ消えていない。けど少なくとも社会で罵声を浴びせられながら、悔いるよりはずっと気軽に生きられている筈だ。
そして百合のように、守ってあげられただろう。
でも。
「でもあの子の周りにも、彼女を助けてくれる人はいるから」
竜兄が、雷太少年やビートショットが、キノエが見守ってくれる筈だ。そしてその受けた恩を、狛來ちゃんはいつか人助けをすることで返すだろう。
どんなに辛くても、もう一人じゃない。
「だから――大丈夫」
その前途は楽しいことばかりでは無い。むしろ辛いことの方がきっと多い。苦しくて折れそうになることもあるだろう。でもその時はきっと、いや絶対、みんなが助けてくれる。
だって、ヒーローなのだから。人に寄り添える、優しいヒーローたちなのだから。
「信じよう。それに――」
「それに?」
「……いつでも会いに行けばいいさ」
それに、決別を嘆く必要もない。
私たちはヒーローとは切っても切り離せない、悪の組織なのだから。
「会いに行けばいいさ。今度は――敵として」
ニヤリと笑みを浮かべる。恐ろしい、悪の幹部としての表情を。
釣られて、はやてと美月ちゃんも同じように笑う。
「……そうだね。今度は私の守り、敵として実感してもらおうかな」
「ですね。いずれ過去の自分と戦わせてあげましょう。イザヤの力で」
そんな二人を見て、百合も笑う。その表情は私たちと違って、全然悪役チックじゃなかったけれど。
「……そっか!」
私の心を晴らす、華やかな笑顔だった。
……あぁ、それだけでもこの結末で、よかったと思えるよ。
「あ、でも」
「ん?」
だが一転して百合は眉根を寄せる。あ、このパターンは……。
「ヘルガーさんから、危険な強化剤を自分に使おうとしていたって聞いたけど」
「ヘ、ヘルガー!」
今まで黙って書類整理をしていたヘルガーは、小さく鼻を鳴らした。
「ふん。俺は自分の仕事をしたまでだ」
そ、そうだった。コイツ百合から私の監視を頼まれているんだった。
不穏な空気が腕の中の百合から立ち昇る。
「お、ね、え、ちゃ、ん~?」
「いや、その、ねぇ二人とも……」
私ははやてと美月ちゃんへ向け助けを求めるが、肩を竦めて二人同時に言った。
「「総統閣下には逆らえませんから」」
「こ、こんな時ばっかり!」
普段は友達として接しているのに!
「……はやて、この後時間あるかしら。貴女が回復するまでに発売した新作ケーキを振る舞いたいのだけど」
「え、行く。総統閣下もお仕置きが終わったら来なよ」
「うん分かった。取っておいてねっ!」
「お仕置きを確定事項にしないでくれ~~!!」
「……書類仕事、長引きそうだな」
騒がしくなった執務室で、私の悲鳴が響き渡る。
――狛來ちゃん。また会おう。
今度は愉快な敵として、みんな一緒に!




