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「誰かを助けられる人に、ボクはなりたい」




「ボクは――ここに、残る」


 一瞬の静寂が、私たちの間に流れた。言われた意味を理解するための間だ。

 ここに残る。それは……ユナイト・ガードの保護を受ける、という意味だ。

 悪ではなく、正義を選ぶということだった。


「……本当に? 狛來ちゃん」


 念のため、私は問う。だが狛來ちゃんは力強く頷いた。


「うん。ボクは、ここに残ります」

「……そう、か」


 異議はある。私の意見は変わらないからだ。ここから逃げ出した方が、彼女は幸せになれるという考えは変わっていない。

 だけど狛來ちゃんが何故そんな結論を出したのか、それは聞かなければならなかった。


「理由は?」

「……ボクは、人を殺してしまった」


 それは事故だと、私は声高に言いたかった。あれは仕方の無い過失だったと。それは正義側も同じらしく、雷太少年が何かを言おうとして竜兄に肩を掴まれて止められていた。抗議の眼差しで振り返る雷太少年に、今は静かに聞くべきだと首を振る竜兄。

 渋々押し黙った雷太少年を待ってか待たずか、狛來ちゃんの話が続く。


「それは、絶対に逃れられない罪だ。ボクは一生、それを償っていかなきゃいけない」

「……そうかもね。だけどそれは、正義の側に残った時の話だ」


 それは解決する筈だ。ローゼンクロイツに来れば。

 悪の組織に身を置けば、罪の意識は完全に消えなくても、溶けて薄れる筈だから。故に私は、彼女に来て欲しい。そうすればこれからの長い人生、ずっと苦しい思いを抱えて生きなくて済む。


「私たちと一緒に行けば、そんな思いはしないでいい。それとも、やはり悪は嫌か?」

「……嫌か、っていうと、少し違う気がします。……ボクは、エリザベートさん。あなたが……好きだから」


 真っ直ぐな憧憬の眼差しに、少し照れくさくなる。だけど。


「嫌じゃ無いなら、何故だい?」


 なら尚更、駄目な理由が分からなかった。自分で言うのも何だが、好きな人がいるのなら、その人と同じ場所に行ってもいいだろう。

 狛來ちゃんは思い返すようにしばし目を伏せ、紡ぐ。


「……ボクは、エリザベートさんに助けてもらいました。あの夜に、そしてあの怪獣の出た場所で」


 そう言われて、狛來ちゃんとの出会いを私も思い出す。あの夜の公園で、一人でいた少女のことを。怪獣の出た現場で、一人はぐれていた彼女のことを。


「そして、キノエさんにも……助けてもらった」


 キノエを見る。慈しむような温かい目で狛來ちゃんを見ている老婆は、人を避けて逃亡していた狛來ちゃんを保護した。彼女が手を差し伸べなければ、狛來ちゃんは憔悴して死んでいたかもしれない。


「だからボクは、思ったんです。誰かを助けることが、どれだけ尊いことなのか。その人にとって、どれだけ嬉しいことなのか」


 狛來ちゃんは、これまでの一件に感じたことを吐露していく。


「学校にいた時、ずっといじめられて苦しかった。でもだからといって、いじめていた子を殺してしまっても気持ちは晴れなかった」


 それは、そうだろう。あんな風に学校でいじめられて楽しい人がいる訳ない。でも殺しても、後に残るのは胸の悪さだけだ。


「そして逃げていれば、もう誰にも迷惑を掛けずに済むと思った。……でも苦しいのは変わらなかった。それが苦しくなくなったのは、エリザベートさんと、キノエさんに助けてもらった時だった」


 だから、と。

 狛來ちゃんは、顔を上げて。


「誰かを助けられる人に、ボクはなりたい」


 そう、答えた。


「ヤミの力があれば……それが、出来るから」


 狛來ちゃんの身体から、紫のオーラが立ち上る。すわ暴走か、と私はサーベルに手を伸ばす。だが、オーラが骨犬の形を取っても、それは前のように大暴れするようなことは無かった。


「制御……出来るようになったのか」

「これも、ボクの一部だから」


 犬神……ヤミの頭を撫でながら、狛來ちゃんは言う。


「エリザベートさんのおかげで、悪の力でも誰かを助けられるって分かった。……あのヒーローたちの所為で、正義の為の力でも誰かを傷つけてしまうことも知った。力に、善悪なんて無い。人が、どう使うかなんだって」


 撫でられるヤミは心地よさそうにあくびをした。その様子に私たちを翻弄したあの凶暴性は見られない。恐ろしい力にも、こんな側面はある。


「でも、分かってるのかい。その力を持って、社会で生きようとすれば……」


 狛來ちゃんが悪い子では無いことは、よく分かっている。けど世間が、社会がそう思うかはまた別の話だ。

 人を一瞬で殺してしまえる凶悪な力を持った狛來ちゃんは、恐れられるだろう。既に人を殺してしまっている以上、特に。疎まれ、嫌われ、罵られるかもしれない。

 狛來ちゃんは、頷く。


「分かってます。だって、いじめられてきたから。どんな些細な理由でも、人は人を嫌いになれる」

「それでも、なのかい」


 私の言葉に、狛來ちゃんは真摯に答える。


「はい。それでもボクは……この世界の中で、人を助けたいんです」


 確固たる意志。それが瞳を通じて伝わってくる。

 誰かを助ける。確かにそれなら、悪の組織よりはヒーローだな。

 例え苦難の道でも、君はそれを選ぶということか。


「そう、か」


 社会の中で生きるのなら、狛來ちゃんの背負ってしまった物は、人殺しは咎となる。故意か否か、法に問われるか否かは関係が無い。犯してしまったという事実、人の将来を断ってしまったという後悔が彼女を苛み続ける。

 眠れない日があるだろう。弾劾され傷つくことも。それはもしかしたら、あの辛かった放浪生活の方が良かったと思うほどかもしれない。

 しかしそれでも、狛來ちゃんは選んだ。

 苦難の、正義を。

 優しい悪を、拒んで。


「――では、私と君は今日から他人同士だな」

「!」

「怪人とならない以上、私が君に構う意味は無い」

「……は、はい」


 私の告げた冷たい言葉に、狛來ちゃんの顔が強ばる。そうだ、怪人にならない以上、私が君を狙う理由は無い。悪の組織の大幹部が君と関わりを持つことも無い。

 無関係だ。だから、彼女の道行きを私は遮らなくて済む。


「ここにいても徒労となるだけか。それなら、さっさと退散するとしよう」

「逃がすと思うか?」


 竜兄がジャンシアヌとして問うてくる。だけどただのポーズだな。少し声が笑っているぞ。


「では捕まえて見たまえ。――撤収!」

「「「了解!」」」


 私の声に応え、構成員が一斉にスモークを噴射した。


「ぐあっ!?」

「追跡できない!?」


 文字通り煙に巻かれ、ユナイト・ガードたちが混乱に陥る。レーダー攪拌チャフ入りの特別製だ。電子機器を壊すので、しばらくは追手来れまい。これで安全に撤退できる。

 完全に煙に飲まれる前に、ビートショットたちの方を振り返った。彼らが本気で追うならば、少しは可能性はある。しかし雷太少年たちは、私たちを静かに見つめ、呟いた。


「……アンタに託されたものは、ちゃんと果たす」

「……そうか。そうしてくれ」


 彼らは、狛來ちゃんを守ることを約束してくれたようだ。それは、あの時学校で交わした競争の勝敗でもあった。

 今回は、私の負けだな。これで狛來ちゃんはヒーローへの道を歩める。


「では、悪役はちゃんと消えるとしよう」

「――あの!」


 そうして今度こそ本当に去ろうと言う時に、背中に声が掛けられる。振り返るまでも無い。狛來ちゃんだ。


「……ありがとう、ございました」


 そこには、色々なものが籠められていた。幾つものありがとうがあり、そしてごめんなさいも、含まれていた。

 それを受け取った私は、寂しさと嬉しさを秘めた声音で返す。


「あぁ。――次会える時は、敵同士であることを祈っているよ」


 それは決別の言葉では無い。私たちが敵同士となった時、それは彼女がヒーローと認められた時でもあるのだから。

 これは、狛來ちゃんの前途を祝福する言葉だ。


「――はいっ」


 その返事を聞いて、私は安堵した。

 彼女は本当に、選べたのだと。






 ◇ ◇ ◇






「……いっちゃい、ましたね」

「あぁ、そうだな」


 ユナイト・ガードたちが慌ただしく追跡を試みる中で、狛來とジャンシアヌ、そしてキノエや雷太たちビートショット一行はローゼンクロイツが去った方角を眺めていた。

 ユナイト・ガードの装備は優秀だが、悪の組織は撤退こそ肝心。そこの技術は、流石に差が開けられているだろう。


「……後悔、してるか?」


 事情を何となく察しているジャンシアヌは、寂しそうに見ている狛來へ問いかける。だが切なげな狛來は、それでもゆっくりと首を横に振った。


「大丈夫、です。――また会うために、頑張りますからっ!」

「……そうか」


 その時はやはり、敵対者としてだろう。

 だがジャンシアヌは、紅葉竜胆は、それでも繋がる絆があることを知っている。


「さて……それじゃあ、まずは修行からだな!」

「え?」

「ヤミの完全制御と、体力作り。それをちゃんとやらないと、ヒーロー見習いとしては認められない」

「……じゃあ」


 期待の籠もった眼差しでジャンシアヌを見上げる狛來。それにジャンシアヌは大きく頷いた。


「君はヒーローになれる」


 それは、簡単な道のりでは無い。

 狛來はやはり、重要参考人だ。調査の結果によっては今後、罪に問われる可能性だって勿論ある。しかしそうだとしても竜胆は、出来うる限り庇い、ヒーローへの道程を歩ませてくれることを約束したのだ。

 その横合いから、キノエと雷太も声を掛ける。


「ヤミの制御は、まずオラんとこでだなぁ」

「学校では、俺たちと一緒だな! もし何か言う子がいても、俺たちは味方だ!」

「それ、クラスの時は僕がやらなきゃじゃ? ……まぁ、やるけどさ」

「へぇ~、ドクトルも良いトコあるじゃん」

『意外なことは意外だな』

「ゐつ、ビートショット。お前らは僕をなんだと思ってるんだ!」

「あははは!」


 怒ったドクトルが、ゐつとビートショットを追いかけ回す。それを見て雷太は大笑いし、ジャンシアヌとキノエは優しい眼差しで見つめる。

 その光景を見た狛來は、自分はまだ助けられているのだと知った。優しい人たちが、この世界には自分が思っているよりずっと多いことも。

 いつか、その恩を返したい。狛來はそう思って、しかし今は万感を胸に。


「――はいっ、頑張ります!」


 嬉しそうに、頷いた。






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