「おひょおおおおおおお!!」
「では拷問を始める」
本部へと連絡し、急ピッチで揃えさせ運ばせた拷問器具によってシマリス君を拘束し、私たちは地下室で拷問を開始した。
シマリス君は断固として抗議した。
「これは横暴です! 俺が何をしたってんだ!」
「結局早乙女さんに採用通知送ったじゃねぇか!」
そう、コイツは早乙女さんを正式採用しやがった。
早乙女さんを一旦帰らせてから数日。我々はシマリス君の暴走は一時の気の迷いだと思い放置していた。カモフラージュである中華料理店とバーの開店準備に追われていたという事情もある。それに私には本部での仕事もあるからな。
なので放っておいたのだが……あの時同席していた構成員君からの通報でシマリス君が早乙女さんに採用通知を送ったことが判明。
本部に地下設備の資材を急ピッチで集めさせて私はシマリス君を拘束した。
ちなみに組織内でもトップクラスの実力を持つシマリス君が本気で抵抗した為、拘束の下手人は資材を運ばせたヘルガーにやらせた。ローゼンクロイツ(元)最強の怪人は伊達じゃない。
「……何してんだ、シマリス……」
シマリス君は戦闘部門の所属。かつてはヘルガーの部下だった。当然、面識もある。
「ふっ……ヘルガー様、俺は見つけたのですよ……真実の、愛を」
そう言ったシマリス君は心なしか瞳がハートマークになっているように見えた。コイツ、ホントに……。
「シマリス君、我々は悪の組織だ」
手に持った馬用の鞭を手の平にぱしりと軽く叩きつけながら、私はシマリス君に言い聞かせる。
「我々の企業で働いてもらうということは、即ち彼女を危険に巻き込みかねないということでもある。それが分かっているのかい?」
悪の組織は、危険なこともすれば危険な目に合うこともしょっちゅうだ。襲撃をかけることもあれば、正義のヒーローに強襲されることもある。ヒーローは一般市民には手を出さないよう細心の注意を払うが、それでも巻き込まれてしまう可能性は零ではない。
「俺が守ります! 彼女は清い心の持ち主だ。メッセージのやり取りからもそれが伝わってくる……! 彼女をこのお店で働かせてやりたい。早乙女さんは人々の役に立ちたいと本気で思っているんだ!」
「お前……L○NEをやってるな?」
連絡先の交換だけじゃなく、LI○Eのアドレスまで交換していたようだ。コイツとことんまでほだされてやがるぞ。
「彼女、俺が『不採用もあり得ます』って言ったらなんて返したと思います? 『私以上にお役に立てる人が居れば、そっちの方がみんなの為になりますから、私も嬉しいです』って言ったんですよ!? 天使でしょこれ! むしろ神だよ女神さまですよ!」
「やべぇやべぇやべぇ! コイツ恋どころか信仰の域にすら達してる!」
手の拘束を解いたらたちまち祈り出しそうな勢いだ。いやもうしてる。目をつぶって黙祷してる。
「おらぁ!」
「へぶ」
私は手に持った鞭でシマリスの柔らかい頬を思い切りひっぱたいた。毛皮に阻まれて大したダメージにはなっていないようで、なんか変な音が地下室に響いた。
「お前が忠誠を誓う相手は誰だぁ!? 総統閣下だろうが! 何性欲に支配されて別の女に尻尾振ってるんだおらぁ!」
「性欲じゃない! これは断じて性欲じゃあない! 俺のこの心は真心からの物だ!」
「男共はそうやって嘯くんじゃあ!」
ぺちんぺちんと頬袋を鞭で叩く。往復ビンタだが、シマリス君は抵抗する。
「うおおおおお!! 俺は決して屈しない! 彼女への愛を貫き通す!」
「堕ちろぉ! 総統閣下に常しえの忠誠を再び誓うのだ!」
奮闘を続ける私とシマリス君。
そんな私たちを見ていたヘルガーと構成員君が背後でひそひそと小声で話し合う。
「なんか……こういうのどっかで見たな。SM物のエロビデオだ」
「普通正義の味方が拷問される側ですよね。なんでどっちも悪の組織なんでしょうか」
うるせぇ! 私だって好きにやってる訳じゃねぇ!
腹いせにシマリス君の腹にぼすぼすとパンチを加える。もふもふな外見からは想像もつかないほどシマリス君の腹筋は硬く、拳からはゴムの壁を殴りつけるような感触が伝わる。
「うらうらうら!」
「ぐぅ、なんて怖ろしい……マッサージ攻撃か」
「違ぇよ! 非力で悪かったな!」
私の腕力は改造手術によって成人男性の平均ぐらいに上がっているが、銃弾に耐えうるよう設計された怪人の表皮はそんな非力な力を容易く跳ね返してしまう。しかしそんな装甲すらも貫いてしまうのがヒーローという存在なのだ。
「分かっているのか? ヒーローは強い。更に言えばこの事務所周辺に出没するのは……」
「……分かっています。一角騎士、ユニコルオン」
ヒーローは基本的に普段は一般人としての生活をしている為、活動地域は限られる。条件はあるようだが、どこでも転送出来るビートショットの方が少数派だ。
この事務所のある街は、ユニコルオンが出没しやすい地域だった。
「ユニコルオンは、強い」
我々とて長く存在している老舗悪の組織だ。ヒーローと対峙したのは一度や二度、一人や二人では無く三ケタにすら達し得る。ヒーローを完全敗北させ下したこともある。
しかしその中でも別格に強いのがユニコルオンなのだ。
「お前が対峙しても、敵う相手じゃない」
何せヘルガーですら戦えば勝てないぐらいだ。いい勝負にはなるが、結局は撤退することになる。事実、何度か交戦しては敗走を余儀なくされていた。
「それでも、お前は?」
「……決心は変わりません。俺が早乙女さんを守ります」
迷いの無い瞳で、真っ直ぐ私を捉え答えるシマリス君。
そうやら心は決めているようだ。
このまま鞭で叩いてもコイツの決心が鈍ることは無いだろう。
「……よく分かったよ、シマリス君。君の決心の固さが……」
「摂政殿……」
私の眼差しと、シマリス君の眼差しが交差する。
二コリと微笑んだ私は――シマリス君が現在拘束されている三角木馬のスイッチを入れた。
たちまちロデオマシーンが起動し、シマリス君の股間を突きあげる。
「おひょおおおおおおお!!」
「しばらくすれば改心するだろう」
「ひでぇ」
シマリス君の惨状を眺めてぽつりと呟くヘルガーを無視し、私は踵を返して地上に向かう階段に足をかけた。
「さて、責任者が抜けて私が仕事をしなければならなくなった。今日は残業だな。さっさとかかるぞ」
「え、いいんですか?」
構成員君が三角木馬上で揺れるシマリス君を指さしながら問う。
「あれ、死ぬほど痛いのでは……」
「生憎私は女なのでな」
男性の痛みなぞ分かろう筈もない。
しかし相当な苦痛であることはなんとなく想像出来るので、おそらくこれで音を上げるだろう。
もし潰れれば……。
「それはそれで性欲から解放されるから、どっちに転んでも思い通りだな」
「ひどすぎる」
憐れむような目線でシマリス君を見るヘルガー。
「……変わるかい? ヘルガー君」
「断固拒否する」
手でバッテンを作り逃げるように三角木馬を離れるヘルガー。
うん、まぁ私としてもヘルガーが不能になるのは困る……。
「さ! さっさと仕事を終わらせてバーで飲み明かそうじゃないか」
「お前酒は飲むなよ?」
「犯罪組織なんだからいいと思うんだけどなぁ……構成員君は何が飲みたい?」
「あぁ、私最近白ワインに嵌ってるんですよねぇ。この前飲んだフランス原産の白ワインがすごくおいしくて……」
「おお、中々通だね。そう言えばヘルガーは酒飲むの?」
「あー、俺は……」
他愛のない会話を交わしながら階段を昇っていく私たち三人。
その背後に、シマリス君の叫びが響いた。
「俺はっ! 屈しないぞおおおおおおおおおお!!」




