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「……決め、たよ。ボクは――」




 クシャナヒコが完全に風へ消え、ホッとした空気がその場に流れる。中には安堵から座り込む者もいるくらいだ。

 辺りの惨状は、酷い物だった。ユナイト・ガード基地は無事な建物が一つも無いくらいに粉々に砕けていた。ローゼンクロイツ、ユナイト・ガード隊員たちには傷ついている者たちもいる。死者はいないようだが怪我人は多数。惨憺たる有様だ。

 だが、それでも何とか勝てた。


「もう……終わったんだよ、な?」


 一応私は、キノエに確認を取った。神のことだ、油断は出来ない。

 キノエはハッキリと頷いた。


「うんむ。あのザマじゃあ、しばらくは復活できねぇ」

「え……復活するのか!?」

「あぁ、腐っても神は神だかんな。んだけど安心し。百年後や五百年後の話さ」

「そうなのか……流石だな」


 だがまぁ、それならいいや。百年後には私も百合もいない。後世の人には悪いが復活した時の処理はその時代の人たちに任せた。

 さて、となると……。


「摂政様。撤退準備整いました」

「そうか」


 構成員が報告してくる。この場合の撤退準備はユナイト・ガードを撒いて逃げおおせる準備が整ったということだ。スモークや乗り込む車両、ローゼンクロイツ本部へ向け駆け抜ける為の用意全てが万端に完了したということだ。例え今、共通の敵がいなくなったユナイト・ガードたちがこちらへ銃を向け始めてもどうにかなるということでもある。ヒーローたちの追跡を躱すのは難しいが、この場にいるのはビートショットと竜兄だけ。竜兄がビートショットを取りなしてくれれば大丈夫だ。逃げ切れる。

 ……このまま私たちが大人しく撤退するなら、だが。


「……狛來ちゃん」


 私は改めてこの場へやってきた狛來ちゃんを見る。恐らく保護していた構成員の制止を振り切ってきたであろう彼女は憔悴している様子だ。だが自分の足でしっかりと立っているし意識もハッキリしている。命に関わりは無さそうだ。

 一先ずそれに安心しつつ、私は彼女へ手を伸ばした。


「さぁ、一緒に行こうか」

「ちょっと待て!」


 狛來ちゃんを連れて行こうとする私に待ったをかけたのは雷太少年だった。


「その子を怪人にするつもりなんだろ! そんなこと、許せる訳がない!」


 ……やはり、雷太少年は反対するか。それはそうだ。同級生が悪の組織に連れて行かれそうになっているのを見て、止めようとしない奴はヒーローじゃ無い。

 そして雷太少年が敵に回ったということは当然ビートショットも、ドクトル少年とゐつとも敵対したということだ。


『……エリザベート・ブリッツ。その少女は置いていけ』

「さて、どうしたものかね……」


 チラリと竜兄を見る。私を見ている。だが、何も言わない。ということは、竜兄は雷太少年に賛成のようだ。さもありなん。私たちのことは家族の情で見逃してくれているが基本は正義の人だ。幼い少女が怪人になることを良しとしないのだろう。私たちを捕まえる気も無いだろうが、狛來ちゃんを受け渡す気も無い。故に何も言わずに見守る。

 つまりは、四面楚歌だ。


「……ヘルガー、狛來ちゃんを抱えて包囲を脱出できるか?」

「いや……無理だな」


 現在一番の戦力であるヘルガーを宛てにする。だがヘルガーは私の隣で膝を突き、肩で息をしていた。


「筋力強化のツケが……回ってきたみてぇだ。爆発しそうなくらいに全身がいてぇ」

「それはそれで大事だが……しかしそうか……」


 頼みの綱も断たれてしまった。こうなるともう、最後の手段だ。


「……狛來ちゃん」

「エリザ、さん」


 私が話しかけると、狛來ちゃんは震えながらも口を開いた。

 改めて、手を伸ばす。


「私と一緒に行こう。辛いことも、怖いことも何もない。私がいる限り、そんなことは絶対に」


 少し狡いが、私を信頼してくれているということ前提で話す。だが事実だ。そもそも彼女を怪人として活動させるつもりもない。ただ人を殺してしまった狛來ちゃんが罪悪感に苛まれず安らぐには、より罪深い者たちに囲われて罪の意識を薄めるしかない。そうして初めて、彼女は普通の少女と同じような心の安永を得られるのだ。


「帰っても、苦しいことばかりだ。大丈夫、今は難しくても、家族とは絶対に会わせてあげる」


 唯一の懸念は家族と引き離してしまうことだ。それがどれだけ辛いことかは、よく分かっている。それを解決する術は今はまだ無いが、ほとぼりが冷めた辺りで両親ごと保護すれば解決する筈だ。


「だから、おいで」


 もういっそ乞うように、私は狛來ちゃんを誘う。

 狛來ちゃんさえ頷けば、雷太少年たちも、少なくとも竜兄は追ってこない。彼女本人の意志ならば、尊重してくれる筈だ。だから狛來ちゃんさえ頷けば、私たちは彼女を連れて行ける。

 しかし狛來ちゃんは、戸惑っているように見えた。


「エリザベート、さん……」


 それは無理もない話だ。今まで散々、怖い目にあった。悪の組織に行けばその怖い目に遭う可能性だって高まる。出来る限り保護するつもりだが、残念ながら皆無とは言い切れない。悪の組織はそういう場所だ。

 しかし辛辣なことを言うならば、もう彼女は平穏な日常には決して戻れないのだ。犬神をハッキリと顕現させ、人を殺めてしまった狛來ちゃんはもう常人ではあり得ない。社会に戻ったとしても、その事実に苛まれる日は絶対に来る。

 だからせめて、心の平穏だけは保ってあげたい。だから私は悪へ誘う。


「乗せられちゃ駄目だ、菖蒲さん!」


 私に対抗するように、雷太少年も声を上げる。


「確かにその人は、酷い事をしないとは思う。……でも、悪の組織に行けば、その罪を少なからず君も負うんだ。何もしなくても、罪を重ねることになってしまう!」


 それは、正しい意見だ。例え何もせずとも、悪の組織の恩恵を受ければその悪を認めていると同義だ。何せ着る物や食べる物だって、悪事で稼いだ金なのだから。


「そしたら、色んな人の恨みをきっと買う。君自身は何も悪く無くても、きっと。その時味方は、誰もいないかもしれない」


 それは、確かにそうだ。私と狛來ちゃん、どちらが先に死ぬかと言われたら間違いなく私だ。年齢的にも危険的にも。もしローゼンクロイツも滅び狛來ちゃんだけが残されたら、その時社会に味方はいない。そしたらもう、ローゼンクロイツと心中するしかない。


「だって悪は――悪だから」


 そうだ、悪は悪。それは変わりない。そして正義は必ず勝つ。雷太少年も世界もそれを信じている。だから悪の道は、滅びの道だ。

 無論私はそんなことさせない。でも敵わず敗れ去るかもしれない。その滅びが追いつけば、後は悲劇的に散るしか無い。それが悪の宿命だから。


 それにしても頭ごなしに否定しない辺りは……雷太少年は誠実だな。私の事も認めて、その上で悪を憂いている。新ヒーロー、ひいてはクシャナヒコとは大違いだ。


「……ヒーローとも、戦わなきゃいけないんだ。俺たちは、そんなことしたくない」


 雷太少年の切実な言葉に、狛來ちゃんは心動かされたようだ。瞳に揺れる動揺は、一層強くなる。


「ボク、は」


 彷徨う眼差しはキノエへと向けられる。一時とは言え狛來ちゃんを保護していた人だ。この場では一番信頼出来る人間と言って差し支えない。あるいはキノエが決めてくれることを、期待していたのかも知れない。

 だがキノエはゆっくりと首を横に振った。


「自分で決めえ」


 それは残酷とも言える突き放しだ。まだ庇護が必要な幼い少女にする仕打ちでもない。だが、それもまた分かる。

 彼女は今まさに、人生の岐路に立っているのだ。それを幼いからと周りだけで決めては、一生悔いが残る。そう、一生だ。これからずっと、彼女が立つ岸辺を。


 決める時なのだ。

 苦難の正義か、優しい悪か。


「ボクは……!」


 狛來ちゃんはいっぱいいっぱいな様子で、黙りこくった。しかし思考停止はしていない。目線を落とし、両手を握って、震えるほどに考えていた。

 今彼女は一生懸命考えているのだろう。自分のこれまでを顧みて、そして未来を想像して、選び取ろうとしている。

 固唾を呑んで、私たちはその選択を見守る。


 やがて、長くも思える時間が過ぎ去って。

 狛來ちゃんは顔を上げた。その瞳は、堅硬な意志に定まっていた。


「……決め、たよ。ボクは――」


 彼女の、選択は――






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