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『我は……正義、を……』




「ぐらあああっ!!」


 ヘルガーの蹴りが遮る鶏の翼を破砕した。羽毛を飛び散らせながら消えた障害を越え、ビートショットが一歩前に進む。

 それを妨害する為に今度は兎の後ろ脚が蹴りを叩き込みに来るが、ヘルガーの拳はそれを真正面から迎え撃った。


「ぜやあっ!!」


 ひしゃげて粉砕される脚。一方でヘルガーは受けた衝撃を物ともしていない。巨大な兎による全霊の蹴りを、全て身体で受け止めて涼しげに手首を回すだけだった。

 いや、ダメージは受けたのだろう。それを強化された筋肉で押さえ込み、爆発から蓄積にまで無理矢理収縮しただけで。


「後が怖い、な!」


 そう言いつつも戦闘スタイルを改める気は無いのだろう。次々に襲い来る魔使をヘルガーは真っ向から打ち破る。そうして稼いだ時間を使って、ビートショットが距離を詰める。


『喰らえッ!』

『ギッ、グロ……!』


 そして遂に、鉄の拳がクシャナヒコの顔面に突き刺さった。車などなら軽々粉砕できるパンチを受けたクシャナヒコの顔面は流石に歪み、グシャリと潰れる。


『グ……カアアッ!!』


 だがそれでも神であるが故、まだ終わらない。

 即座に魔使の一部が飛び出て、ビートショットを押し返す。相当な体重と膂力があるビートショットだが、それでも堪えることが出来ずに地摺しながら流されていく。


『ぬおおおっ!』

「なんてパワーだ……アイツ、何者なんだ!?」

「あー、うん、まぁ……」


 戦いた雷太少年が零したその言葉に私は言葉を濁す。まさか神と正直には言えない。怖じ気づくかは分からないが、良い子の彼らは躊躇う気持ちが生まれるかも知れないし。

 だが予想以上のパワーがあることは黙っていても解決しない。まったく、最後っ屁の筈なのに恐ろしい暴れっぷりだ。


「さてキノエ。何か方策はあるか?」


 私は暴虐の限りを尽くすクシャナヒコを眺めながら、用を終えたのか隣へやってきたキノエに問うた。

 今まで色々な術でクシャナヒコに対抗してきたキノエなら、何か有用な策がある気がしたのだ。

 が、


「……残念だが、期待してるようなモンはねぇさ」


 私の期待に反し、キノエは苦い顔で呟いた。


「あんなクシャナヒコ、見たことも聞いたこともねぇ。多分本当に、追い込まれたからやたらめったらに大暴れしているだけだろうさ。子どもが駄々をこねてるのと変わんねぇ」

「つまり対策は?」

「力尽くで抑え込むか、疲れて大人しくなるのを待つしかあんめぇ」


 それは対策が無いのも同義だ。大人しくなるのを待つ選択肢は無い。ここは街が近く、放っておけばどんな被害が出るか分からなかった。何より真っ先に餌食になるのは私たちだ。無理矢理動かしている体で逃げ切れる自信は無い。

 となれば選択肢は一択。


「仕方ない。全力攻撃だ! 総員、攻撃開始!」


 私は退却準備以外に残っている戦闘員を集め、銃撃を開始させた。銃弾は魔使の身体を僅かに傷つけることしか出来ないが、それでも弾幕を張ればある程度の妨害にはなる。ユナイト・ガードも同じように、銃撃を繰り返してビートショットをサポートし続けていた。


「だが、足りないか……」


 それでもなお、クシャナヒコの暴威は衰えることを知らなかった。巨大化した魔使の身体は破壊された端から再生し、再びビートショットとヘルガーを襲う。ヘルガーはやはり真正面からそれを打ち破るが、時折痛みを堪えきれないのか苦い顔をする。パワーアップしても限界が近いことには変わりない。


「あーもー! 火力が欲しい!」

「――そうか。なら、丁度良い」


 独り言の文句のつもりの言葉に、返事が返ってくる。

 そして誰何を問うよりも名乗りを上げるよりも早く、宙に浮かぶ白いマスケットたち。まるで整列した兵隊のように並んだ彼らは一斉に銃口を向けると、クシャナヒコと魔使目掛けて一糸乱れぬ精度で同時に銃弾を発射した。


『グガアアッ!!』


 流石に堪えたのか、クシャナヒコは大きな悲鳴を上げた。一瞬にしてそれだけの痛痒を与える弾幕。それを行える人物は私が知る限り一人しかいない。


「……りゅ、ジャンシアヌ!」

「増援に呼ばれれば、これだ」


 変身した竜兄、ジャンシアヌが白い花を纏っていつの間にか隣に並んでいた。再びマスケットを装填しながら、私へ問うてくる。


「で、あれは何だ。なんか後輩たちを彷彿とさせるパーツがチラホラ散見されるが」

「勘がいいね。察してくれ」

「ふむ……ま、いいだろ」


 疑問を呈した竜兄だが、禄に答えずに私がそう言うと存外素直に頷いた。竜兄側もまた、思うところがあったのかもしれない。


「なら容赦無く銃弾をぶっ放して死ぬ人間はいないな?」

「あぁ、()はいないね」

「そうか、では……全力で行くぞ、フルファイア!」


 そう言って竜兄は第二斉射をぶっ放した。たちまち削れていく魔使のパーツたち。再生もするが、追いつかないほどの勢いで更なる射撃がまた襲う。圧倒的な火力が、神の再生能力を上回る。


『グ、オオォ!!』


 クシャナヒコは防戦一方に追い込まれた。理性は蒸発しているようだが本能的な思考がまだ残っていたのか、魔使たちを壁のように配置して、本体に害が及ばないよう守る構えのようだ。

 だが殻を閉じて引きこもるようなら、それをこじ開けるまで!


「ぜやああああっ!!」


 肉の壁の隙間に手を差し込んだヘルガーが、力任せにそれを押し開く。縄めいた筋肉が浮き出るほどの力でこじ開けられた隙間は人が入れる程じゃない。当然、人を大きく超える巨躯を持つビートショットでは無理だ。

 しかし稲妻なら、話は別だ。


『ハアアッ!!』


 長いチャージの要らない電撃が、隙間の中へ吸い込まれるように着弾する。


『グガアッ!!』


 響く悲鳴。電撃がクシャナヒコに効果があるのは、既に複製のメガブラストで実証済みだ。防御が緩み、更に隙間が大きくなる。

 ここだ。私は勝負を賭けることにした。


「ビートショット、ジャンシアヌ! 今だ!」


 私は叫んだ。決めるならここしか無いと。二人の火力なら、クシャナヒコを葬れる。

 問題は、二人が……というよりビートショットが従ってくれるかということだったけど。


「ビート!」

『……雷太に感謝することだな!』


 雷太少年の言葉でビートショットも了承してくれた。唸るチャージ音。竜兄もタリスマンをセットし、必殺技の構えを取る。


『グ……許さぬぅ!!』


 しかしクシャナヒコも只ではやられてくれない。妨害する為に防御の一部を崩し、ビートショットとジャンシアヌへ差し向ける。必殺技の準備に入っている二人には、防ぐ術は無い。


「しまった、ちっ!!」


 隣にいる竜兄は私がカバーに入れる。しかしクシャナヒコのすぐ近くにいるビートショットは無理だ。ヘルガーは隙間をこじ開けるのに全力を注いでいる。間に合わない。

 だが魔使の一部がその青い装甲を傷つけるより早く、横から飛来した電撃がそれを打ち落とした。


『グッ!?』

「流石に見ているだけじゃないよ!」

「一応な。ビートショットをサポートするのは本来ボクらの役割だから」

「ゐつ、ドクトル!」


 玩具の光線銃のようなガジェットを構えた二人の少年少女が、魔使を痺れさせて叩き落とした。そうだったな。彼らもいた。私よりよっぽど戦力になる。

 そして、今だ。こちらへ迫る魔使をサーベルで切り払いながら、私はビートショットとジャンシアヌへ叫んだ。


「行け、ヒーロー!」


 雷電が爆ぜる。花びらが舞う。

 二つの力が、大きく湧き上がる。


『――メガブラスト!!』

「――リリィ・メガブラスト!!」


 莫大な雷の奔流が、白い花びらの竜巻が、一つの大きな流れとなって隙間へと着弾した。


『ガ……ギャアアアアァァッ!!』


 二つの必殺技が一つとなった超強力な一撃。爆発が巻き起こり、とても神の物とは思えない悲鳴と共に、巨大な火柱が立ち上がる。


 跡に残されたのは、黒焦げとなった巨大な猫の躯体だけだった。

 動かないそれを見て、私はようやく安心の溜息をついた。


「やっと、か」

「……おい、エリザ。俺を忘れてなかったか?」

「まぁ、無事で良かっただろ」


 着弾の瞬間に飛び退いたヘルガーが恨みがましい視線を向けてくる。テンションが上がって頭から抜けていたなんて言えない。私は気まずく目線を逸らし、キノエに問う。


「キノエ。アイツの封印を」

「……無理だな」

「え?」


 予想外の答えに呆けた声を零す。まだ無理なのか?

 いや、そういうことでは無いらしい。キノエは苦く黒焦げとなったクシャナヒコを見つめて言った。


「もう、消滅する」


 言葉通りクシャナヒコは、その端から消えつつあった。


「……無理をした代償だ。存在を保ててねぇ。もう……消える」

「そう、か……」


 神とはいえほとんど力尽きた状態であれだけ暴れたのだ。本当に最後の力まで振り絞ってのことなのだろう。無理もない。

 神の、最期。それを眺めているのだと思うと何とも言えない気持ちになる。


「だが、これで一件落着……」

『マダ、ダ……』

「……何?」


 呻くような声が上がる。息も絶え絶え、否、耐える寸前の声。紛れもなく、消えつつあるクシャナヒコから発せられた声。

 まだ、生きている? いや、死にかけだ。死ぬことが覆る訳じゃ無い。だが、最期の最期の力を、振り絞れば。


『ギザマハァ!!』


 黒くほぼ炭化した毛が伸びる。その矛先は、私。


「エリザ!」

「エリザベート!!」


 ヘルガーが叫ぶ。だがパンプアップの代償か、痛みに反応が遅れる。

 雷太少年も。だが彼は防ぐ手段を持ち合わせていない。

 竜兄が手を伸ばすが、こちらもメガブラストの反動で動けない。


 届く。この一撃は。

 なら、仕方ない。冥土の手土産ぐらいにはなってやるかと、諦めた瞬間。


「ヤミ!」


 幼い、しかし切実な声が響く。

 それが誰の物か知覚した瞬間には既に、毛は切断されていた。


「狛來、ちゃん……」


 それを為したのは、いつの間にか目を覚まし、ここへ来ていた狛來ちゃんと、完全に制御された犬神の力だった。


 最後の力すら届かず、遂に本当に、クシャナヒコは力尽きる。


『我は……正義、を……』


 その言葉は本心なのか。あるいは欺瞞なのか。

 神の御心は結局最後まで人間には見通せず、残骸は風に吹き消えた。






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