「ほっとけねぇのさ。お前を俺は」
重厚な装甲に覆われたマニュピレーターが虎の横っ面に突き刺さる。鉄の拳を受けた強面はそのままダウンしかけ、されどボコボコと波打つように再生し復活する。厄介だな。再生能力持ちか。
それを見た雷太少年は驚愕の声を上げた。
「なんだ、アイツ!?」
「難しい質問だね。例えば正義の為だと言いながら洗脳してくる輩を、君は味方と言えるかな?」
「そんなの! ……正義じゃない」
「オーケー。ならアイツは敵だ」
クシャナヒコは一応ユナイト・ガードの協力者なんだが、表には出ていない。そのおかげで助かった。集結したユナイト・ガードたちもクシャナヒコを敵だと思って攻撃している。私たちへの対応は二の次だ。
『グロオオオォォォ!!』
クシャナヒコも我を失って、敵味方の区別がついていない。敵対する全員に攻撃を向けている。これならどうにか、呉越同舟出来そうだな。
だがそれで勝てるかは、まだ予断を許さない。ビートショットとユナイト・ガードは連携して攻撃を加えているが、片端から再生されてダメージになっていなかった。
「再生……ということは、コンバードの時と同じか」
クシャナヒコと魔使は半ば混ざっていた。クシャナヒコを中心として密集し、境目が曖昧になっている感じだ。再生能力への対処法がコンバードの時同様なら、狙うべきはやはり中央の核。クシャナヒコだろう。
「雷太少年、あの真ん中にいる猫面が親玉だ。アレを中心的に狙えばおそらく……」
「なる程、ビートショット!」
『聞いていた。了解した』
頷いたビートショットは攻撃をクシャナヒコ狙いへシフトする。魔使たちへ重い打撃を繰り返すより、払うようにして中心を目指す。だが、
「ブモオオォォ!!」
『クッ!』
猪の頭が突進してその進路を阻む。ビートショットの重装甲といえど後ずさりする程の衝撃。足が止まったところへ更なる魔使たちの攻撃が襲いかかる。
『グッ、やはり生半にはいかないか!』
「ビート!」
「援護する!」
魔使の強襲に晒されたビートショットをユナイト・ガードの隊員たちが銃撃で援護する。が、防御以上のことは出来ていないようだ。魔使たちの壁を突破できない。
「面倒な……!」
「エリザ!」
「ヘルガーか。二人は?」
駆けつけてきたヘルガーに美月ちゃんとキノエの安否を問う。特に美月ちゃんはインク切れで、自衛の手段が乏しかった。それなのに複製ビートショットを私の護衛につけてくれたのだ。
「怪我は無い。だが美月は予備のインクを取りに一時離脱した。キノエは……」
ヘルガーが顎をしゃくる。その先に視線を移せば、なるほど確かに健在のキノエがいた。ユナイト・ガードの隊長らしき人物に話しかけている。知り合いなのだろうか。まぁ退魔師だったらヒーロー側だろうしな。
「そうか。それで他は?」
「一応、生きてはいるよ。ユナイト・ガードに預けた。目を覚ますかは、分からないがな」
苦い顔でヘルガーはそう報告した。
他とは、気を失った新ヒーローたちのことだ。奴らは起き上がること無く、クシャナヒコの暴走に巻き込まれた。しかもその際、憑依していた魔使たちが離脱したのか、超人的なパワーや頑丈さも失われているようだった。中には崩落に巻き込まれ、重傷を負っている奴もいる。
助ける義理は無い。だが、人死にがでれば悲しむ人がいる。狛來ちゃんに、百合がそうだ。だから私の目が届く範囲内で死人は出さない。
とはいえそれが踏襲出来るかどうかは、危ういところだが。
クシャナヒコの暴走は激しくなるばかりだ。見境のないやたらめったらな攻撃は、留まるところを知らない。
「よし、私たちも加勢するぞ」
「この調子で、か?」
ヘルガーの言うことはもっともだ。今の私たちは万全とは言い難い。だが、手が無いわけじゃない。
「隠し球は最後の最後まで取っておくものだ」
そう言って私は懐からケースを取り出した。開けば、三本の注射器が入っている。
ヘルガーが問うてくる。
「それは?」
「筋力強化剤だ。これなら疲弊した身体でも、戦えるようになる」
「強化……おい、それって」
思い出したのか、ヘルガーが苦い顔をする。
「報告書で見たぞ。パンプアップ改造、だったか。筋肉が膨張して止まらなくなるんじゃなかったのか」
そう、ヘルガーの言う通り、これはあのパンプアップ改造を受けたイチゴ怪人の筋肉を強化した薬剤と同じ物だ。膨張が止まらなくなり、最後には自分の筋肉に頭を潰された、あの。
「大丈夫だ。これは成分調整版で、少量ならあんなことにはならない」
……筈だ。
私はそう言い、ヘルガーが制止する間もなく一本目を打った。
「あ、おい!」
「くっ……」
途端、体中が脈打つ感覚が私を襲う。それは痛みを伴っていたが、我慢するまでも無くすぐ引いていった。代わりに満ちるのは、漲る力。
「よし……使えそうだ。だが……」
これではまともに動けるようになっただけ。片腕を失った今じゃ、ハンデを埋めるにはキツい。
「なら……」
私は二本目を打とうと注射器に手を伸ばす。が、それを掴むより早くヘルガーに奪い取られた。
「は、おい」
「どうせやべぇモンなんだろ」
そう言ってヘルガーは、注射器を自分の毛皮の隙間に打ち込んだ。
「ぐっ……ふぅ。確かにこれは効くな」
「お前、危険な真似を……」
「それを真っ先に行なったのは誰だったか」
呆れた声でそう呟き、三本目を奪い取る。
「おい! ……二本以上の投与は本当に危険なんだぞ」
「だから、それをやろうとしたのはお前じゃねぇか」
止める私を振り切って、ヘルガーは三本目を打とうと構えた。だが、私には疑問だった。
「何故そこまでする? お前にとっては、ただの上司の命令だろうに」
確かにローゼンクロイツの怪人は、総統の為に命を賭ける存在だ。しかし今回の作戦は、私の指令。言ってしまえば、絶対に従う義務も無い。
私は、狛來ちゃんを見捨てたくない。だが、ヘルガーは必ずしもそうではない筈。
「……確かに、なんでだろうな」
ヘルガー自身にも、疑問だったようだ。少し考え込んで、しかし注射器を握る手に再び力を籠める。
「そうだな。多分、お前の所為だ」
「私の所為?」
「あぁ」
ヘルガーは頷く。
「ほっとけねぇのさ。お前を俺は」
どこか、優しい言葉だった。胸が疼くような。そして呟いた後には、空になった注射器が放り投げられて捨てられた。
「まぁ、行って来るさ。始末書は、お前が書けよ!」
力を全身に漲らせ、ヘルガーは飛んだ。力強い跳躍だ。万全、いやそれ以上の。高く飛び上がったヘルガーはそのまま身を捻って足を突き出し、流星の如く魔使の集合体へ向け降り注ぐ。
「狼爪蹴脚!!」
ヘルガーの放つ、全身全霊の跳び蹴り。単純な武術ながらも精練されたそれは、筋力強化剤のブーストを受けて凶悪な威力を以て着弾した。
「ゴガァ!!」
突き刺さった虎の頭が蹴りを受け止めきれず爆発四散した。隣に着地したヘルガーに、ビートショットが驚いたかのように瞳を明滅させる。
『貴様……』
「お前との共闘は、二度目だったか」
ヘルガーは青い装甲を乱暴に叩き、背中を晒してクシャナヒコと対峙する。
「俺が道を開く。お前が倒せ、ヒーロー」
『言われずとも、そうするさ』
気に入らないといった様子で、しかしビートショットは承知したと頷く。
『まずは人を護る。そして強気を挫く。それがヒーローの生き様だと、雷太は語っていたからな』
機械の兵士であるビートショットの価値観は人とは大きく異なる。だがそんなビートショットでも信じられる者がいる。だからこそ、人の正義に寄り添えるのだ。
だから正義を、同じ非人間のクシャナヒコよりも知っている。
「そうか、なら、行くぞ!」
『応!!』
ヘルガーとビートショットは、背中を預け合って突撃した。
 




