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「くそっ、最後の抵抗にしては大暴れ過ぎるぞ……!」




 巨猫の駆体を縛っていた白い光が解けて消えていく。だがクシャナヒコは起き上がる気配を見せなかった。

 意識はある。戦意も。だが四肢をどれだけ踏ん張っても、立ち上がれない様子だった。


『馬鹿な……この我が、神が……人間風情に……!?』


 髭を振るわし驚愕するクシャナヒコの表情は、心底あり得ない物を見たかのようだった。それは確かに、そうかもしれない。私たちは偉業を成し遂げたと言っていい。だが今はその達成感に浸るよりも、手早く片付けてしまいたかった。


「キノエ、封印とか……出来るか?」

「これだけ弱らぁな。待ってろ」


 頷くとキノエは印を組み目を閉じて集中し始める。後は専門家に任せれば良い。


「美月ちゃん、具合はどうだ?」

「身体は、なんとも。ただインクはもうありません。残ったのは……」


 コン、と黒い装甲の表面を叩く。


「これだけ」

「そうか。しばらくはそのまま維持しておいてくれ。……ヘルガーは?」

「まぁ、多少痛むが。頑丈なのが怪人の取り柄だからな」

「羨ましいことだ。さて、後は……」


 私は狛來ちゃんの元へ近づき、屈んで様子を確かめる。相変わらず意識はない。だが、外傷もない。ホッと息をつく。後は精神状態が気になるが、それは起きてくれないと確かめようがなかった。


「ではクシャナヒコの封印が済んだらさっさと撤退しよう……ってそうか、上も大変だったっけ」

「あぁ、ユナイト・ガード共を蹴散らさないと」

「参ったな。複製ビートショットでどうにかなるか?」


 私たちが上の惨状を思い出し頭を悩ませていると、ふと、地面の揺れを感じた。


「……地震か?」


 ちょっと焦る。こんな地下で、しかも戦闘の後だ。一気に崩れて生き埋めになってしまう可能性が頭を過ぎる。


「キノエ、手早く……」


 急かそうとキノエを見る。だがその横顔には、冷や汗が浮かんでいた。


「キノエ?」

不味(まじ)ぃ……」


 しわくちゃな肌に青筋が浮かび、力むのが目に見える。まるで何かを堪えるかのように、抑えるかのように。そして弾かれたかの如くキノエは目を見開き、叫んだ。


「逃げろぉ!」


 その瞬間、命が爆発した。






 ◇ ◇ ◇






「ホントに、ローゼンクロイツだ……」


 現場に到着した雷太は、目の前に広がる風景を見てそう呟いた。

 ユナイト・ガードの基地に立て籠もるのは紛れもなくローゼンクロイツだ。ユナイト・ガードの戦闘部隊はそれと戦い、遠間から銃撃戦を繰り広げている。

 雷太、ドクトル、ゐつの三人はユナイト・ガードの救援要請に応えやってきた。雷太の背負ったリュックには、当然小型化したビートショットが収まっている。

 一行に気付いたユナイト・ガード隊員が敬礼する。


「雷太殿! 応援感謝します!」

「えぇと、はい。……あの、あそこにいるのはローゼンクロイツの、誰なんですか?」


 雷太は改めて問い質す。ローゼンクロイツであること自体は、戦闘員たちの制服を見て間違いはない。だが、それを率いていたのが……。


「はっ! 幹部であるエリザベート・ブリッツだそうです! 目撃者がいるのだまず間違いないかと」

「そう……ですか」


 あの女幹部だとは、信じたくなかった。ブラックエクスプレスで人命救助に協力してくれたあの姿と、どうしても重ならない。だがその一方で狛來を怪人へ勧誘しようとしたりと、訳が分からないのも確かだった。

 掴めない。悪なのか、それとも正義なのか。


「応援を!」

「……はい、分かりました」


 それでも悪の組織が暴れている以上、鎮圧しなければならない。

 雷太はビートショットを取り出そうとして……そして揺れる地面を感じ、足を止めた。


「地震?」


 そう怪訝に眉を顰めた瞬間、轟音が鳴り響いた。


「な、何っ!?」

「何が起きた!?」


 その場の全員が騒然となる。ローゼンクロイツ側の攻撃かと思われたが、向こうも驚き戸惑っていた。ではどこからの音なのか。それはすぐに知れた。

 ユナイト・ガード基地が、まるで発泡スチロールめいて粉々に砕け散った。


「なっ――」


 立て籠もっていたローゼンクロイツを、人質にされていたユナイト・ガード隊員たちを蹴散らして現われたソレは、どうやら動物のようだった。だが、その何もかもが規格外だった。

 蛇の頭がある。虎の顎門も。兎の瞳が見えたかと思えば鶏の翼らしきものが広がっている。猿の手が地について、馬の蹄が空を掻いた。そしてそのいずれもが、並外れて巨大だった。

 突如現われた巨大な動物の群れ。訳が分からずユナイト・ガード隊員たちは混乱する。

 だがその最中で、雷太は見つけた。


「あれ……は――」


 動物たちの中心。そこには猫の顔が収まっていた。瞳孔を開き牙を剥いたその表情は憎悪に染まっている。その鋭い激情が向けられるその先、そこに、黒い機械兵がいた。


「――ビートショット!?」


 それは、見間違う筈も無い。色は黒いが、紛れもなくビートショットだ。

 だが、あり得ない。だってビートショットは、この背に背負っているのだから。


「あれは、一体……」

『なんだ、何が起きている?』

「わ、分からない」


 疑問に支配される雷太。リュックの中にしまわれたままのビートショットは状況の把握が出来ない。隣のドクトルもゐつも、ポカンと見上げている。故に、先に正気に戻ったのは、ユナイト・ガードたちだった。


「ビートショットが襲われているのか!? 援護するぞ!」

「あの動物たちへ攻撃を集中しろ! どう見ても尋常なものじゃない!」

「え、いや……!」


 確かに、あの動物の群れにビートショットが襲われているように見える。だが、あれは偽物だ。


「アイツは……」

「雷太!」


 訂正しようとする雷太の肩をゐつが掴む。何かと問おうと振り返れば、彼女は一点を指差していた。

 目を凝らせばそこはビートショットの影。背中側に隠れるようにして、一人の女性の姿が。


「……そういう、ことか」


 納得が、いった。

 そこにあったのは、狛來を抱えるエリザベートの姿だった。






 ◇ ◇ ◇





「う、おおおおっ!!」


 鎌首をもたげて飛んできた蛇の牙を、辛うじて複製ビートショットに防御させる。私は右手で狛來ちゃんを抱き、片手は失っているので逃げることしか出来ない。


 クシャナヒコはあの巨大な動物たちを顕現させ、私たちを地上へ押し出した。圧倒的質量に押されて地下の崩落には巻き込まれずに済んだが、代わりに超巨大な動物たちの猛攻に晒されている。


 あの正体は恐らく、魔使のなれの果てだ。巨大鶏に見覚えがある。コンバードの時のように巨大化させて解き放ったのだ。しかも、全員。


「なんてこった……!」


 新ヒーローたちに取り憑いていた奴らに、見たことの無い動物。それらが渾然一体となって私たちへ襲いかかってくる。


「くそっ、最後の抵抗にしては大暴れ過ぎるぞ……!」

「摂政様!」


 地上に残していた隊員たちが私たちの姿に気付き、声を掛けてくる。ユナイト・ガードにやられたり魔使たちが地上に出る際に蹴散らされたりと損害を受けているが、死者はいなそうだ。

 私は素早く指示を飛ばす。


「私たちを援護しつつ、退却の準備をしろ! とにかく狛來ちゃんを護ってくれ!」

「は、はい! あ、しかしユナイト・ガードは……」

「アイツらは……」


 チラリと確認すると、ユナイト・ガード隊員たちの攻撃は魔使たちへ向いていた。どうやら奴らを悪の存在と捉え、一番の脅威と見なしているようだ。皮肉なことだな。だが、こちらには好都合だ。


「ユナイト・ガードは放っておけ。とにかく、残っている奴らを集めて……」

『貴様らぁぁぁ……!』


 私たちへ向け、おどろおどろしい殺気が放たれた。既に正気では無いクシャナヒコの憎悪の声が響き渡る。


『生かして帰す……ものかァァァ!!』


 呼応して、魔使たちが一気に襲いかかってくる。虎の爪が、鶏の嘴が、馬の蹴りが私たちへ、その間に立ちはだかって壁となっている複製ビートショットへ叩き込まれる。

 驚異的な耐久を誇るビートショットだが、インクの複製は本物より耐久力が劣る。たちまち、ドロリと溶け出す。受け止めきれない。


「やばっ――」


 万事休す。私は咄嗟に狛來ちゃんを庇い身を固める。

 だが、予想した衝撃はやってこなかった。

 偽物の代わりに、本物が受け止めたからだ。


「……お前、は」


 青い装甲に覆われた背が、私たちを護っている。かつて敵対し、そして共闘した、恐るべきヒーローの背中。


「ビートショット、何故」

『さて、な』


 本物の機械兵は無機質な音声でそう応じると、雷電を纏って魔使たちへと躍りかかる。

 代わりに答えたのは、ビートショットと共にやってきた雷太少年だった。


「詳しい事情は、分からないけど」


 雷太少年の視線は私へ、正確には私の腕の中の狛來ちゃんへ向けられる。


「――助けたんだろ?」

「……ああ」


 私は、頷いた。そして雷太少年は、それで充分だというように頷き返す。


「なら、俺たちの敵は――」


 向き直る。その視線は、醜く醜悪なケダモノの群れを捉えて。


「――アイツらだ!」


 何一つ臆すること無く、戦いを挑んだ。






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