「足りないんだろ――だったら足せばいい!」
『■■■■■!!』
双頭犬が吠え猛る。二つの口いっぺんということは、炎と刃の同時攻撃だな。
予想通り黄金の炎が鋭く迫り来るのを、私たちはクシャナヒコの毛などで防ぐ。しかしこれは消滅させるわけじゃ無くあくまで反射するだけなので、跳ね返ったそれがまた襲いかかってくるかもしれない。注意は怠れないが、私たちには押して前に進む理由がある。
「キノエは術の準備を! ヘルガー、私たちで弱らせるぞ!」
「応!」
鋭い返答が返ったかと思うと、次の瞬間にはヘルガーは跳躍し双頭犬へと肉迫していた。拳が唸り、頭蓋の片方を穿つ。そんじょそこらのコンクリートならこれで爆砕する威力。が、一見骨に見える犬頭は罅割れせず健在だった。
そして吠える。今度は、黒の方だけ。
「斬撃!」
私がそう警句を発するとほぼ同時、周囲の空間がズタズタにされる。視覚出来るのは床に残った斬裂後だけだが、恐ろしい暴威は肌で感じられた。巻き込まれたら一瞬でお陀仏になるそれに、ヘルガーは至近距離で巻き込まれた。
「ヘルガー!」
「ぐっ……無事だ」
迫った不可視の刃をヘルガーは、ガントレットを盾にして凌いだ。ガントレットにはクシャナヒコの毛が巻き付いている。当のクシャナヒコ本神が刃の嵐を平然としていたのだ。効果があるのも当然だった。
だが受け止めた衝撃はあったようで、ヘルガーは僅かに呻いている。炎の刃を毛で弾いた時は特に衝撃は感じなかった。恐らくだが、斬撃単体は元来狛來ちゃんが持っていた犬神の力だからだろう。黄金の炎はクシャナヒコが狛來ちゃんに取り憑けた魔使の物。故にクシャナヒコには効かないが、犬神の力はそうでもない……と見た。しかしクシャナヒコの毛自体がかなり硬いので、どうにか防げるようだ。
「近づくことは叶う、だが」
しかしヘルガーの殴打を前にして平然としている双頭犬を破壊、ないし弱らせることはかなり困難なことに思えた。それに接近できてもずっと凌げる訳でも無い。私たちがクシャナヒコの毛を切断することが出来たのなら、犬神の斬裂攻撃だって可能な筈だ。悠長にしていてはクシャナヒコの毛が先に限界を向かえる。
「なら……強力な一撃、か」
馬鹿の一つ覚えと笑われそうだが、それが最適解に思えた。
時間は掛けられない。相手は硬い。そうなれば乾坤一擲の一打に賭けるのは、効果的な作戦なんだ。
だが最低でもヘルガーの殴打以上の威力を籠めなければならない。そうなると……。
「メガブラストしかないか」
やはり全力を籠めた必殺の一撃が候補に挙がる。それも、至近距離がいい。
私は小瓶を取り出し、Iベイオネットの複製をその手に掴んだ。
「ヘルガー、抑えてろよ!」
右手に構え、電力のチャージを始める。ヘルガーは私を庇うように前に立ち、ガントレットで防御の姿勢を取った。これで、並大抵の攻撃なら防いでくれる。
「いけるのか?」
「分からない」
両腕を盾のようにしながらヘルガーが問うてくる。私はチャージを続行しつつ端的に答えた。
「だが……」
私はヘルガーの背中越しに、双頭犬の下で意識を失っている狛來ちゃんを見た。見れば見るほど小さな身体だ。あんな力を無理矢理に引き出されて、どんな影響があるか分かったもんじゃない。
あぁなってしまったのは勿論クシャナヒコの所為だが、私の不甲斐なさも、少しはある。
「――やらない理由も無い」
だから、私が救う。
チャージは終わった。私とヘルガーは頷き合い、同時に一歩踏み出す。ヘルガーを盾とし、双頭犬に躙り寄る。
『■■■■■!』
何か企んでいる私たちを双頭犬は脅威を感じたのか、黒い頭で吠え斬撃を発生させた。それを真正面から受け止めるヘルガー。両腕で受けきれなかった攻撃が身の一部を切り裂く。
「ヘルガー!」
「構うな!」
血飛沫を散らしながら、ヘルガーはそれでも前へ進む。そして私を双頭犬の前へ、連れきった。
「――行けぇ!」
手が届く至近距離。私は地を駆け、機械槍を構えて躍り出る。
『■■■■■!!』
防衛のため双頭犬が力を行使する。だが炎の刃は纏ったクシャナヒコの毛に遮られ、私には届かない。
全力の発電機関が唸りを上げる。
「紫電銃槍超放電!!」
迸る紫電。莫大な雷が機械槍の機能を再現された複製の中で増幅され、異形へと突き込まれた。
ただの雷では無い、破壊のエネルギーが叩きつけられた双頭犬は、そのまますぐ背後の壁に叩きつけられ、縫い付けられる。だが、まだ砕ける気配は見えない。
「ぐっ、出力が!」
一度すでにメガブラストを使ったからだろうか。思ったようにパワーが上がらない。これでは、攻めきれない。
どうするべきか。焦る私の手に背後から灰色の毛に覆われた手が添えられた。
「ヘルガー!」
「足りないんだろ――だったら足せばいい!」
ヘルガーの両腕のガントレットから電気が放たれる。私の発電機関、試製カンダチmkⅡの後継機、カンダチmkⅢの放電が槍へと吸い込まれ、増大して双頭犬を襲う。
これなら――足りる!
『■■■■■!!』
双頭犬が吠える。だが炎の刃が発生する様子は無い。つまりは、悲鳴。向こうも限界が近い。
「はああぁぁーーっ!!」
「おおおぉぉーーっ!!」
私たちは全力を振り絞る。電力の最後の一滴まで。
そして……眩いばかりの電撃が、消えた。
「――はぁっ」
限界。私も、ヘルガーのガントレットも。パチリと小さな火花を上げた後、どちらも沈黙する。
だが、双頭犬もまた――力尽きて崩れ落ちた。
「ラン・ソワカ!!」
その瞬間、術を用意していたキノエによって双頭犬が光に包まれる。光は双頭犬を二つに引き剥がす。黄金と、黒。その内黄金は燃え上がるように形を崩し立ち上ると、クシャナヒコ目掛け吸い込まれていく。
キノエに問う。
「……これで?」
「あぁ、この子の中に異物はねぇ」
魔使が分離された……ということか。
黒い方は、狛來ちゃんの中へ吸収された。出来ればそちらも引き剥がしてあげたかったけど、今は余裕はない。私たちにはまだ相手しなければならない敵が残っている。
だが、それでも。
「……助け、られたか」
そう、小さく息をつくぐらいは。
許して欲しかった。
ずっとずっと、不安だった。
狛來ちゃんが力に目覚め、陰謀に巻き込まれ――心身を磨り減らしていく。それが堪らなく恐ろしくて、のうのうと寝ていることすら苦痛だった。
だが、間に合ったのだ。
まだ気を失ったままの狛來ちゃんの頬を、起きないようそっと撫でる。それ以上は、後の事だ。
「さて……お待たせしたな」
起き上がり、振り返る。複製Iベイオネットはメガブラストの出力に耐えられず溶けてしまったが、代わりの武器、複製光忠を取り出して握り込む。ヘルガーもキノエも、身体に鞭打って私に並ぶ。
「……エリザ、さん」
視線の先には、インク人間を指揮し必死に防衛線を張っていた美月ちゃん。そして。
『……貴様ら……』
怒りに身を震わせる、クシャナヒコの姿があった。
「……どうだ? これで正真正銘、お前の部下はいなくなった」
美月ちゃんはかなり消耗していた。本人は無傷だが、辺りに広がっているインクの水たまりが尋常じゃ無い。相当なインクを消費しているように見える。よくぞここまで時間を稼いでくれたものだ。
『よくも……我が最強の僕を……』
だがやはり――クシャナヒコもまた、無傷だった。
『正義の化身たる我に刃向かった愚行! 覚悟は出来ていような、愚物どもが!!』
憤怒の形相に牙を剥き、クシャナヒコは毛を逆立てる。その威迫は痺れる程で、気を抜けば気絶してしまいそうな程の圧迫感を放っていた。
こちらは満身創痍。相手は荒ぶる神。
「――あぁ、出来てるさ。最初からな」
それでも、挑む。
この戦いを、正義を曲解するこの邪神との因縁を、断ち切るために。
 




