「祟り神に、面妖とは言われたくないのだけど」
「がっ……!」
「エリザ!」
炎の斬撃が命中した私は大きくその場から吹っ飛ばされる。そのまま地面に激突するところだったが、着地点に滑り込んだヘルガーが受け止めてくれた。
「ぐっ……助かった」
「それよりダメージは!?」
「運が良かった……」
私は無くなった左手を掲げて見せる。無くなったのは義手。肉体はどこも傷ついていない。
見せたその際に傷口の断面も明らかになる。機械である義手がまるで火事にでもあったかのように惨たらしく焼け焦げ、溶けていた。ローゼンクロイツ製の合金が使われているにも関わらずこのダメージ。相当な高温だ。
義手で済んだのは本当に幸運だった。なにせ何も反応できなかったからな。胴体にでも当たっていたら……考えたくもない。
「ご覧の通り、受けたら相当に不味いな」
「かといって……!」
ヘルガーが炎の刃を回避する。そのスピードは先の火の玉の比ではない。さながら剛速球。それが壁を跳ね回りながら迫りくるのだから、たまった物ではない。私を抱えたヘルガー、それからキノエは、躱すことで手一杯だ。
一方で美月ちゃんはインク人間を盾とすることで凌ごうとしていた。火の玉の時は有効に働いた戦術だが、今度は……。
「!! 受け止めきれない……!」
炎の刃は一体のインク人間では消滅させられなくなっていた。一人程度なら容易く切断し、二人目も勢いが止まらない。三つ、四つとインク人間を両断し、そしてようやく五人目で対消滅する。
単純に考えれば五倍の威力。そして五倍のコストだ。このままじゃ、美月ちゃんのインク切れの方が早くなってしまう。
「どうする、エリザ。このままじゃ俺ら全員膾切りだぞ!」
「分かってる。どうすれば……」
考えるが、今私たちが持っている手札じゃ無理だ。キノエなら一つや二つ消滅させられるかも知れないが、それでもジリ貧。待つのは緩やかな死だ。だがそれ以上の対抗策が私たちでは。
私たち、では……。
そういえば、クシャナヒコはどうしている?
『グロロロロ!! 素晴らしい! これぞ正義を為すに相応しい力だ!!』
クシャナヒコは、私たちが翻弄されている光景を見て快哉を上げていた。一方の自身は、毛皮で受け流しているようだ。あの毛が硬いのか黄金の炎を通さないのかは分からないが、とにかく効かないらしい。
それだけじゃない。倒れ伏している新ヒーローたちにも、火は燃え移ることも切断することも無い。どうやってか、敵味方を判別しているようだ。
便利なことで羨ましい……そう思うと同時に、ある策が閃いた。
「ヘルガー、クシャナヒコに近づけるか?」
「何? 今アイツに攻撃を加える余裕は――」
「攻撃はしなくていい! アイツの周りだ!」
「……分からないが、了解した!」
訝しみながらも了承したヘルガーが、炎の刃を避けながらクシャナヒコ付近へ潜り込む。近づいてくる私たちに気付いたクシャナヒコは視線をチラリと一瞬だけこちらへ向けたが、すぐに興味を失って逸らした。自らを傷つけるだけの余裕が無く、手を下さずとも双頭犬の攻撃でやられると思っているのだろう。
実際、私たちだけじゃ確かに厳しい。だから、
「――お前を利用させてもらう!」
ヘルガーに身体を抱えられながら地面へ向かって手を伸ばす。掴んだのは、私たちが切断した、クシャナヒコの毛だった。
「! なるほど!」
私の意図に気付いたヘルガーも私を片手に持ち替え空いた手で毛を拾う。クシャナヒコの毛は長く、かつ大量に私たちへ差し向けていた。おかげですぐに纏まった毛の量が集まった。
まずは、これで本当に大丈夫か実験する必要がある。
「せいっ!」
私は丁度良く飛んで来た炎の刃に向け、手にした毛の束を振るった。刃に叩きつけられた毛はしかし、燃えることも切断されることも無く、逆に炎の刃を野球バットのように弾き返した。
成功だ。やっぱり、クシャナヒコの毛は燃えない!
「全員、クシャナヒコの毛を重要部へ巻き付けろ! そこらに倒れている新ヒーロー共の身ぐるみでもいい! コイツらは燃えない!」
「! そういうことけ!」
「分かりました!」
私の言葉に頷いた二人もそのように動く。
敵はどういう理屈か敵味方を判断して燃やすか燃やさないか選べるらしい。であるなら、敵側……炎にとっては味方側の一部を身につければ炎に燃やされないのでは無いか? そう考え実践してみたが、当たったようだ。これなら炎に焼かれない。
私は毛をマントのように纏う。比較的小柄な私は充分に身を覆い尽くせる。一方でヘルガーは両腕に巻き付けた。腕を振るって炎を弾く算段なのだろう。
キノエはミエザルの上衣を、美月ちゃんはコンバードの燃え残った羽毛を羽織る。そのどちらも、炎は弾いた。
これで、炎の刃は無効になった!
『小癪な……!』
クシャナヒコが歯噛みする。予想外だったのだろう。というより、タイミングが悪かったな。敵味方を識別するこの炎は味方が活きていればこそ輝く能力だ。炎だけでも大変なのに敵もまだ健在なら、私たちはかなりの苦戦を強いられていた筈だ。狛來ちゃんが取り憑かれるタイミングがもう少し早かったら……考えたくも無い。
「よし、行くぞ! ヘルガー、キノエ!」
「応!」
「はいさ!」
対策は為った。ならば次は本懐を遂げる時だ。
私はヘルガーとキノエに号令し、真っ直ぐに双頭犬、その下に項垂れる狛來ちゃんの元へ向かう。
『させるか! ……ぬ!?』
余裕を崩し始めたクシャナヒコが妨害しようとするが、勿論私がその可能性を考えなかったわけじゃない。
毛を伸ばして私たちの進路を遮ろうとしたクシャナヒコの鼻先を、黒い影が横切って止めた。
見事な跳躍をして着地したその姿は、静止すればすぐに誰か分かる。新ヒーローの一人、バニーホップだ。……ただし、黒塗りの。
『ぬぅ!? 面妖な!』
「祟り神に、面妖とは言われたくないのだけど」
その発生源は、勿論美月ちゃんのイザヤだ。蝶の復節足が、倒れ伏しているコンバードへ伸びている。羽毛を剥ぎ取ったついでに記憶から複製していたのだ。
現在の美月ちゃんは、コンバードの記憶にある人物なら誰でも複製出来る。一緒に働いていた仲間なら、尚更。
「ヒーローの複製はコストが掛かるけど、炎の刃があるのなら!」
コンバードを中心に広がったインクの沼から、ウォートホグやタイガーマイトも立ち上がる。生まれたばかりで無防備な彼らへ壁から跳ね返った炎の刃が迫るが、他のインク兵隊のように切断されること無く無事弾いて健在だった。
そう、新ヒーローに炎の刃が効かないのなら、その性質を引き継ぐ新ヒーローたちを複製してしまえばいい。
「行ってくださいエリザさん! 私がクシャナヒコを抑えます!」
「頼む!」
クシャナヒコを足止めできるのは数が用意できる美月ちゃんだけだ。
彼女に後方を任せた私は新たに取り出したインク瓶の蓋を開け、中身を溶断された左腕になすりつけた。インクは広がって形を作り、私の腕を覆っていく。肘、一の腕、そして指先。
数瞬の後には、黒光りする新たな義手が私の左腕に装着されていた。こんなこともあろうかと、予備の義手を複製してもらっておいてよかった。
これで、私も万全に戦える。
そして私たちは、双頭犬と対峙した。
変わらぬ威圧感を放つ黒金の頭蓋が私たちを睥睨している。瞳の無い眼窩が私たちを射竦める。気を抜けば恐慌してしまいそうなその佇まい。だが私たちには逃げちゃいけない理由があった。
「よし……待ってて、狛來ちゃん」
いよいよ、君を救う時だ。




