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「ふふ……無論、役に立ってみせるよ我が同胞」




 翌日、私と妹は部屋で荷物整理をしていた。

 黒い甲冑の騎士は後日と言ったきりで具体的な期日は指定しなかった。ならば今日にも迎えが来る可能性がある。いつ来てもいいように準備は素早く済ませるべきだ。


「お、お姉ちゃん荷物多くない? そんなに服持っていたっけ?」


 隣で既に荷物を詰め終えた妹がそんな事を言う。妹の荷物はトランク二つとバッグ一つだけだ。対して私は、既に四つトランクを詰めて更に今もう一つを詰めている最中だ。

 だが詰めているのは服では無い。


「向こうじゃ色々と入用でしょうから、予め用意しておいているのよ。例えばこれ」


 そう言って私はトランクの中から一冊の本を取り出した。表紙に『誰でも分かるエスペラント語教本』という文字が躍っている。


「必要かもしれないでしょう?」

「絶対必要ないよ……」


 妹はそう言うが、私はそうは思わない。私は慎重なのだ。何せ妹の命がかかっている。

 そんなこんなで準備に明け暮れていると、姉妹の部屋のドアがノックされた。私が入室を許可すると、お父さんがドアを開いて入って来た。


「どうだ、準備は進んでいるか」

「百合は終わったけど私はまだ」

「そうか。ならこれも持っていくといい」


 そう言ってお父さんは私に布に包まれた棒状の物を放り投げてくる。ずしりとした重みがある。恐らくは鉄で出来た物体だろう。

 布を丁寧に外し、中身を開く。

 それは、鞘に収まった一本の刀だった。


「日本刀!?」


 妹が隣で驚いているが、私は構わず刀をそっと抜く。美しい刀身が蛍光灯の光を反射して煌めく。


「この刃紋……光忠ね」

「あぁ、知り合いのトレジャーハンターから譲ってもらった」


 紛れもなく名刀だ。状態もいい。現役で使うことに何ら支障はなさそうだ。

 鞘に仕舞って、腰のベルトに括りつける。これから悪の組織に行くのだ。武装しておいて損は無い。


「ありがとう、お父さん。最高の餞別よ」

「改造人間主体の向こうじゃ神秘が通じる相手は少ないだろうが、一応普通の武器としても扱える。だけど油断するなよ。尋常の剣術が通じる相手ばかりじゃない」

「分かってる。絡め手で躱すよ」

「それがいい」


 死地に赴く娘を案じる父親のせめてものはなむけ。何ら変哲もない親子の一幕だ。

 しかし妹は納得がいかない様子。


「い、いや銃刀法違反じゃん!?」


 何を今更。


「私たちはこれから犯罪者集団である悪の組織に行くのよ? 法律なんか守っていられないでしょう」

「う、そうだけど、割り切り方がえぐいよ。もう今の生活への未練断ち切ってるじゃん……もうカタギに戻るつもりないじゃん……」


 ぐるぐる目を回し混乱する妹。やれやれ、この娘は昔から少し優柔不断なところがあった。そこもまた可愛らしいのだけど、悪の組織の総統としてやっていくにはどうにも心配だ。やっぱり私が補佐するしかなさそうね。


「安心しなさい。貴女の事は私が守るから」

「あの、超能力に目覚めたの私の方だよね? お姉ちゃんじゃないよね?」


 おっと、そういえばそうだ。妹は超能力者だった。

 『総統紋』は謎に満ちた能力だ。Wikiにも保持者が死んだら次の適合者に移るということしか書かれていなかった。具体的な能力は謎に包まれている。


「どんな能力なの?」


 私は持っていく物をトランクに無理やり詰める作業を再開しながら妹に問うた。おっとこのスタンロッドも必要だな。一応太陽電池とセットで持っていこう。


「えっとね……パワーはあると思う。ほら」


 そう言って妹は自分のトランクを一つ持ち上げた。片手で、軽々と。

 確かに超能力だ。


「すごいわね。まるでお母さんみたい」

「そうかな……待って、お母さんも出来るの?」


 しかし総統の能力ならばそれだけではない筈だ。


「他には?」

「スルーされた……えっと、植物を操れるよ。といってもまだ上手く能力を扱えてないのか、お願いを聞いてもらうぐらいしか出来ないけど」

「成程、叔父さんのグリーンセンターに勤務する土田さんみたいな能力ね」

「ねぇ私の知らないだけで超人ってそんなに溢れてるの? 私の能力ってすごくないんじゃない?」


 そんなことはない。身体に刺青のような紋様が浮かぶだけでノーリスクで複数の能力が使えるようになるなど尋常ではない。普通超能力は生まれつきや、血が滲むような努力をして目覚める物だ。土田さんとて霊験あらたかな山の中で修行して土着神に認められることによって授けられた能力である。それがこんな簡単に使えるようになって、今の所なんのリスクも発生していないなどかなりの破格能力だ。ヒーロー志望とかが羨ましがることだろう。


 だけど濫用は何が起こるか分からないので釘を刺しておく。


「そうそう、大したことないよ。だからあんまりひけらかすのは止めときなさい」

「むぅ……でもお姉ちゃんとか見てると確かにあんますごくなさそう……使うのやめとこっと」


 納得してくれたようで何よりだが、私を見てるとって何? 私ごく普通のパンピーだけど。

 そんなこんなで荷物を詰め終えると、丁度いいタイミングで玄関のチャイムが鳴った。


「お、来たかな。出てくるよ」


 お父さんが踵を返して玄関に向かう。

 しばらくすると、ガシャンガシャンと階段を上る奇妙な足音が聞こえた。

 それを察知してドアを先んじてドアを開くと、廊下にはお父さんと、黒い甲冑を着た騎士が佇んでいた。

 フルプレートの騎士だ。頭まですっぽり兜で覆い、肌が露出している部分が微塵もない。

 騎士は百合を補足するや否や、慇懃な態度で膝を折る。


「お迎えに上がりました。総統閣下」

「あ、はい……ええと」

「あなた、名前は?」


 妹が聞きたそうにしていることを先んじて問う私。騎士は怪訝そうな顔(兜だけど……)を傾げながらも答えた。


「申し遅れました。拙はヤクトと申すものでございます。近衛騎士を拝命しておりまする」


 そう言って、騎士――ヤクトは百合に頭を下げた。どうやら総統紋を持つ人間に従うというのは本当らしい。


「え、えと……もう一度聞きますけど、どうしても行かなきゃいけないんですね?」

「はい。御身の不興を招く結果になったとしても、我々は総統を頂かなければなりません。それが我らローゼンクロイツの在りようですから」


 ヤクトの口調からは、誠実ながらも断固とした意志が感じ取れた。百合の心に影を落とす事は厭いながらも、ローゼンクロイツとしての任務を違える訳にはいかないという強い信念が見え隠れする。どうやらヤクトとかいう騎士は信用してもよさそうだ。

 私は一歩前に出た。


「やぁ、ヤクト君」


 気さくに話しかける私。ヤクトはそんな私を怪訝そうに見る。


「……貴女は?」

「私は君たちの新たなる総統閣下の姉、エリザと申す者である」


 芝居がかった口調で話しかけながら、ローゼンクロイツ式の敬礼をして見せる。どうやらかっこいいと評判らしく、若年層を中心に広まっていた。

 それを見たヤクトは態度を軟化させた。


姉君(あねぎみ)でしたか。して、いかなる御用向きで……?」

「私も同行したい。可能かな?」


 時代劇っぽい口調を継続させながら、ヤクトに問う私。

 ヤクトは唸り、難しそうな顔(?)をした。


「それは……ローゼンクロイツに所属したいということですか?」

「ああ、そうだ。姉としては心配でね。無論総統として頂点に立たせることに異論はないが、補佐が必要だと考えている。そしてそれは気心の知れた私こそが相応しいと考えた次第だ」


 私の言葉に、しかしヤクトは難色を示した。


「……補佐が必要と言う意見には賛同します。しかし、組織側で既に用意がございます」

「ふむ。……君かな?」

「! ……はい、そうです」


 成程、つまり出迎えのイベントは面通しも兼ねているのだろう。新しい環境で初めて出会った人間というのは信用が置きやすい。こうして信用関係を築きながら総統としての辣腕を振るいやすい環境を整えるのが目的か。

 だが好都合だ。つまりその補佐のポジションは目の前の騎士を説得すれば一先ず手に入るということである。


「ヤクト君。見ての通り我が妹はついこの間まで一般人であった少女だ。いきなり怪人の巣窟に放り込むというのは、少々無理のある話ではないのかね?」

「む……それは、確かに」


 ヤクトは唸った。そうだ。新総統は少女である。

 歴代総統の顔写真をアングラな犯罪サイトで見つけ出して拝見したが、どいつもこいつも大人の男ばかり。一人だけ女総統が居たが明らかに妙齢の女性だった。

 つまり、少女が総統と言うのは歴代でも初めての筈だ。その証拠に迎えに来て今後補佐をするというのは見た目強面な黒騎士。少女と分かって補佐させるのであればもう少し安心出来るビジュアルの怪人を派遣するであろう。

 百合の存在はローゼンクロイツにとってイレギュラーだ。ならばそこを突く。


「無論、総統を新たに代え、それが少女であったところで諸君らの組織が揺らぐとは考えていない。しかし少女総統へのケアについてのノウハウはあるのかね? 心身の体調を崩した際の対処法は?」

「そ、それは」


 やはりな。私は畳みかけた。


「その点私ならば完璧にサポートできる。なにせ実の妹なのだから。これ以上ないサポーターだ。それともヤクト君。君なら私以上に補佐できると? 実の姉妹以上の絆を築けると?」

「ぐ……不可能、でしょう。私に少女と接した経験はありません」


 おや、なんとも素直だ。それは美徳ではあると思うけど、今ここでは付け入る隙でしかない。


「では私を連れて行きたまえ。なに君の立場を脅かす訳ではない。補佐は二人だ。共に総統を支えようじゃないか」


 そう言って私はヤクトの肩をぽんと叩いた。冷たい感触を予想していたが思ったより熱い。内包する熱量が人間の比ではないようだ。流石は怪人。

 ヤクトはしばし黙考し……そして頷いた。


「分かりました。お連れしましょう」

「ふふ……無論、役に立ってみせるよ我が同胞」


 ヤクトの手を握り、立ち上がらせる。

 今ここに、ローゼンクロイツの新体制の要が誕生したのだった。




「……私にはお姉ちゃんが分からないけど」


 背後でポツリと、呆れたような呟きが聞こえた。






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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公エリザとその親族、もしかしてかなりエキセントリックな方たちばかりなのでしょうか
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