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「クシャナヒコは正義を信じている……そういうことなんだな」




「ヘル、ガー?」


 目を覚ましたばかりの視界がボンヤリと像を結び、狼の表情を映し出す。瞬間、さっきの出来事がフラッシュバックした。


「っ!!」


 咄嗟に腰元のサーベルを抜き、目の前の狼人間へ向け振り下ろす。だが狼の怪人はそれを鉤爪で受け止めこちらを真剣な眼差しで見つめた。


「落ち着けエリザ! お前は眠らされていたんだ!」

「眠らされ……うっ」


 頭痛が奔り、冷静な思考が蘇る。そうだ、私は確かユナイト・ガードの支部へ乗り込んで、地下に降って……そこで記憶が途切れている。少なくとも百合の誕生日パーティーじゃない。あんなことは実際には無かった。あれは幻……いや。


「夢、だったのか。他のみんなは?」

「美月はまだ寝てるが、キノエが起こしている」


 身体を起こすとうなされている美月ちゃんとその前で印を組んでいるキノエが目に入った。どうやら眠らされていたのは私と美月ちゃんだけだったようだ。

 サーベルを鞘に収め、手を開閉して身体の調子を確かめながらヘルガーに状況の詳細を問う。


「どれくらい寝ていた?」

「ほんの数分だ。十分は経っていない」

「なら時間稼ぎの線は薄いか。夢を見せることそのものが目的か……二人はどうして無事だったんだ?」


 夢を見せたのはまず間違いなく敵の仕業だ。攻撃だとして、どうしてヘルガーとキノエは逃れられたんだ?

 私の問いに答えたのはキノエだった。


「こりゃクシャナヒコの洗脳攻撃だ。オラは術の防御があっから効かんかった」

「洗脳……これが?」


 初めて受けた類いの攻撃だ。夢を思い返す。百合が、家族がヘルガーに殺される夢……二度と見たくない。


「キノエは分かったが……じゃあヘルガーに効かなかったのは何故だ?」


 キノエが熟練の退魔師であることはもう充分すぎる程理解している。そういう攻撃から逃れる術はあるのだろう。だが肉体的には優れていても魔術や超能力への耐性が皆無なヘルガーが影響を受けなかった理由が謎だ。


「そりゃおそらく……おっ」


 キノエが答えようとすると、美月ちゃんが薄らと目を開けた。目をこしこしと擦りながら身体を起こす。


「んっ……ここは……」

「起きたかい、美月ちゃん。状況は分かるかな?」


 私は立ち上がって、美月ちゃんに手を差し伸べる。美月ちゃんはそれを取りながら、まだ呆けた思考を巡らせた。


「ここはユナイト・ガードの基地で……その地下……眠ってしまっていたんですか?」

「現状の把握は大丈夫そうだ。……夢の内容は憶えているか?」

「夢……」


 額に手を当て少し考える美月ちゃん。やがて内容を思い出したのか語り出す。


「確か、お母さんが生きていて……父が、赤星が真っ当になっていました。でもそこに、百合の率いるローゼンクロイツが現われて、全部を滅茶苦茶にして……」

「で、復讐心に駆られると何かの力が流れ込んでくる」

「はい、そうです。馬……そう感じました」

「私は竜だ。細部は違うが、概ね同じ内容……いや、美月ちゃんの場合はあり得ざる虚像か」


 だが少なくとも、幸せに暮らしていたところをローゼンクロイツに滅茶苦茶にされるというのは共通だ。ローゼンクロイツへの恨みを募らせるのが目的? いや、そうか。


「クシャナヒコは正義を信じている……そういうことなんだな」


 今のはクシャナヒコの洗脳攻撃。そして新ヒーローたちは正義を頑なに信じていた。それが洗脳によるものなら、今の夢にも説明がつく。

 もしヘルガーとキノエに起こされていなかったら。私は書き換えられた記憶を信じてローゼンクロイツへの強い憎悪を抱いていただろう。例え総統が百合であっても、記憶の方を信じてしまったかもしれない。


「だとすると、ヘルガーに効かなかったのもその辺が理由か」

「そうさね」


 キノエが同意する。一方で当人のヘルガーは首を傾げた。


「どういうことだよ」

「分からないか? クシャナヒコの洗脳は悪への恨みを植え付けること……。根っからの怪人であるヘルガーにはやりようがないんだよ」


 悪でも正義でもない平穏な記憶があるからこそ、正義の側へ、言い方は悪いが『堕とせる』。だが既に怪人となって長いヘルガーは悪の組織への憎悪を植え付けようがない。だから洗脳されなかったのだ。あるいは、クシャナヒコ側が選り好みでもしたのか。


「奴はあくまで正義を自称しとる。だからこそ、効かねえ奴には効かねえんだ」

「面倒な気質だな。だがおかげで助かった……」


 ヘルガーがいなかったら、キノエがいなかったら。私と美月ちゃんは百合へ反旗を翻していたかもしれない。最悪の想像に二人揃って顔を青ざめさせる。私は元より、既に一度敵対してしまった美月ちゃんは余計に御免だろう。


「危なかったですね……」

「だな。クシャナヒコ、恐ろしい奴だ……」


 私たちが恐れ慄いていると、ふと背中への軽い衝撃を感じた。見るとキノエが私たち二人の背に手を当てている。


「キノエ?」

「動くんじゃねぇぞ。今お前さんらに術を掛けとる。しばらくの間はクシャナヒコの洗脳に負けねぇようにな」

「それは助かる」


 私たちはホッとしてされるがままになる。一応その間の襲撃を予想してヘルガーが警戒に当たったが、何事も無く終わった。

 だが時間を掛けてしまった。結局、時間稼ぎになってしまったな。


「猶予は縮んでしまった。美月ちゃん」

「はい」


 術を掛けてもらった私たちは電子錠の前に改めて立ち、イザヤの力での解錠を試みる。幸い、それ自体はすぐに終わった。

 扉が開いた先には、薄暗い空間があった。


「ここは……広い、が」


 そこはどうやらかなりの奥行きがあるようだった。空気でそう感じる。一方で明かりがほとんど無い為、その全貌はしれない。だが私はそこに、複数の気配があることを感じ取っていた。


「……いるんだろ、クシャナヒコ」


 私がそう言うと、あの遠雷のような低い笑い声が響いた。


『グロロロロ……正義とはならなんだか。惜しいことよの』

「正義、ね」


 新ヒーローの立ち振る舞いを思い出す。確かに悪を滅ぼすことは正義かもしれない。だが助けるべきを助けないこと、そして盲信は正義なのか? 私はそうは思えない。

 だが少なくとも、今は問答する気にはなれない。


「美月ちゃん」

「はい。イザヤ!」


 私が促せば、美月ちゃんの肩に出現した黒い蝶が私へ節足を伸ばす。そして黒いその先端が触れた時、美月ちゃんの内から染み出した保有していた黒いインクが形を作る。

 それはかつて敵対し今は私のよく知る部下である、コールスローだった。


「照らしなさい」


 そう美月ちゃんが命令すると同時に、コールスローが何かを四方へ放り投げる。一瞬の間の後に弾けたそれは、何のことはない、ただの発煙筒だった。

 だがそこから発せられる激しい光が、空間内を照らし出す。


「っ!」


 現われた光景に、私は一瞬息を呑んだ。

 そこにいたのはクシャナヒコ。そしてその周りに無言で控えるミエザルと新ヒーローたち……魔使とそれを憑依させられた者たちであった。そしてその背後。クシャナヒコの伸ばされた毛の束に拘束されるのは、幼気な少女の姿だった。


「狛來ちゃん!」


 私は叫んだ。だが、狛來ちゃんからの返事は無い。目を瞑りうなされているかのように苦しげな表情をしている彼女は、意識を失っているようだ。その光景を見て私は歯軋りをする。


「やってくれるね……ただ一人の女の子にそこまで酷い仕打ちをするなんて」

『グロロ、ただの少女? 違うだろう』


 私の言葉をクシャナヒコは否定する。


『犬神に憑かれ、人を殺したこやつは最早只人ではありえん。今後生きながらえたとしても悪としての生が待っているだろう。なれば、我々が有効活用してやればまだマシという物では無いか?』


 それは空恐ろしいまでの傲慢だった。人を駒として利用することに何の迷いも抱いていない思考。実際に意思を剥奪された新ヒーローたちを見ていれば、それが嘘でも何でも無いことは確信できる。

 だからこそ、虫唾が走る。


「はっ、何を言っている。その子はただの女の子だよ」


 例え彼女が尋常ならざる力を持っていたとしても。例え彼女が人を殺していたとしても。

 それでも彼女は、普通の女の子として生きて良いはずだ。普通の人生は送れずとも、せめてその心だけは普通に、幸せに生きて良いはずだ。

 それが私の原風景。ただ一人の妹の為に歩き出した、決して揺らぐことの無い私の信念だ。


「だから渡してもらう」


 絶望的な光景を前に私たちは構える。キノエは印を組み、美月ちゃんはインクを操り、ヘルガーはアタッシュケースを地に置く。そして私もまた、サーベルを改めて抜刀した。

 今度こそは、その切っ先を真の敵へ向ける。


『グロロ、渡せんなぁ』

「そうかなら、悪の組織らしく、攫わせてもらうか!」


 それを合図に、戦端が開かれた。

 正義と悪。ヒーローと怪人。常にぶつかり合う両者。いつも通りの光景が、繰り広げられることとなった。

 逆とは、言うまい。言い訳はしない。

 ただ譲れない。それだけだ!






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