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「悪め、悪め! 殺す、お前は生かしておいちゃいけない!」




 エレベーターは問題なく駆動し、私たちを地下深くへと届けた。

 微かな電子音が響いてドアが開けば、そこに広がっていたのはコンクリートが打ちっぱなしになった無骨な通路。そしてその突き当たりに見える電子錠のかけられた扉だった。


「ロック……まぁ、当然かかっているか」


 試しに開こうとしてみるがパスワードを要求された。私は知らない。キノエが術をかけた男も知らなかった。恐らく彼はクシャナヒコによって地下を作らされたが、実際に行くことも入ることも許されていなかったのだろう。だからこのロックは自力で解かなくてはならないのだが。


「ま、苦労はないな。美月ちゃん」

「はい」


 美月ちゃんが端末を電子錠のパネルへ押し当ていくつか操作すると、空気が抜けるような音と共に扉は簡単に開いた。美月ちゃんが端末でクラッキングしてイザヤを送り込んだのだ。電子的な機器はイザヤの前では無力といっていい。

 扉の開いた先にあったは、薄暗い広間だった。


「なんだ……?」


 何も無い。ただ四角い空間が広がっているだけ。あるのは更に奥に続くであろう扉。単に使っていない部屋というだけか……?


「まぁ、いい。何も無いなら先に進もう。美月ちゃん、またロックの解錠を頼む」


 また扉脇にパネルが存在するのを見て美月ちゃんにお願いする。だが、私の後ろから返事が聞こえることはなかった。


「どうした?」


 気になって振り返ると、その瞬間美月ちゃんは倒れ込んだ。


「え、美月ちゃん!?」


 まるで糸の切れた人形のように美月ちゃんは倒れ伏した。瞳は閉じられ完全に意識を失っている。昏倒、しているのか?


「攻撃か!? まずい、二人とも警戒を――」


 敵の攻撃だと考え、私は残る二人に防御態勢をとらせようとした。

 だが、言い切れなかった。

 言い切るより早く、私もまた意識を失ったからだ。






 ◇ ◇ ◇






「……え?」


 目が覚めるとそこには百合がいた。


「もー、お姉ちゃん居眠り?」


 私が覚醒したことに気付いた百合が可愛らしく頬を膨らませる。


「え、なんで百合がここに……それに、ここは」


 キョロキョロと周囲を見回せば、そこは見覚えのある場所だった。いや、それどころじゃない。ここは私が人生で一番長い時間を過ごした場所だ。


「なんで、家に……」


 そこは私の家だった。私たち家族の、紅葉家。私はリビングの椅子に座っていた。テーブルの上には沢山の料理が並べられている。


「なんでって、当たり前でしょ? だって私の誕生日なんだから」


 そう胸を反らして言う百合は、軍服姿ではなく可憐な普段着の装いだった。

 いや……軍服? 何故だ? 私はそんな姿(・・・・・・)一度も見たことがない(・・・・・・・・・・)のに。

 そうだ……百合の言う通り、今日は百合の誕生日。年に一度の最高にめでたい日だ。仕事で忙しい父も、今日ばかりは予定を空けて帰ってくる。

 テーブルを見れば、父も母も席に着いていた。


「あらあら。夜更かしかしら」

「あまり感心しないな。どうせ夜遅くまでよくないインターネットでも見ていたのだろう」

「え……あ、うん。そう、だね?」


 そう……だったかな。確かに私は犯罪者や悪の組織が利用する闇サイトを見るのは好きだけど……。

 よく思い出そうと考えていると、後ろから頭を小突かれた。


「あんま変なことするんじゃねぇぞ。家族を心配させるな」

「んえ!? 竜兄!?」


 振り向いた先にいた予想外の人物に私は目を丸くする。片手に白い箱を抱えているのは間違いなく竜兄だ。


「なんでここに!? 私たちと一緒にいたらまずいんじゃ……!?」

「は? なにが駄目なんだよ」

「そりゃ……あれ、なんで……?」


 焦燥に駆られた私だが、確かによく考えて見ると何故だか分からない。私と百合が竜兄と顔を合わせると、駄目な気がしたんだけど……。

 竜兄は心底訳が分からないといった様子で首を傾げている。


「寝ぼけてんのか? 大学だって来年からだぞ」


 そう……そうだ。竜兄はいい大学に合格して来年から家を出る。でもそれはあくまで来年で、今年はまだ一緒にいられる。なのになんで、別々に暮らしている気になったんだろ。私も訳が分からない。


「……なんだろ。そんな気がしたんだけど」

「徹夜でもしたか? ま、それよりこれだ」


 竜兄が箱を開けると、中から色とりどりの果物とクリームの塊が現われた。百合が目を輝かせる。


「わぁ~! ケーキだ!」

「よかったわね、百合。今日のは竜胆が買ってきてくれたのよ」

「本当! ありがとう竜兄!」

「来年からは帰ってこられるか分かんないから、特別だ」


 顔を華やがせる百合と、照れくさそうにケーキをテーブル置く竜兄。それを微笑ましそうに眺める両親。幸せな光景だ。見ているだけで、この場いるだけで私も幸せだ。だけど私の胸にはそれよりも、戸惑いの感情が強く占めていた。

 何故? この焦燥感は、どこから――?


「……ん? なんだあの光」


 その時ふと、父さんが窓を見た。外には夜の帳が広がっている。だがそこに、赤い光が浮かんだ。球体にも見えるそれは一瞬で大きく膨れ上がり、


 我が家の壁もろとも、爆散した。


「え、きゃあっ!?」

「百合!」


 私は咄嗟に百合へと手を伸ばす。我が家で一番年下の彼女は私の守るべき一番の対象だ。だがそんな私諸共、瓦礫が飲み込んでいく。

 一瞬、意識が暗転する。次に目を覚ました時、そこには無惨に崩れ去った我が家が広がっていた。


「何、が……」


 所々ちろちろとした火が燃え残っている。放っておけば火事に発展しそうなそれも気に掛かったが、より目を引き付けるのは瓦礫の中に佇む存在だった。


「誰……?」


 それはまるで直立した狼だった。軍服を着た狼人間。それに見覚えがあるようなデジャブを感じつつも、その表情は見たこともないくらい残虐に歪められていた。

 その右手には、竜兄を吊り下げている。そしてもう片手には、サーベルを握っていた。

 狼はサーベルを振り上げる。


「や、止め――!」


 制止の声を上げた。だがそれは届かず、サーベルは竜兄の腹部を刺し貫いた。鮮血が散る。突然の惨劇。頭が真っ白になる。狼は鼻を鳴らして右手を振るい、力を失った竜兄の身体は瓦礫の上にうち捨てられた。


「次だ」


 淡々と狼は述べる。そして私は気付いた。瓦礫の上には他にも、私の家族が転がっていることに。


「……お父さん、お母さん」


 そこには両親の姿もあった。二人とも血に塗れ、ピクリとも動かない。そしてその傍らに、もう一人。


「百合!」


 私は叫んだ。そこにいたのは最愛の妹、百合だった。頭に怪我をしているのか額から血を流し意識を失っている。


「……うぅ」


 だが微かに呻いた。生きている。少しだけ安心した私だったが、狼が百合に向かって一歩踏み出したことでその安堵は吹き飛ばされた。


「止め、ろ……!」


 私は必死に手を伸ばす。だが空を切る。這い寄ろうとして、瓦礫に足が挟まれていることに気付く。立ち上がれない。目の前なのに、届かない。

 血に濡れたサーベルが振り上げられる。


「止めろぉーーーっ!!!」


 赤い飛沫が瓦礫に散った。


「……あぁ」


 背に刃を突き立てられ、動かなくなった妹を見つめる。その身体から、生きる力が流れ出ていく。どんどんと血が流れ、どんどんと動きが弱くなっていく。


「ああぁああぁぁ」


 絶望の嘆きが口より漏れた。この世に立った一人の妹。彼女のためなら死んだっていいと本気で思っていた妹が今、死ぬ。海よりも深い絶望が私を襲う。

 たが次いで湧いたのは怒りだった。壮絶な激怒。私たちの平穏を突如引き裂いた怪人に、烈火の如き憤怒が湧き上がる。


「貴、様……!」


 瓦礫に爪を立てる。割れるが構いはしない。そんなことも気にならないくらい頭に血が上る。


「許さない。許さない!」


 怪人は嗤っている。私は確信する。奴は()だ。この世にいてはいけない悪辣。消さなくてはならない。殺さなくてはならない。駆逐しなければならない。私の身体を使命感が突き抜ける。


『力が欲しいか? 悪に復讐する力が』


 どこからか声が響いた。遠雷の如く低い声だ。その正体に思いを馳せるより早く、私の口は答えた。


「欲しい! 寄越せ!」


 誰でもよかった。今奴に報復できるならば、それで。


『よかろう。ならばくれてやる』


 声が答えた。その途端、私の身体に力が満ちた。私はそれを()だと感じた。強大な竜の力が、私の身体を動かす。


「ああぁぁぁ……!」


 呼気を漏らしながら、私は立ち上がった。瓦礫は最早障害にならない。力の満ちあふれた私は復讐心と全能感に突き動かされ、狼と対峙する。


「が、あああぁぁ!!」


 私は駆けた。全身を駆け巡る竜の力、その衝動のままに狼に躍りかかる。鋭くなった爪をサーベルに突き立てる。鍔迫り合う私と狼。その凶悪な顔は間近に迫っても変わらない。


「殺す、殺す、殺す!」


 もう私の中には殺意しか残っていなかった。泥のように濃く、一生剥がれ落ちない絵の具のようにへばり付く黒い感情。止め処なく溢れるそれにただ従い、私は鍔迫り合いを押す。


「悪め、悪め! 殺す、お前は生かしておいちゃいけない!」


 悪への殺意。ただそれだけがひたすら私の心に満ちていく。それが勝っていく度に私の力が増し、まるで身体が置き換えられていくかのようだった。


「殺すぅぅぅ!!!」


 あと少しで私が競り勝つ――そう思った瞬間、それまでひたすら凶悪だった狼の表情が変わった。


「起きろエリザ!! このアホ摂政が!!」


 聞き覚えのある声。冷水がかけられたかのように頭が冴え渡っていく。黒い物がボロボロと剥がれ、清められていく。

 そして、目を覚ました。






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