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「やる気満々だな」「お互いにな」




 暗闇の中で密やかに囁き合う者たちあり。クシャナヒコとその配下――魔使たちだ。

 ほとんど光の差さぬ空間。かつてコンバードの記憶を作り変えた時と同じ場所で、今度は狛來が拘束されていた。四肢と腹、そして首にクシャナヒコの灰色の毛が巻き付き宙吊りにされている。


「うぅ……」


 しかし意識を失っているのか、苦しそうに身動ぎするだけだ。時折身体から淡い紫色の燐光が立ち上るが、クシャナヒコが毛に力を籠めるとそれも霧散する。彼女を守護すべきヤミはどういう理屈か、出てこられないようだった。

 その様子を眺め、クシャナヒコは舌舐めずりをする。地の底を這うようなあの声が再び暗闇に響いた。


『グロロ……よき器だ。これならばあのきかん坊の器に相応しいだろう』

「キキッ、それでは、すぐにでも?」


 ミエザルが伺いを立てる。その周囲に跪く新ヒーローたちは相変わらず無言だ。感情の色すら見せず、置物のようにただ頭を垂れている。

 クシャナヒコはしばし考えるような間を置き、ミエザルの質問に答えた。


『いや……じっくりやるとしよう。あまり性急すぎると器が歪む』


 そう言いながら毛を操り狛來を吊り上げていたクシャナヒコだが、不意に何かに気付いたように髭を揺らした。


『ミエザル。服の中だ?』

「はい? ……これはっ!」


 クシャナヒコに言われ首を傾げながらも狛來が着ているジャージのポケットをまさぐると、その手を逃れるように一匹の小鳥が飛び出した。小鳥は出口を求めるかのように暗闇を旋回する。だが脱出口を見つけるよりも早く、クシャナヒコの毛の一束が小鳥の胸を貫いた。空中で縫い止められた小鳥はしばし藻掻くように翼をばたつかせた後、力尽きたかのように動きを止めた。


「これは……使い魔ですな。魔術による物のようで」

『ほう。今の世の術師も中々精緻な物を造る』

「オラたちが使っている術とは系統がまるで違いやすがね……」


 動かなくなった小鳥をしげしげと眺めミエザルは呟いた。そしてハッと気付いたようにクシャナヒコを仰ぐ。


「まずいですぜ。ここが連中にバレたかもしれやせん」


 特例の魔使として現代で活動してきたミエザルは魔術にも通じている。ミエザルはこの小鳥が居場所を発信していた可能性を示唆した。

 それに対しクシャナヒコは鷹揚に頷く。


『そうか。だが、捨て置け』

「はっ……よろしいんで?」


 拍子抜けしてミエザルは首を傾げる。狛來に魔使を憑かせる儀式はしばらくかかるだろう。それこそ一両日は。場所がバレている以上まず間違いなく邪魔は入る。それよりも前に場所を変えた方がよいとミエザルは判断したが……。


『他の傀儡共を警備につかせろ。それで充分だろう。それに良くすればまた手駒が手に入るかもしれん……』

「へい……御大の仰せのままに」


 しかしクシャナヒコはここで迎え撃つつもりらしい。その判断に頷けるところがあったのか、ミエザルは大人しく引き下がる。

 だが忠告はする。


「しかし大多数で攻めてくる可能性もありやす。手が足りるかは……」

『ならば当代の正義共を呼べばよい。今いる場所が何処か忘れたか?』

「……なるほど、キキッ、了解しやした」


 現在自分たちが身を潜めている場所、そして身を置いている組織を思い出し、ミエザルは理解した。そして命令を遂行するためにその場から消える。

 残されたのはクシャナヒコと無言の新ヒーローたち。そして苦しげに呻く狛來だけだった。


『グロロ……あと少し。あと少しで最強の手駒が完成する……』


 闇の中で轟くような笑い声が少女の苦悶を掻き消し、外へ届くことはなかった。






 ◇ ◇ ◇






「実動できる部隊はこれだけか?」


 私は乗り込んだ装甲トラックの中でタブレットに映ったリストを眺め、そう零した。リストに羅列された名前はすぐに読み終えられるほど少ない。


「あぁ。残念ながらな。新ヒーロー共の所為で負傷が相次ぎ、今動かせる人員がかなり少ない」

「アイツらめ……どこまでも祟るな。祟り神だけに」

「面白くないぞ。……本部の守りを減らせばまだ数は出せるが……」

「それは駄目だ。論外」


 私は躊躇いがちなヘルガーの案を即時却下した。ヘルガーも分かっていたのか「だよな」と溜息をついている。

 本部の守りを減らすということは即ち総統である百合の護衛を減らすということ。そんなことを当然許可できる筈もない。


「ヒーロー共が活発化している現在、万が一に備え本部の守りも厚くしておかなきゃならん。だから呼び出せる人員はこれで限界だ」

「なら仕方ない。これで作戦を詰めるとしよう……いてて」

「……まだ痛むか?」


 不意に痛んだ首を押さえる私を心配そうにヘルガーが覗き込む。だが私は平気だとサムズアップしてアピールした。


「大丈夫だ。医療班に応急手当を受けたからな」

「アイツらも慣れた様子だったな……むしろまだ軽い怪我に驚いてすらあった」


 我がローゼンクロイツ自慢の医療班の手当を受け、私の体調は大分回復した。私より重傷だったヘルガーももうすっかり平気そうだ。やっぱり怪人は回復力も桁違いか。

 キノエは消耗していた体力を回復するために今は眠っている。負傷していない美月ちゃんは元より、これなら突入時には普段通りの力が出せそうだ。


「怪我で全力が出せないってことは無いな」

「……問題は、それで勝てるか、ってことだが」


 ヘルガーの悩ましげな言葉にも一理ある。既に私たちは全力を出せる状況で敗北を喫している。しかもその時より一人欠けているのだ。魔法少女であるはやてが抜けてしまった穴は大きい。新たに加わった美月ちゃん。それから招集した戦闘員がどれだけその穴を埋められるかが鍵となるだろう。


「後は、私たち次第、か」


 私は隣に置いた物を見つめた。それは何の変哲も無い黒いリュックサックだ。市販品ではなくローゼンクロイツの装備だが、それ自体に大した機能は無い。特別なのは、中身だ。


「ヘルガー、お前の分は?」

「俺は用意するのが難しかったらしい。だが、ヴィオドレッドから試作兵器を送ってもらった」


 ヘルガーの方は銀色のアタッシュケースを抱えている。かなり大きい。ヘルガーの怪力だからこそ持てているのだと容易に窺えた。何が入っているか知らないがローゼンクロイツ装備部門の最新兵器だ。並みの物では無いだろう。


「やる気満々だな」

「お互いにな」


 視線を合わせてニヤリと笑い合う。リベンジマッチの準備は互いに万全のようだ。更に私にはいざという時の切り札もある。

 自棄になって突撃するわけじゃない。勝算はある。……それが細いか、太いかはまた別問題だが。


「摂政様、後一時間ほどで到着します」


 そんなことをしていたら運転席から助手席に座っていた戦闘員が顔を出した。だがその表情は困惑に彩られている。


「あの……本当に進路はこのままで?」

「あぁ、位置情報は間違いない」


 私は魔法陣を起動しビルガの位置を確認した。が、私は表示された情報に顔を顰める。


「通信途絶……」


 そこにはビルガとの連絡が取れなくなった旨が書かれていた。不味い、バレたか。気付かれて移動されたかもしれない。だが、どのみちもう追跡も不能。このまま突撃するしかない。


「……このまま進むぞ。そう――」


 進路はこのまま。私は魔法陣を切り替えビルガの最終位置を示す。地図が表示され、狛來ちゃんがいるであろう場所の名前も表示される。

 そこには、何とも見覚えのある名前が書かれていた。


「――ユナイト・ガード支部へ」


 そこはいくつかある内の一つ。ヒーローや隊員たちの待機する、悪の組織にとっての魔の巣窟だった。






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