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「オラは所謂、退魔師だった」




「さて……何から話そうかね」


 キノエは悩むように口火を切り、話し始めた。


「まずなぁ……クシャナヒコの話に戻るが、アイツは封じられてたんだ。裏の神社にな」

「封印……か。そりゃまぁさもありなんという話だが」


 人を呪う祟り神など、そりゃ物騒だから封印もされる。現代を生きる私たちからすればそんな感覚だが、当人からすればたまった物では無いだろう。


「人に乞われて呪って、勝手に恐れられて封印される。何ともやり切れん話だな」

「ま……人間が身勝手なのは今に始まったことじゃねぇさ」


 キノエは達観した顔つきでそう片付けた。


「そして封印された神社の麓、つまりこの村には、代々封印を監視し続ける一族がいたんだ。それが……」

「貴女、と?」


 私はその先を予測して問うた。だがキノエは首を横に振った。


「いんや。それが途絶えちまってよ。まぁ古い家だから仕方ないんだけども。だが監視の人間はいねぇと不味いって話で、オラが呼ばれた。それがオラがここにいる理由さ」


 なるほど。こんな田舎にこれほどの強者がいる理由はそれか。だがキノエが何者か、という答えにはなっていない。

 それが分かっているからか、キノエは話を続ける。


「オラは所謂、退魔師だった」

「退魔師……つまり異形異類の退治屋か」


 古来から魑魅魍魎が現われ出でた時、常人には何も出来ない。自然科学すら屈服させる力の持ち主に対抗せよという方が無茶苦茶だ。だからこそ、昔からそういった奴輩を退治する専門家がいた。それが退魔師だ。


「代々請け負ってきた血族……って訳じゃねぇ。師匠を仰いで、色んな術を受け継いだだけのポッと出さぁ。んだが、何の因果かここまで生き残っちまってなぁ」


 複雑な表情で遠い目をするキノエだが、それは即ちそれだけの凄腕ということだろう。荒事を生業にする人間が老域まで生き残る理由は二つ。特別臆病か、他を寄せ付けぬほど強かったか、だ。キノエが後者なのは明白である。


「んでも流石にここまで年食っちゃ大したことは出来ね。んだから、それに相応しい仕事で余生を過ごそうと思ってな」

「それが、血の途絶えたクシャナヒコの見張り……」

「んだ。だけども……」


 溜息をついて、キノエは重苦しく続けた。


「まぁ年食ってるってこたぁ、それだけしがらみも多くてな。昔馴染みから応援を頼まれることもままあった」


 多くは語らないがキノエはその道では知られた大人物なのだろう。ミエザル相手に見せたあの動き、只者ではなかった。現代のヒーローにすら通ずる強さだ。衰えてこれなのだから、全盛期はさぞ強かったのだと容易に想像できる。各処から引っ張りだこでもおかしくない。


「そんでまぁ、元々見張りの仕事も隠居ついでで構わねぇって話だったのさ。何せ随分長いこと封印は解かれてねぇからな」


 それも無理ない話だ。大昔の言い伝えという物は年月と共に軽視されるようになる。代々その任を受け継がれて来た血族だって途絶えてしまったのなら……。


「そこを突かれちまった」


 悔恨するようにキノエは天井を仰いだ。


「いつも通り友人の応援に遠出したら……神社がそっくりそのまま掘り返されていた。当然、封印も解かれてた。やられたよ。オラがいない隙を狙ってたんだろな。それが……」

「半年前、か」


 繋がった。つまりクシャナヒコは封印が解かれる瞬間を虎視眈々と狙っていたのだ。そしてキノエが留守にしている内に……いや、だが。


「しかし、どうやって? あの神社の解体は政府の予算で行なわれた。クシャナヒコが封印を解かせたとするならば、連絡を取らなければ無理だ」

「ミエザルさ」


 キノエは端的に答えた。


「昔の人間にも慈悲があったんかな。クシャナヒコ自身は封じられていたが、魔使は外に出すことが許されのさ。つっても力が限りなく制限された状態だけども……」

「それがミエザル?」

「んだ。他の奴ら……あのヒーロー共は取り憑かされてる哀れな被害者だけども、ミエザルだけは魔使本人さ。猿の魔使だからか、あんな風に人に化けられる」


 人に化ける……なら、人と連絡を取ることも可能、という訳か。キノエとミエザルが顔見知りといった風でもあった理由も分かった。


「それもオラがいない内に、どうにかして口八丁で取り入ったんだろなぁ。それこそ、ヒーローが何人も手に入る、とかな」

「魔使を憑かせて即席ヒーローが出来上がり。確かに政府からすれば魅力的だ」


 だとすると、政府側にも協調者が……いや、ソイツも既に洗脳されているかもしれない。

 敵の生まれた理由は粗方分かった。キノエの正体も。なら次の疑問だ。


「なんで奴らは狛來ちゃんを攫ったんだ?」


 次の疑問。それは奴らが狛來ちゃんを誘拐したことだ。

 最初は、単にブラックエクスプレスで人を殺してしまったことで追われているのだと思った。しかしどうやら、奴らは狛來ちゃん本人が目当てらしい。その理由は、私では見当もつかない。


「あぁ、推測になるけんども」


 そう前置きし、茶を啜って喉を潤してからキノエは答えた。


「多分、魔使を憑ける依り代として選んだんだろうな」

「依り代?」

「あぁ、魔使は誰でも取り憑ける訳じゃねぇ。いや一時的になら可能だけんども、長期的にやろうとすれば人を選ぶ。そういう体質の奴をな」

「狛來ちゃんは……そういう体質だと?」

「んなの、見て分かんだろ」


 私はハッとした。そういえば、狛來ちゃんには犬神が憑いている。既に何かが取り憑いている以上、狛來ちゃんにそういう適正があることは立証済みだ。


「いや、だが……そうなると犬神と魔使、二体を宿すことになるのか? それは……狛來ちゃんは大丈夫なのか?」

「大丈夫な訳ねぇだろ」


 キノエは深刻そうな表情でそう告げた。


「肉体的には、現代医療があれば死にはせんだろう。だが精神は、よくて記憶喪失……悪くて廃人だ」

「なんだと……」

「奴らはそれでええんだろ。何せ好きに人格なんて書き換えられる。自我がなくたって操るのに支障はあんめぇしな」


 先程の新ヒーローの様子を鑑みる。人形のようにただ命令に従い、傷を厭うことなく迫りくる姿。狛來ちゃんもあんな機械のような存在に……?

 拳を握りしめる。そんなことはあってはならない。


「……そうか。状況は粗方理解した。今がどれだけ切羽詰まった状況なのかもな」


 私はそう言って立ち上がる。よろけそうになるが、それを気合いで踏みとどまらせ、キノエに背を向ける。


「どうすんだ」

「行くんだよ。狛來ちゃんの元へ」

「場所は……いんや、そうか。あの小鳥か」


 どうやらキノエはビルガの正体を見抜いていたようだ。なら話が早い。


「私の優秀な部下がファインプレーをしてくれてね。希望は繋がった。これで奴らのアジトを叩ける」

「んだが、勝算は?」


 私は視線だけでキノエを振り返る。そこには怜悧な目線で私に問いかける年老いてなお威厳ある退魔師の姿があった。


「怪我のねぇ状態で負けてんだ。今行っても更に不利になるだけだろ。下手したら、死ぬぞ」


 それは長年培った経験から導き出した結論なのだろう。正直、私もそう思う。だが……。


「それで諦めたら、あの子はどうなる」


 瞼を閉じて狛來ちゃんのことを思い出す。夜の公園に墜落した私に戸惑う姿。私に手を引かれて一緒に逃げ惑う姿。犯してしまった罪に震え、恐慌する姿。逃亡生活で憔悴しきった、あまりにも哀れな姿。再び再会し、元気そうで安心できた姿。

 あの子は幸せを掴みかけたのだ。そんな彼女をもう、曇らせる訳にはいかない。


「私は悪の幹部様なんでね。諦めは悪いんだ」

「……そうかい」


 瞼を開くと呆れたように溜息をついているキノエの姿が映った。彼女もまた、疲れ切った身体を押して立ち上がる。


「なら行くか。応援は?」

「当然、いる。こちらはローゼンクロイツの怪人を動員する。バレて逃げられないよう秘密裏にな。ヘルガー、連絡と人員の策定を頼む」

「おう」


 ヘルガーは怪我など無いように肩を回し、通信機を手に取って本部へ連絡を取る。次いで私は、フラついた私の懐に潜り込んで肩を貸してくれた美月ちゃんに指示する。


「美月ちゃんはインクを有りっ丈用意してくれ。アレ(・・)をやる」

「! ……分かりました」


 コクリと頷き、美月ちゃんもまたインカム型の小型通信機で連絡を取った。そして私はキノエへ振り返る。


「貴女は、どうする?」

「行くさ。んだが、大したことは出来ねぇだろ」

「だろうな」


 私は正直に頷いた。元気そうに見えるが、端々に疲れが見え隠れする。多分老域ゆえ、回復が遅いのだろう。


「一応、昔馴染みに声かけてみんが期待はしねぇでくれ」

「了解した。さて、後は私か……」

「何する気だ?」


 首を傾げたキノエの疑問に、私は自分の通信端末を取り出しながら答える。


「市民の義務さ」


 それだけ答え、私はコールのレスポンスが来るまでの僅かな時間で決意を口にする。


「待ってろクシャナヒコ。お姫様の救出は悪でもできんだぞ」


 負傷者だらけの一行は、この事件の最終決戦となるであろう地へ向かった。






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