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『捨て置け。今はこちらが優先だ』




「エリザ!?」


 そうはやてが叫んだ時には、意識を失ったエリザの身体は地に伏していた。生きているのか死んでいるのかも分からない。ただエリザを投げ捨てたコンバードがトドメを刺すべく羽根のダガーを振り上げていたので、はやては慌てて魔法弾でそれを弾き飛ばした。


「くぅ、ヘルガー!」

「無、理……だ!」


 はやてはヘルガーにエリザの救出を頼もうとしたが、返ってきたのは苦しげな返事だった。ヘルガーは今、ウォートホグとがっぷり組み合って力比べの真っ最中だ。

 縄めいた筋肉の浮いた腕と腕で押し合いへし合い、互いを握り潰さんと唸っている。状況はヘルガーの劣勢だ。ヘルガーは怪力だがウォートホグの体格と膂力はそれ以上で、ヘルガーは土俵際で辛うじて粘っている状態だった。少し気を緩めればたちまちひねり潰されてしまるだろう。とても救援に行ける状態では無い。


「そんな、っ、うぅぅ」


 そしてそれははやても同じだった。二人のヒーロー、バニーホップとパイソンを受け持っているはやてもまた、ギリギリの攻防を繰り広げていた。魔法弾や魔法陣の盾、障壁を駆使してなんとか捌いているが、僅かな瑕疵で崩れかねない危うい均衡だ。しかもはやての後ろには護衛対象である狛來がいる。迂闊には動けなかった。

 そしてその攻防の天秤は、傾きつつあった。

 短剣を弾かれたコンバードが、戦闘不能になったエリザからはやてへターゲットを移したからだ。

 ブワリと羽毛が逆立ち、無数の弾丸が発射される。


「っ! う、あぁっ!」


 一発一発の威力ははやてにとっては左程では無い。だが弾幕による衝撃ははやての身を固くする。そしてその隙を、他のヒーローたちが容赦無く狙う。

 バニーホップの鋭い蹴りが見えない壁を穿つ。既に羽毛による飽和攻撃を受けていた障壁は、更なる強撃でガラスのように儚く砕け散った。

 そこへ、パイソンが滑り込む。


「………!」


 かつて対峙した時とは打って変わった静けさで、パイソンは毒の鞭を振るう。紫色のおどろおどろしい色をした尾の如き鞭は風を裂いて唸り、はやての肩を強く打ち据えた。


「きゃああっ!」

「! お姉さん! ……ひっ!」


 吹き飛ばされるはやてを案じて叫ぶ狛來。だがその声も、目の前に立ち塞がるパイソンの威容に圧されか細い悲鳴に変わる。

 そのままパイソンは毒の針を手の中に作り出す。如何なる毒か分からないそれを見た狛來に、前に受けた毒の苦しみがフラッシュバックする。


「はぁっ、はぁっ……」


 呼吸が荒くなる。心臓が潰れる。足が震え、立ち尽くす。動かないといけないと分かっているのに、動けない。

 逃げない獲物にパイソンは容赦無く迫る。そして毒針を打ち込もうと――した寸前に、その針を見当違いの方向へ投げ飛ばした。

 毒針は飛んできていた魔法弾と克ち合い、空中で蒸発する。


「……く、はぁ……やらせ、ないよ……」


 魔法弾の打ち出された方向には右肩を押さえ、フラフラと立ち上がるはやての姿があった。破れた装束の下では、腫れ上がった痛々しい肌が紫色に染まっている。そしてその色はじわじわと広がりつつあった。

 額に脂汗が浮かぶ。表情が苦痛に歪む。が、それでもなおはやては新たな魔法を使うために稲穂色の魔法陣を展開する。


「絶対、やらせない……エリザが守ると、決めたんだから!」


 魔法陣から生み出された光が集まりハープーンの形となる。計四本形成されたそれは空中でクルリと回るとその穂先をパイソンに向け、真っ直ぐに飛翔した。迫りくる稲穂色の投槍に、パイソンは再び毒の鞭を作り出して迎撃する。

 一本、弾かれる。二本、切断。三本、絡め取られ――四本目が、その肩口に突き立った。

 たたらを踏んで仰け反るパイソン。しかしそれ以上の痛痒は見せず、自身の肩に深々と刺さった槍に手をかけると、まるで薔薇のトゲを抜くかのような無造作で抜き取った。溢れ出す血液。だがパイソンに痛がる素振りは皆無だ。


「………」


 あるいは止血しなければ危険な状態になりかねないというのに、パイソンは気にすることなく無事な腕で毒の鞭を伸張し、はやてへ向けて振るった。魔法陣の盾がそれを受け止めるが、その衝撃ではやては膝をつく。その拍子に額から滝のような汗が零れ落ち、庭の土を濡らす。それは血が滴り落ちているが如き有様だった。

 毒が回ったはやてはその体力を刻一刻と失いつつあった。


「ぅ……あ、あぁ……!」


 振り絞るように喉から発せられる声も力なく。敵を強く射貫かんとする瞳の焦点は像を結ばない。分身しているかのように重なり始めた視界で、しかしなおはやては魔法陣を構えて立ち上がる。


「やらせ、ないって……いってるでしょ!!」

「………」


 そんなはやてをパイソンは無機質に見つめ、更に鞭を振るう。はやては盾で弾くが、それで魔法陣の盾は砕けて消滅してしまった。もうはやてに維持する力が残されていないのだ。


「ぅ……」


 それでもまた魔法陣を紡ごうと顔を上げたはやての寸前には、パイソンに掛かりきりになっている間に近づいたバニーホップがいた。無言で放たれたバニーホップの容赦無い膝蹴りが黒いドレスを着た腹に鈍い音と共に叩き込まれる。


「げふっ……」


 それを堪える体力は無く、はやてはその場で崩れ落ちた。最後の力で小さな魔法陣を展開し、それで力尽き気絶する。それを冷たく見下ろすバニーホップとパイソンは、次いでその視線を狛來へと向けた。


「……ひ、うぅ……!」


 冷たくなった手足が震える。恐怖から生存本能が刺激される今の状態こそ、ヤミが現われる筈だった。しかし力を封じるこの屋敷にいる限りそれはあり得ない。狛來は外へ出られず自分の中でわだかまる力を感じながら後退る。

 それを横目で見ながら、ヘルガーはだが動けない。


「く……おおおぉぉぉ!!」


 唸りを上げて更なる力を籠めるが、ウォートホグはビクともしなかった。むしろ遊びは終わりだと言わんばかりに、その巨体でヘルガーを上からひねり潰しにかかる。踏ん張っていた地面が罅割れ、ヘルガーもまた、膝をつく。


 パイソンとバニーホップの魔の手が迫る。それを止めたのは、横合いから突き出されたキノエの蹴りだった。


「! キノエさん……!」

「……ここまでなりふり構わねぇとはな」


 狛來を背後に庇いつつ、キノエは血が流れたままのパイソンの肩を冷たく見つめた。


魔使(まし)共を憑かせた人間を使い潰すつもりかい」

「キキッ……それだけ御大はその少女をご希望なんですよ……」


 フラフラと倒れる寸前のミエザルが答える。キノエは舌打ちをした。もう限界であと少しのところなのだが、狛來を庇うことを優先したが為に倒しきれなかった。その隣には意識を刈り取られ大の字で気を失っているタイガーマイトがいるが、それは状況が好転する材料にはならない。


「仕方ねぇ……!」


 苦々しく零し、キノエは唐突に手で印を組み始めた。フィクションの忍者でよく見るような行為。だがその速度は動画の早回しを見ているかのように高速で、指の軌跡を目で追うことすら困難だ。

 ミエザルが目の色を変える。


「まずい……お前ら、アレを止めろ!」


 一斉に新ヒーローたちが動き出す。だが間に合わない。魔の手が到来するよりも早く印は最後まで結ばれ――、


「がふっ!」


 ――その直前に、毛の束がキノエの腹部を貫いた。


「ぐ……クシャナヒコ……!」

『グロロ……油断も隙も無いな。流石は我を封印し続けた退魔師……』


 毛の束はクシャナヒコの一部だった。元から長い毛を更に伸張させて凶器と化したそれは刃物よりも鋭くなる。刺し貫いた束はずるりと引き抜かれ、そのまま縮んでクシャナヒコの元へ戻っていく。

 膝から崩れ落ちるキノエ。服がドロリと赤い血で染まっていくのを見て、狛來は泣きそうな顔で駆け寄る。


「キノエさん!」

「来んな……逃げろ……!」


 最早抵抗は不可能と判断したキノエはせめて狛來を逃がそうと促す。だがそれも叶わない。

 ミエザルの号令でかかった新ヒーローたちがキノエと狛來の身柄を抑えたからだ。


「ぐっ……」

「きゃっ……!」


 狛來はパイソンが抱え、キノエはバニーホップとコンバードの二人がかりで地面に押さえつける。そうしてようやく、ミエザルはホッとしたように息を吐いた。


「キキッ……焦ったぜぇ……そういやアンタは退魔師だったぜ。危ない危ない」

「おのれ……!」


 キノエは忌々しげにミエザルを睨み付けるがミエザルはどこ吹く風で肩を竦める。


「キキッ、コワイコワイ。だがもう、抵抗はない……」


 エリザとはやては倒れ、キノエも動けない。ヘルガーは完全にウォートホグに押さえ込まれている。狛來を攫うことに、支障はもう無かった。


「離せ、離せぇ……!」

「パイソン」

「やっ……」


 狛來は逃れようと暴れるが少女の力ではヒーローには敵わない。捕らえていたパイソンはミエザルの命令でその細い首筋に針を打ち込む。チクンとした刺激の後、強烈な睡魔が狛來を襲った。


「は……ぅ……」


 視界が霞み、すぐに温かい眠気が全身を覆った。瞼が落ちていく。堪えられない。


「狛來! 気をしっかり持ちな!」

「ぐ……ど、け……おおおぉぉぉ……!」


 キノエは叱咤し、ヘルガーは脱出を試みるがどちらも成果を結ばない。

 勝ち誇ったような顔で、ミエザルは大人しくなった狛來をクシャナヒコへ献上した。


「御大。ご所望の品ですぜ。色々不手際があったことは、申し訳なく……」

『グロロ……構わん。これが手に入ればな……』


 クシャナヒコは猫であることを差し引いても充分に分かるほど満足げな顔を浮かべ、舌舐めずりする。


『早速戻ってコレを仕上げる。帰るぞ』

「へい。……奴らはどうしやす?」


 チラリとミエザルは振り返る。トドメを刺しておかねば、後の脅威となりかねないが……。


『捨て置け。今はこちらが優先だ』

「分かりやした。では」

「がああああ!! 逃がすか、よ……!!」


 立ち去ろうとするクシャナヒコたちにヘルガーは憤怒の声を上げるが、その瞬間に二方からの攻撃が突き刺さる。

 コンバードの羽攻撃。バニーホップの跳び蹴りだ。ウォートホグを押し返そうとすることに全力を注いでいたヘルガーはまともな防御も取ることが出来なかった。


「がはっ……!」


 常人では木っ端微塵になる一撃を受けても気絶に収まったのは流石に怪人と言うべきだが、どのみちこの場ではもう戦えなくなった。ヘルガーも遂に倒れ、残すは解放されても立ち上がれず荒い息を吐くキノエだけ。


「くっ……クシャナヒコ……待て……」

『グロロ。ではさらばだ、退魔師』


 そう言い残し、クシャナヒコは猫らしく軽々と身を翻し塀の向こうへ消えた。ミエザルも気絶したタイガーマイトと眠った狛來を抱えた新ヒーローたちもそれに続いて去って行く。


 猛威は嵐のように現われ、そしてそよ風一つ残さず消える。

 後に残るは累々と横たわる満身創痍。

 惨憺たる敗北だった。






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