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「やはりお前の仕業か、クシャナヒコ……!」




 突如現われたソイツはどう見ても猫だった。白と黒の所謂サバトラ柄。しかし毛は長く、現存するどの品種の猫とも似通わない。瞳は針のように細められているが、その中に不思議な光彩が詰め込まれているようにも見えた。

 だが、そんな不可思議が気にならないほどに、ソイツは大きかった。


「なんだ、コイツは……」


 同じネコ科の虎よりも、いや軽トラックよりも大きい。哺乳類どころか動物でもあり得ない巨躯。それが塀の上に立ってこちらを見下ろしているのは、なんとも畏怖されてしまう光景だ。


「ミエザルの仲間、か……?」

「……まさか、お前が直接来るたぁな……」


 固唾を呑んでいる私たちの隣で、キノエが零れ落ちんばかりに目を見開いている。まるであり得ないものを見ているようだ。


「やはりお前の仕業か、クシャナヒコ……!」


 キノエがその名を憎々しげに呟く一方で、ミエザルは恐縮している。


「これは、御大。すいやせん、お手を煩わせることになっちまいやした」

「……御大、だと?」


 その名には聞き覚えがあった。確か、新ヒーローの首魁……って、ことは!?


「っ!? エリザ、囲まれた!」


 ビルガで周囲を監視していたはやての焦った声が届く。その言葉を裏付けるかのように、塀の向こう側から跳躍した複数の人影が庭に着地した。

 バニーホップ。パイソン。ウォートホグ。タイガーマイト。そして、コンバード。


「……成程。ミエザル、お前は新ヒーローの手先だった、ということか」

「キキッ、正確に言うならばオラは御大の僕……コイツらも、そういうことでさぁ」


 新ヒーローたちは私たちを囲い、円を狭めるようにして迫ってくる。私たちは示し合わせ、狛來ちゃんを守るように陣形を組み直した。そうしたはいいが、状況は絶望的だ。


「ヒーローが五人、か」


 諦観してしまうような光景だ。こちらには強力な怪人と魔法少女、それから謎に強い老婆が一人。それから怪人モドキである私と、護衛対象たる狛來ちゃん。

 ……うん。こっちが圧倒的に不利だな。

 軽い絶望で顔が引き攣らせていると、不意に低い音が鳴り響いた。


『グロロロ……グロロロ……』


 遠雷が轟くような音だ。腹が震えるような、本能を震わせる音。聞いているだけで怖気がする。どうやら発生源はあの巨猫らしい。笑っている……のか?


『グロロ……久しいな、キノエ。まだ生きておったか』

「ハン。お生憎様だが、オラが留守している間にお前さんらが夜逃げして、まだ一年も経ってねぇさ」


 あの猫とキノエは、知り合いのようだ。それはあの猫をクシャナヒコと呼んだことからも明らかだ。


「キノエ。アイツらのことを知っているのか?」

「……あぁ、知ってるさ」


 苦々しげにキノエは答える。


「奴はクシャナヒコ。この村の裏手にある山ん中に封じられてた……祟り神さ」

「……神? 神……神社、そうか!」


 繋がる。新ヒーロー、解体された神社、クシャナヒコ。

 ヒーロー育成計画が始まったのが半年前。そして神社が謎の理由で解体されたのも半年前。それが何を意味するのか分からなかったが……その時神社からコイツが出て、そして何かして新ヒーローを生み出したとするなら全て辻褄が合う。

 つまりコイツが、全ての黒幕!


『グロロ……祟り神とは言い草だな。我々は正義の番人だというのに』


 猫、クシャナヒコが木の幹のように太い尻尾を揺らせば、それに呼応したように新ヒーロー共が詰め寄ってくる。間近に迫ったことで気付いたが、コイツら、意識が無い? 今まで対峙した際の気性の荒さからは考えられないほど静かだ。言葉を一つも発せず、いつもの敵意丸出しの視線も感じられない。まるで人形のようだ。


「おい……コンバード、だよな?」


 私は五人の内、目の前に迫りくるヒーローの声をかけた。三度対峙した、鳥に似た意匠を身につける純白のヒーロー、コンバード。かつて破壊したヘルメットの代わりに、より刺々しい新たなヘルメットを被ったその男の表情は見透かせなかった。初めて敵対した時の激しい戦意も、田畑で対峙した時の迷いも感じ取れない。無機質な視線はロボットのカメラアイのようで、人間味というものがまるで無かった。


「何かされたのか……? 精神操作、いやもしかしたら最初から……」


 引っかかっていた何かが取れたかのように、するすると考察が浮かんでくる。だがそれをゆっくりと考えているだけの暇は無さそうだ。


「キキッ。さあ、その嬢ちゃんをよこしな」


 負傷した身体を押さえつつ、ミエザルもその包囲網に加わり狛來ちゃんを渡すよう促してきた。くそ、コイツだけならもう少しで倒せたというのに……。


「……そんなにしてまで、どうしてこの子を欲しがる?」


 私は狛來ちゃんを背後に庇いつつそう問うた。コイツら、どうやら狛來ちゃんに執着しているようだ。てっきりブラックエクスプレスでの事件を裁くために追いかけているのかと思っていたが……クシャナヒコにはまだ別の目的があるのか?


『グロロ……お前がそれを知る必要はない』


 クシャナヒコの返事はにべもない。だがやはり、今回のコイツらの行動はユナイト・ガードの思惑とは別のところにあるようだ。そんな胡乱げな奴らに引き渡せる訳がない。


「残念だが、事情説明も無しに『ハイそうですか』と頷けるほど、利口では無くてね」


 私の啖呵と同時に仲間たちが一斉に戦闘態勢を取る。ヘルガーは拳を構え、はやては魔法陣を展開した。キノエは身構えてないように見えるが、隙を見せない佇まいが意識を戦闘に切り替えていることを伝えてくる。私はサーベルを向け、拒絶の意志をより明確に示した。


「悪いがお断りだ。誘拐犯共」

『グロロ……面倒な奴らめ』


 クシャナヒコの顔面が凶悪に歪み、牙剥いた。


『やれ』

「キキィーッ!!」


 号令と共に、新ヒーローとミエザルが一斉に飛びかかってきた。当然、私たちは狛來ちゃんへ通さないようそれを受け止める。はやてが魔法陣で二人迎撃し、更にキノエがミエザル含めた二人を蹴り飛ばす。ヘルガーはウォートホグと真正面から組み合っている。私はサーベルで、硬質化させた自身の羽根を短剣のように振り下ろしてきたコンバードを留めていた。


「ぐっ、本当にどうしたんだ、コンバード!」

「………」


 コンバードは答えない。見る度に様子が変わっているが、今度は本当におかしい。意識を剥奪されているかのようだ。これがあのクシャナヒコの仕業なら、コイツらはなんでそんな奴を御大と崇めてたんだ!

 鍔迫り合いを押し返す。腕力では負けているが得物の重さはこちらが上だ。それを利用し重心を変え、身体のバネを溜めて短剣ごとコンバードを弾き飛ばす。大きく仰け反ったそこへ、容赦無くサーベルを叩きつける。


「眠ってろ!」


 内に溜めた電流が迸った。刃はスーツに受け止められてほとんど食い込んでいない。だが電流までは防げなかった筈だ。これで昏倒、せめて痺れてくれれば……。

 だが意にも介していない無機質な腕が、私の首元を掴んだ。


「ぐえっ!」


 喉輪され、カエルのような悲鳴を上げる私。まるで効いていない。痛覚も失せているのか?

 すぐに万力のような握力が喉を締め上げ、気道が潰される。まずい、そう思った時にはもう意識が遠のき始めていた。


「ぐ……あ……」


 口をパクパク開閉させても空気は肺に入らない。見開かれた双眸から生理的な涙が溢れる。逃れようと必死に抵抗する手足も力を失い萎えていく。

 駄目だ……もう意識を保っていられない。こんな……簡単に……。

 歪み、霞んでいく最後の視界にはやてに守られた少女が映る。助けたい子。救いたい子。

 最後に残った力で手を伸ばす。だが、届かない。


「狛、來……ちゃ……」


 守ろうとした対象の名を譫言のように呟き、私の意識はブラックアウトした。






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