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「それ以上に大変なことになっている自覚がねぇのかな」




「我が組織はバリアフリーを目指すべきだな!」

「公共施設じゃねぇんだからさ……」


 ビートショットとの戦闘から数日後、ベッドから起きられるぐらいには回復した私はヘルガーに押された車椅子に乗って本拠内を行き来していた。

 すぐさま改造手術を受けて歩行能力を回復したいところだが、そうもいかない。

 普通の手術でも言えるのだが、体にメスを入れる外科手術は施術される側の患者の体力も重要だ。途中で力尽きれば、それで死んでしまう訳だし。

 つまりビートショットに気絶させられた私の体力は未だ手術を受けられる水準まで復帰していなかった。

 しかし幹部としての仕事は溜まってしまっている為、仕事はしなければならない。

 ということで、車椅子で出勤している訳だが……。


「だぁ! また階段だ!」

「はいはい。持ち上げてやるよ」

「揺らすなよ! 慎重に持て!」

「こんなに態度のでかい車椅子患者は見たことがねぇなぁ」


 施設内を昇降する為の階段を前に、悲鳴を上げる私。

 そう、ローゼンクロイツ本拠地であるこの地下施設は全くと言っていいほど車椅子に優しくなかった。

 上下最低十階はあるという構造。

 電力の消費を考え、エレベーターよりも階段の方が多いという事情。

 多少移動は困難でも根を上げる人間が少ないという構成員。

 全てがバリアフリーから遠い!

 おかげで押してもらったとしても移動はすこぶる困難だった。


「はぁ……早く体力回復しないかなぁ。このままじゃ移動だけじゃなく着替えも困難だよ」

「そう思うんならよく食うんだな。俺だって着替え手伝うの嫌だし」


 下半身不随っていうのは思いのほか厄介だ。日常で出来ていたことが八割、いや九割出来なくなってしまう。五体と言われる部位の内二つが使えなくなっているのだから、無理もないが。

 朝の着替えも一人では満足にこなせず、ヘルガーを呼びつけて手伝ってもらう始末だ。私も情けないし、ヘルガーも介護に辟易している。

 なので早く手術を受けるために体力をつけなくてはいけないのだが、昔から食事という物がどうも億劫だ。

 正直百合やヘルガーがいなければ三食カロリーバーとサプリメントで済ませてしまいたいくらいである。

 流石にそれでは治る物も治らないと自覚しているので、大人しくヘルガーに連れられ食堂に向かうのだが。


「毎回こうやって行き来するのも面倒だ……」

「もういっそ仕事を減らしてもらえるように総統閣下に頼んだらどうだ?」

「いやそれは駄目だ。私が考案したレベリオン・プランは私が主導しなければならないし、抱えている仕事のいくつかは総統案件だ。摂政として私が解決しているが」


 この組織に来てそれなりに経ったので、摂政として振るえる裁量も定まっていた。そもそも摂政とは『為政者が幼かったり、女性だったりする場合、代わりに政治を取り仕切る人物』の事を示す。百合は女性だから、私が摂政の地位についているのもおかしくは無い。

 この役割に従って、私の主な仕事は『総統の仕事の肩替り』が主な業務となった。

 つまり、私が仕事を放棄すればその分の仕事は百合に回ってしまうのだ。


「ただでさえ大変な総統業務を、増やす訳にはいかない……!」

「それ以上に大変なことになっている自覚がねぇのかな」


 ヘルガーが昇りきった階段で私を降ろしながら溜息をつく。

 そのまましばし廊下を進めば、目的地だ。

 ヘルガーに扉を開けてもらい、中に入室する。


「来たぞ」


 出迎えたのはサソリの怪人、ヴィオドレッドだった。


「摂政殿。ご足労いただきありがとうございます」

「それは嫌味か?」


 ここに来るまでに随分苦労はしたが、生憎足だけは使っていない。

 そう答えた私にヴィオドレッドは分かり辛い表情で笑った。


「ははは! これは申し訳ありません!」

「気を付けたまえよ。それで、何の用だ?」


 ここに来たのはヴィオドレッドに呼び出されたからだ。なんでも見せたいものがあるとか。


「ではご案内いたしましょう。段差にお気を付けください」


 そう言って先導するヴィオドレッドへと付いて行く。

 車椅子を押してもらい追随する私。室内を見渡すと、その様子が目に入る。

 顕微鏡を覗き込み何かを見比べている研究員や、ハンドグローブにカッターを押し当て切れ具合を確認している研究員などがそれぞれの作業に没頭している。中には白衣を翻し忙しそうに駆け回っている者もいた。

 ここは装備部門の研究室だ。

 ローゼンクロイツの装備は基本的に装備部門の作った代物で、外部に頼ったものではない。

 新たな装備の開発の為に、日夜研究を続けているのがこの研究室だ。クルセイダー君の甲冑もここで作られた。

 私が研究室の様子を眺めている事に気が付いたのか、ヴィオドレッドが解説をする。


「研究室はここだけではありません。それぞれに専門的な研究をさせて、特化した装備を研究しています」

「ふむ、ではここは?」

「ここでは防具、そして補助器具の研究、試験を行っています」


 ヴィオドレッドが室内の一角を指し示す。

 ガラスで区切られたそこには何処かで見た騎士甲冑が火炎放射を浴びる耐久試験が実施されていた。


「イチゴ怪人クルセイダーによってもたらされたデータは実に有用でした。それを基に更なるアップデートを進めています。現在はコストダウンによる耐久性の変化の検証をしています」

「今の所戦闘員への支給は考えていないぞ」

「なんでもコストの削減を目指して損はありませんよ」

「質が下がるような真似だけは止めてくれよ」

「心得ております」


 ヴィオドレッドは鋏が細分化した手を振り答えた。

 ……ローゼンクロイツではサソリ型の怪人は製造されていない。昆虫型の怪人の成功例は蜂型だけだ。

 では何故ヴィオドレッドがサソリの姿をしているのかといえば……それは彼が元々外様の怪人だったからである。

 それなりの規模と歴史を持つローゼンクロイツは他の悪の組織を傘下に加え、吸収することもままあった。ヴィオドレッドの元居た組織もその一つで、ヒーローとの戦いで壊滅的被害を受けたところを、ローゼンクロイツに保護された。

 怪人の改造技術を始めとする技術のほとんどが散逸してしまっていた為、ローゼンクロイツが得られたのはヴィオドレッドを始めとする数人の怪人の参入のみだったが、その筆頭のヴィオドレッドが今ではローゼンクロイツに必要不可欠の怪人になっている。大きな拾い物であったと言えるだろう。

 そういった経緯で参入したヴィオドレッドは、多組織のノウハウも扱い装備部門を切り盛りする敏腕幹部だ。

 そんなヴィオドレッドが呼び出す理由とは、なんだろうか。


「ここです」


 ヴィオドレッドに案内されたのは、試験をする為に作られたであろう頑丈そうな部屋だった。白いタイルが敷き詰められ、ガラス張りの大きな窓の向こうには何人かの研究院の姿が見えた。この部屋の中をモニターする要員なのだろう。


「ここでなにをするんだ? 生憎と私は戦えないが……」


 そう言って車椅子の車輪を叩く私。漫画の中では車椅子でも戦える超人が時たまいるが、残念ながら私にそんな器用な芸当は出来ない。

 苦笑しつつヴィオドレッドは答えた。


「流石にそのような無茶を言うつもりはありませんよ。見てもらいたい物とは、こちらです」


 ヴィオドレッドは部屋の中央を指さしながら言った。

 その言葉と同時に、床が開いて何かがせり上がってくる。そのからくりは必要?


 ガコンという音と共に停止し、そこ場に上がって来た物は半透明のマネキンに装着された補助器具の様だった。

 下半身へ厳重に巻かれた黒いベルトを中心に、フレームのような物で補強されたまるで拘束具のような装備。それが目の前の物品への第一印象。


「これは?」

「身体機能を補助する試作補助器具です。実践しましょう」


 手を上げたヴィオドレッドが、ガラス窓の向こうの研究員に向かって合図をする。

 頷いた研究員が目の前のコンソールを操作すると、マネキンの足が動き出した。

 いや、正確にはマネキンが動いているのではない。拘束具のような物がベルトを伸縮させたりフレームを稼働させたりして、マネキンのボール関節を動かしているようだ。

 その挙動は、滑らかだった。


「このように、この装備を身につけることによって下半身を自在に動かす事ができます」

「成程?」


 ここを見れば察しが付く。つまりこの装備を私につけることを提案しているのだろう。


「しかし改造を受ければ済む話だ。わざわざ危惧を付ける必要を感じられない。一々コントローラーをいじれと?」

「いえ、その必要はありません。この器具は脳にインプラントチップを埋め込めば自在に動かす事が出来ます。それこそ元々の足のように」

「ほう……」


 それが本当だとしたらこの装備は可能性に満ちている。


「脳に埋め込んだチップで動かせる装備。それが発展すれば、様々な技術に応用できるな」

「はい。機械化怪人のように面倒な神経系を増設せずとも銃器の操作を可能にします。それ以外にも遠隔操作の技術にも応用できます」


 機械型怪人のコストが高い理由の一つに、神経ケーブルの増設や電脳補助コンピューターの追加が必要になる。これらのパーツは製造費が高く、すぐ駄目になってしまうので兎に角金がかかるのだ。

 それがチップ一枚で済むのならば大幅な経費削減に繋がる。

 加えて、自分の脳で他人の体が動かせるというのも魅力的だ。

 この技術が完成すれば、イチゴ怪人の操縦がもっとスムーズになる。


「更にこの補助器具自体も画期的です。総重量は1キロ未満で、装着した人間に負担はかかりません」

「ふむ。動かせるようになるだけか?」

「軽量化したフレームですので、左程のパワーは出ませんが……それでも2メートルの跳躍に成功しています」

「人間の域は越えてるな」


 これが実用化すれば、戦闘員の機動力アップに使える。例えばビートショットとの戦いでイチコマンダーがこれを装備していれば、単独での離脱が出来てヘルガーを手元に置いたままに出来た。

 コストによるが、戦闘員の戦力増強の可能性を秘めた装備だ。


「成程……だがあえて私に使わせる意図はなんだ? 私に知らせ使わせようとするなど、媚を売っているように思えるぞ」


 ヴィオドレッドは組織内で派閥が出来た際、常に中立を保つ。新体制の今、目立った派閥は成立していないがヴィオドレッドのスタンスは平時でも変わらない筈だ。つまり私に取り入る性質には思えない。

 私がそう問うと、ヴィオドレッドは私をジッと見つめながら答えた。

 正確には、私のコードの刻まれた薄紫の瞳を見つめながら。


「その瞳を始めとする、三度の改造を貴女は既に受けています」

「あぁ、そうだな」


 それに加え、四度目の改造も受ける予定だった。

 次いでヴィオドレッドは、ヘルガーの方を向く。


「戦闘部門のトップを引きずり降ろし、改造室と懇意にする……。大規模な改革、レベリオン・プランと相まり組織内のパワーバランスは大きく崩れてしまうでしょう」


 確かに、傍から見れば私の行為は改造室を贔屓しているように見える。実際多少優遇しているが、改造室を羨む部門もいるだろう。


「ですので、これ以上の改造室との繋がりを阻止し、他の部門からの支援も受けているというアピールの為に、この装備を受け取って欲しいのです」


 あぁ成程……。

 ヴィオドレッドの目的は組織内のパワーバランスの維持なのだ。

 これ以上私が改造室との繋がりを深くすれば反発する勢力が発生し得る。

 そうなれば、組織内の争いは激化するだろう。

 派閥争いに興味の無い、ヴィオドレッドとしてはそれは是が非でも避けたい事態。だからこそ新装備を私に贈呈し、新たな幹部は改造室とのみ懇意にしている訳ではないと喧伝したい訳だ。

 そしてそれは私も望むところ。組織の安定はひいては百合の安全に繋がる。


「理解した。そういうことなら受け取っておこう」

「ありがとうございます」


 ヴィオドレッドは慇懃に頭を下げた。

 ……あ、しかし。


「これ一々つけなきゃならないのなら、またヘルガーに着替えを手伝ってもらう必要があるんじゃ……」

「もう使用人採用しろよ」


 私の車椅子に寄りかかりながら、ヘルガーは大きなため息をついた。






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