「こちらも……簡単に倒れる訳にはいかねぇんすよ……」
「確かに、すごいとしか言いようの無い状況だな……」
はやてと共に現場に辿り着いた私はヘルガーと同じような感想を零した。それだけ私たちを翻弄したミエザルと見知らぬ老婆が拮抗している光景というのは受け入れがたい現象だった。
「一体何者だ……と問うのは後回しにしよう」
老婆の正体は大いに気になるところだが、今はそれより先決なことがある。
私は高速の戦いから目を逸らし振り向いた。その視線の先には怯えるようにしている狛來ちゃんの姿がある。逃げ出したことを悔いているのか、見つかってしまったことにばつの悪さを感じているのか。
だが、どうでもいい。
私は膝を落とし、彼女と目線を合わせた。叱られると思った狛來ちゃんはきゅっと身体を縮こまらせる。やはり悪いことしたと思っているのだろう。だが私は、そんな狛來ちゃんを真正面から抱きしめた。
「え、エリザベートさん……?」
「よかった……無事で」
それが一番だった。
この子が無事でいてくれたこと。それが何よりも嬉しい。
「ご飯は食べた? 寝れてる? 怪我は無い?」
「だ、大丈夫です。キノエさんが、お世話してくれて……」
「キノエさん? 今戦っている、あの人かい?」
私は狛來ちゃんを腕の中に抱えたまま振り返る。そこではまだ相変わらず、目で捉えることすら困難だ応酬が繰り広げられていた。
「はい。ボク、キノエさんに拾われて……」
「そうかあの人に……」
高速移動し、しかも姿を消せるミエザル。ヘルガーと私のコンビでも倒しきれなかったそれを、キノエという老婆は圧倒していた。
攻撃を受け止め、躱し、そして反撃で吹き飛ばす。明らかに私……いや、ここにいる誰よりも強い。唯一可能性があるとするならば、狛來ちゃんの骨犬だが……あ、そういえば。
「狛來ちゃん、あの骨犬は大丈夫か?」
「あ、はい。骨犬……ヤミっていうんですけど、この屋敷の中にいると出てこないんです」
「そうか。だからここにいたのか」
合点がいった。懐いてくれていた私の元からすら逃げ出した狛來ちゃんがここに留まっていた訳が。他にも上空から捕捉できなかったことといい、この屋敷には仕掛けがあるようだ。
「で、どうするエリザ」
「あの戦いに介入するの?」
キノエとミエザルの戦闘を見ながら問いかけてくるヘルガーとはやて。困惑気味だ。まぁ、無理もないが。
私は少し思案し、頷く。
「あぁ、老婆を援護しよう。狛來ちゃんの話だとこの屋敷はあのキノエさんとやらの所有で、しかも骨犬の発生を抑える働きがあるらしい。であるなら、ここから離れるわけにはいかないだろう」
諸々の事情から私はそう判断した。骨犬ヤミの封じ込め。狛來ちゃんが世話になった義理。そして明確に敵対しているミエザルと戦っていることから、キノエを援護した方が良いと思ったのだ。
「それに村の人間に戦いを目撃される訳にもいかないしな」
下手に通報されて新ヒーローがやってきては堪らない。私は狛來ちゃんから手を離して立ち上がり、腰に佩いてきたサーベルを抜き放つ。
「ヘルガーと私でちょっかいを出す。はやてはここで狛來ちゃんの護衛を頼む」
「……二人で大丈夫?」
「ヤミが出せない以上今の狛來ちゃんは普通の女の子だ。障壁があるはやてが護衛についていてくれた方が安心する」
ヤミの力の無い狛來ちゃんは最初にあった頃と同じごく普通の少女だ。流れ弾一発が大事になる。ならば魔法少女の障壁を始めとする防御手段に優れ、万が一の時は回復魔法も使えるはやてが傍についていてくれた方がいい。
「ま、リベンジマッチだしな」
ヘルガーが手の平に拳を打ち付け牙を剥く。一度飲まされた屈辱を晴らす機会に燃えているのだろう。
「だな。じゃ、狛來ちゃん」
私はニコリと微笑んで、狛來ちゃんに告げる。
「今度こそ、逃げないで待っててくれ。あの後私、ちょっとへこんだからな」
「あ、は、はい」
縮こまった狛來ちゃんを悪戯っぽく見つめ、私はヘルガーに並び立つ。目の前に広がる目にも留まらない応酬を前にして、それぞれにサーベルと拳を構える。
「作戦は?」
「キノエとやら次第だな。合わせるか、合わせてもらうか……」
そも、味方かすらも分からない。狛來ちゃんの味方ではあっても私たちの敵になるかもしれないし。
「ま、出たトコ勝負だ」
「ホント好きな」
「好きな訳じゃ、なんだけどなぁ」
せざるを得ないだけだ。
「よし行くぞ!」
「応!」
私たちは同時に駆け出し、ミエザルへと躍りかかった。キノエへと攻撃を叩き込もうとしていたミエザルは猿面の上からでも分かるくらいぎょっとしていて、その動きを硬直させた。高速移動中を捉える術を持たない私たちにとっては絶好の好機だったが、それよりも早くキノエの蹴撃が腹部へ突き刺さった。
「オゲェッ!」
身体を直角に曲げ、ゴロゴロと転がっていくミエザル。攻撃の機会を見失った私たちは一瞬立ち尽くし、その隙を狙ってキノエが私たちへ話しかけてきた。
「そんで、お前さんらは誰だ?」
「あ、私はローゼンクロイツの摂政で、エリザベートだ。一応狛來ちゃんとは知り合いで……」
ぺこりと頭を下げ自己紹介する。挨拶は大事だ。特に自分より強いと分かっている相手には。
そんな私の名を聞いたキノエは眉根を上げた。
「エリザベート……狛來の譫言に出てきた名前かね」
「狛來ちゃん、私について何か?」
「ただ寝言で謝ってただけさ」
謝る……そうか、ブラックエクスプレスの……狛來ちゃん、そこまで気にしていたのか。
気にしてないと何度でも伝えたいが、こればかりは時間が必要かもな。
だったらその時間を稼ぐ為にもコイツは撃退しないと。
「いってて……しがねぇ下郎に当たりがキツすぎじゃあありませんかい? しかも増えるたぁ」
「生憎だが卑怯千万でね。数でかかるのは専売特許だ」
というより、数でかからないとヒーローは倒せない。だから連携や集団戦は悪の組織にとってお茶の子さいさい。だがコイツの素早さは厄介だ。
「キノエ殿……で合っていたか? 援護を申し出るが」
「いらねぇな。……と言いたいが流石に歳かねぇ。ミエザル程度を決めきれねぇとは」
腰を痛そうに叩くキノエ。ということは若い頃はもっと強かったのか……同年代に生まれなくてよかった。そしてミエザルとは何か因縁がある様子だ。これはこの戦いが終わったら色々聞かないと。
「では動きを止めていただきたい。そこに我々が大火力の一撃を叩き込む」
「はん。アイツ程度の動きを見極められねぇのけ?」
「申し訳ないね。現代っ子は目が悪くて」
いや私はいい方なんだが。悲しいかな奴の動きは常人クラスじゃ見切れない。
「しゃあねぇな」
キノエは溜息を一つ吐き、消えた。いや、速すぎて消えたように見えた。
次の一瞬には、ミエザルのガードした腕に膝を突き込んでいた。
「グゥッ!」
「ホラ、遊びはお終ぇだとさ」
動きを見咎めることが出来たミエザルはガードこそ成功したものの、その勢いを殺しきれない。ガクリと膝をついてしまったところへ、キノエは踵落としを叩き降ろす。
「ガッ!」
踵はミエザルの頭にクリーンヒット。普通の人間ならまず間違いなく脳震盪でリタイヤ。
「キ、キキッ!!」
だがミエザルは意識を手放さず、足掻くように腕を振るった。追撃を入れに来るキノエを刈り取る動きだ。
「はん」
だがそれを見切っていたキノエは即座に離脱を選んだ。追撃はしない。否、必要ないのだ。何故なら気絶はしないものの、即座に素早く動けない程度の痛痒は与えたのだから。
その時には既に、私とヘルガーの大技の準備が整っていた。
「やるぞ!」
「応よ!」
キノエが退くと同時にまずヘルガーが駆け出す。私はサーベルを構え、その刀身に溜めた紫電を更に高める。
「らぁっ!」
地を蹴って飛び上がったヘルガーは、空中で足を突き出す。跳び蹴り。ヘルガーの十八番。
「狼爪蹴脚!!」
シンプルな蹴り。だがそれは秘めたる運動エネルギーの全力を以て未だ動けないミエザルへと突き刺さる。
「ぜやぁっ!」
「ギ……キキィッ!!」
だがそれにもミエザルは反応した。脳を揺さぶられてダメージがある筈なのに、ガードの為に手を動かした。頭上でクロスさせた腕が、ヘルガー渾身の跳び蹴りを受け止める。
「キキキッ……ウギィィッ!!」
凄まじいエネルギーがミエザルを襲っているのだろう。ガードしつつも壮絶な悲鳴が喉から迸る。だがそれにもミエザルはこのままなら、耐えただろう。
私がいなければ。
「紫電――」
頭上に掲げた金属の刀身から蛇身めいた雷が漏れ出る。籠められた電気は私の全力近い。それを振り下ろすと共に、放射する。
「重斬超放電!!」
斬り下ろして放たれた極太の紫電は、真っ直ぐミエザル目掛け飛んでいく。その精度も、威力も、ユニコルオン相手にひーこら言っていた頃より格段に上昇している。強化を重ねて向上した私の必殺技が、猿面の男へ雷竜の如く牙を剥く。
キノエの踵落としとヘルガーの跳び蹴りを受けたミエザルは、避けることが出来ない。
「キ……ギイイィィッ!!」
着弾。それと同時に、眩いほどの電撃が爆発した。雷が目の前に落ちてもこうはならないだろうと想像できる程のインパクト。衝撃は粉塵を巻き上げ、私たちに逆風と共に吹き付けてくる。
「ふぅっ……!」
私は振り下ろしたサーベルを肩に担ぎ、もう片方の手で額を拭った。やはりメガブラストは集中力も体力も持っていく。乱発は出来ない。
「オイ、一歩間違ったら俺ごと巻き込んでいただろ」
「避けるだろ。前も同じようなことしたんだから」
隣に着地したヘルガーが文句を言ってくる。私の雷撃が襲う直前、ヘルガーは跳び蹴りの反動でジャンプしミエザルの身体から離れたのだ。そうすると分かっていたからこそ私は最適のタイミングで技を放てた。
「これで取り敢えず、か」
未だ晴れぬ粉塵を見つめながら私は近くへ戻ってきたキノエに語りかける。
「あぁ、ミエザルは多少頑丈だがそれも高が知れてら。雷が落ちて無事でいられる訳が……!?」
キノエが粉塵を見つめ驚愕に目を見開く。私とヘルガーも同様だ。
何故なら落ち着き始めた粉塵の向こう側に、立ったままのシルエットが見えたからだ。
「ギ……キキッ……残念、ですがねぇ……」
完全に晴れ、明らかになったそこには身体のあちこちに焦げ痕を作りながらも、どうにか立っているミエザルの姿があった。気力だけで足を支えているという有様だが、しかし確かに二本足で踏みしめている。
「……あり得ねぇ。テメェは足と透明化だけが取り柄の駆けっこ小僧に過ぎねぇ筈……」
「こちらも……簡単に倒れる訳にはいかねぇんすよ……」
キノエに答える声は息も絶え絶え。それ故に並々ならぬ覚悟が滲み出ている。
「何故なら……御大がこっち来るんですからねぇ……」
「あんだって!?」
その言葉に顔色を変えたのはキノエだった。更に目を開き、大きく動揺する。私も聞き覚えのある名前で嫌な予感が湧き上がった。
「御大、だと? それはまさか……」
その時、太陽が遮られ影が落ちた。突然の現象に私は顔を上げる。
そこにいたのは――
「……猫?」




