「大きな家ばかりだな」
「流石イザヤと美月ちゃんだな……結構絞れてきた」
私は前より大分狭くなった地図を見てそう零した。美月ちゃんとイザヤの働きは凄まじく、もうかなりの範囲が探索済みになっていた。
胡座をかいて地面に置いた地図とにらめっこしている私は、僅かに残った範囲を吟味していた。
「だが時間も経っている……」
狛來ちゃんの目撃情報は未だに無い。ということはつまり、人里に降りることすら止めてしまった証拠だ。一度怪人や新ヒーローに見つかってしまったのだからそうしたくなる気持ちは分かるが、それではまだ幼い狛來ちゃんは食糧を確保できずに飢えてしまう。いやあるいは、もう……そんな最悪な想像さえしてしまう。
一刻も早く見つけなければという焦りが私を掻き立てる。
「おい」
「いてっ」
そんな思いに急き立てられ集中していた私は、背後から近づいてくる存在に気がつかなかった。私の頭を叩いたヘルガーに振り返り、恨みがましい視線を向ける。
「なんだよ。今考え中だぞ」
「もう片付け終わったんだよ」
「え、あぁ、そうか」
周囲を見渡す。キャンプがあった筈の野営は、引き払うためもうすっかり片付いていた。
「悪いな、手伝わず」
「無理にでも休ませるって言っただろ。体調はどうだ」
「あぁ、おかげさまで快調だよ」
私は地図を丸めながら腕をグルグルと回し、元気なことをアピールした。実際、万全に近い状態だ。ちゃんと眠れている証だな。
美月ちゃんのサポートによって、私は睡眠時間を取り戻していた。具体的に言うと私が眠っている間でも美月ちゃんは探索を指揮してくれる。12時間交代で私とヘルガーのコンビ、美月ちゃんとはやてのコンビがそれぞれ入れ替わる形だ。魔法生物であるビルガは休憩いらずなので私とはやてがそれぞれで使い回している。だがやはり、美月ちゃんがいる方が探索効率は圧倒的に高いな。
「じゃあ、移動するか」
「おう」
私は地図をバッグに仕舞い、その場を後にする。次の野営地へ向かうためだ。ここにいない美月ちゃんとはやては、既に着いている筈だ。
テントなどの荷物を背負ったヘルガーの、更にその肩に乗る。一般人ならまず間違いなく潰れてしまう荷重がかかっているが、怪人の中でも精強なヘルガーは平気だ。むしろ、森の中を凄まじい速度で疾駆する。
私は風でたなびく髪を抑えつつ、足元のヘルガーに問うた。
「狛來ちゃんは、まだ生きていると思うか?」
諦めてはいない。諦めてはいないが、どうしても最悪の想像という物は湧き上がってしまう。むしろあれだけ衰弱しているのを目撃して更に数日経ってしまっている現状を鑑みれば、そう考えてしまうのが正道だろう。
だがヘルガーは首を縦に振った。
「本格的に餓死しそうなら人里に降りてくるだろう」
「だが狛來ちゃんが人を傷つけることを拒んで、死を選ぶかも……」
「だとしても」
ヘルガーは森の中を駆けながら呟く。
「あの骨犬の方が許さないだろう」
「あぁ……なるほど、確かに」
そう言われて納得する。骨犬の方には意識があった。少なくとも狛來ちゃんを守ろうとする程度の意思は。ならば、むざむざ狛來ちゃんを餓死させるようなことはしないだろう。本当に危なくなれば狛來ちゃんを引き摺ってでも山から降ろすくらいはありそうだ。
無論、狛來ちゃんが抵抗する可能性はあるが。
「そうあってほしいな」
「推測だぞ」
「だが幾分か希望が持てる意見だ。礼を言うよ、ヘルガー」
わしゃわしゃと灰色の毛並みを撫でる。ヘルガーは嫌そうに表情を歪めたが、一応感謝の印だ。
私を乗せたヘルガーはそのまま森を駆け抜け、次の目的地へと向かった。
辿り着いたのは小さな村落だった。
「おーい、いるかい?」
その一角、一軒家よりは大きいがさりとて広くも無い建物の門を私たちは叩いた。直後、建物から人が飛び出す。
明るい茶髪。はやてだ。今は翼を隠し、普通の少女のようなブラウスとスカートを身につけている。
「やっと着いたね、エリザ」
「あぁ。この建物は?」
「村の資料館だって。普段は公民館代わりにも使用されるみたい。村長さんにお願いして、しばらく貸し切りにしてもらってる」
「有り難いね。私ら後ろ暗い者にとっては」
肩を竦めながら私はそう言い、はやてに先導されて資料館へと入館する。なるほど入り口を潜れば、村の成り立ちについて写真付きで展示されている。
「ふぅん。結構古いんだな」
その歴史を少し見てみると、なんと奈良時代から続く村だという記述があった。本当かどうか疑わしいけど、本当だとしたら大したものだ。
「こっちだよ」
そんなはやての声に私は展示から目を離し、案内された部屋へと入る。応接間らしきソファの並んだ空間。そこに美月ちゃんが座っていた。
「いらっしゃい、と言うべきですかね、エリザさん」
「まぁ、そうかな? それで状況は?」
「一応既にビルガは飛ばしています。ね?」
美月ちゃんに水を向けられたはやては頷き、手元に魔法陣を展開した。
「うん。基本自律させて村を回らせてる。今のところ引っかかった物は無いみたい……」
魔法陣に目を走らせたはやては少し消沈しながら私に告げた。まぁ、新天地に来たからといってそう簡単に見つかるとは思ってないさ。
この村を私たちが訪れたのは次の調査地点の中心近い場所に位置するからだ。なのでここで拠点を構え、しばらくはこの近辺を調査することになる。
狛來ちゃんは山の中にいるだろうから本当は山の中にキャンプした方がいいのだが、野営が続きすぎると身体を壊すからな……。ただでさえ厳重注意を受けている私に無理をさせないためにこの資料館を借りたらしい。
それからしばらくヘルガーの背負ってきた荷物を解いたり、情報の摺り合わせをして時を過ごす。そしてタイムスケジュール的には今は美月ちゃんたちの番な為、この間にもはやてはビルガを飛ばしているし、美月ちゃんもイザヤで何かしらしている筈だ。まったく頭が下がる。交代したら私たちも頑張らないと。
そんな中、対面のソファに座る美月ちゃんがふと気付いたように顔を上げた。
「あぁ、そうだ」
「ん?」
「この近くなんですよ」
「んん?」
何の脈絡もない話に私は首を傾げる。美月ちゃんは即座に説明をしてくれた。
「公費で解体された神社です。この村の外れ辺りかな」
「何、そうなのか?」
タブレットを確認してみれば、確かにこの近くの山中の座標だ。しかしそうなるとますます変な話だな。
「こんな田舎の、しかも郊外にある神社をわざわざ解体するとは」
通常神社の解体というのはその土地を開発する為にやむなく、という具合が多い。線路を通す為とかな。そうじゃなければ極力残す。神仏を敬うという観点からも文化財を保護するという観点からも迂闊に破壊するべきじゃない。だからこそ、一層不気味さが際立つ。
「……一度、見てきた方がいいかもしれんな」
「ビルガで見てみる?」
はやてが魔法陣を操作しながら提案したが、私は首を横に振った。
「いやまた後で、一応肉眼で確認してくる。ビルガは有能だが、結局はこの目で見た方が確かだしな。……それではやて、何か気になる物はないか?」
私はソファを立ち、はやての背後に回って魔法陣を覗き見る。そこには上空から見た村の風景が映し出されていた。
ふむ。こうして見ると……。
「大きな家ばかりだな」
「まぁ農家って敷地が広かったりすることが多いですからね」
美月ちゃんはさもありなんと言わんばかりに頷いた。
「後は、古い家って平屋ですから、上から見ると大きく見えるのかも知れませんね」
「あぁ、それもあるか」
私は答えつつ、魔法陣のモニターを注視した。
今もビルガは、大きな屋敷の上空を旋回している。その屋敷は村の中でも一際大きかった。
「すごいな、道場らしきものまである……」
だが怪しい物は見えない。
私は興味を失い、魔法陣から目を離した。




