「何かあったに違いない。並みの人智を超えた何かが……」
振り出しに戻った私たちは捜索範囲を広げ、寝る間も惜しんで狛來ちゃんを探し続けた。
あの日、新ヒーローたちはあっさりと退却し、パイソンを留めていたはやてともすんなり合流できた。手痛いダメージを受けていた夜斗衆もいつの間にかいなくなっていて、後に残されていたのは狛來ちゃんの生活していた痕跡だけだった。
そこから何か手掛かりが掴めないか探したもののこれといった物は見つからず、狛來ちゃんの栄養状態が心配になっただけに終わった。
焦る。ビートショット一行に保護されるのならまだ全然いい。だが新ヒーローに捕まればどうなるか分からない。悪を執拗に憎む彼らに捕らえられていいことがあるとは思えなかった。
そして何より狛來ちゃん自身の精神と肉体の限界……。
タイムリミットは刻一刻とその猶予を減らしつつあった。
「エリザ。前に目撃情報があった辺りにビルガを飛ばしたけど、あの子は見つからなかったよ」
「そうか。なら更に範囲を広げよう。東か西か……両方やるべきか。いや待てよ。海を越える可能性も……」
「……ねぇエリザ。少し休んだら」
屋外に立てたキャンプ。そこに置いたテーブルの地図を睨んで頭を掻いていると、はやてから心配そうな声が降ってきた。顔を上げると、稲穂色の瞳に不安げな色が浮かんでる。
「……そんなに酷いか?」
「今までで見た中で一番疲れた顔してる」
「ん……」
言われて手鏡を取り出してみると、そこには大きな隈を作った女亡者が存在していた。
「うわ。ヤバいな」
「ようやく気付いたか」
すぐ近くで飯盒を焚く薪を継ぎ足しながら、ヘルガーが頷いた。
「今のお前の顔写真を総統閣下に送りつけたら、どんな大目玉が飛んでくるかな」
「それは不味いな……。よし、慣れないが化粧でもするか」
「そうじゃないでしょ」
ピシャリとはやてが否定する。相変わらず、心配そうな表情は消えていない。
「もう何日も寝てないじゃない。休息を取らないと倒れちゃうよ」
「いや、徹夜は慣れっこだ。自分の限界ぐらい……」
「限界を試す時点で駄目だって言ってるの」
今日のはやては随分手強い。私に盲従するだけじゃなく忌憚なく意見を言えるようになったのは嬉しいが、今や厄介そのものだ。
どうにか舌戦に勝つべく頭を巡らせるが……うまく思考が纏まらない。
「いや、あー……」
「取り敢えず飯ぐらいは食え。出来たぞ」
そう言ってヘルガーは飯盒からご飯を皿によそい、別に火にかけていた鍋から掬った茶色い液体をかけた。森の中に食欲をそそる匂いが立ち昇る。
目の前に置かれた皿の中を見下ろす。
「カレーか」
「いやハヤシライスだよ。鼻も馬鹿になってるな」
あぁマジか……確かにデミグラスの匂いだ。嗅ぎ分けられないというよりは脳に届いた信号が分からなかった。成程、確かに疲労がピークに達しつつあるようだ。
私は一旦地図から目を離し、手渡されたスプーンでハヤシライスを掬いながら溜息をついた。
「だが寝ている暇も無いだろう。私が過労なんかで苦しんでいる中、狛來ちゃんは一人心細くしてるんだぞ」
「倒れては元も子もないだろ」
椅子を持ち寄り三人でテーブルを囲む。皿に盛られたハヤシライスはヘルガーが大盛り、はやてが少なめだ。私はその中間ぐらい。
ジャガイモとハッシュドビーフと米の混合体を口に入れる。おいしい……とは思うが、具体的な感想が出てこない。あぁ、味覚も駄目だな……。
「……しかし、狛來ちゃんの情報が一切出ない辺り焦りもするだろう」
「分かるがな。……増員は駄目なのか?」
ヘルガーは凄まじい勢いでハヤシライスを消費している。どうやらお代わりして二杯目も食べるつもりのようだ。一方ではやてはどこからか取り出した蜂蜜をかけている。人の食べ方は人それぞれだが、それはおいしいのだろうか。
「増員は駄目だな。新ヒーローの調査にかかっている人員を引き抜きたくないというのもあるが、敵に動きを悟られたくもない」
「だが新ヒーローどもには俺らが動いているのはもうバレてるだろう」
「それ以外さ。他の悪の組織が厄介だ。人が多くなればそれだけ動きが分かりやすくなるものだ。私たちの動きを監視して狛來ちゃんへ迫られたらどうする。私たちが見つけられていない……つまりその範囲にいないということが分かるだけで値千金の情報だ。それを与えたくない」
理屈は分かる、というようにヘルガーは頷く。
そして、しかし、と続ける。
「人手が足りていないことも事実だ。この人数でこの範囲はいくらなんでもオーバーワークすぎる」
片手でハヤシライスを食むヘルガーが、もう一方の手で地図を広げる。線で囲ってあるのは現在捜索している範囲だ。シンプルにその広さを言ってしまうなら、小さな県に匹敵する程、であった。
「これを三人では無理だろう」
「三人と一匹、だけど」
ヘルガーの言葉をはやてが訂正する。その一匹は今は頭上の木の枝に止まってキョロキョロ辺りを見渡している。自動警戒モードだ。
しかし所詮は使い魔一匹。捜索に役立つ奴とはいえやっぱり数が足りていない。それは分かっているんだ。
「なんか、誰かいないのか。呼べる奴」
「んー……」
そこまで言われたら、考える。
数がいる。だが大人数を動員すると余所に察知されやすくなる。新ヒーローと遭遇する可能性を考えるとある程度の腕っ節も欲しい。そして勿論情報収集の心得のある人員でなければならない。
それに当てはまる人物と言えば。
「……あ、美月ちゃん」
「呼びました?」
背後から声。ビックリして振り返るとそこには小首を傾げる黒髪美少女の姿が。
「うわっ!? み、美月ちゃん、なんでここに」
「報告の為ですよ。エリザさん、ずっと執務室に帰らないから」
「え、あぁ、そうか」
そう言えば美月ちゃんにはヒーロー育成計画のことを探らせていた。しかも情報部門責任者メアリアードの下ではなく私の命令によって。ならば私の元へ報告に来るのが筋だ。
「悪いね。忙しくて」
「いえ、それはいいんですけど」
「でもどうやってここに? 本部に言ってたっけ?」
「いえ」
美月ちゃんは私のポケットを指差した。そこには私の携帯端末が入っている。
「イザヤは情報に潜り込めますので、エリザさんの端末にイザヤについての情報があれば位置が分かるんです」
「あぁ、そうだったな……」
ものすごい能力だ。例えばイザヤの名前を書いた紙片を忍ばせれば、それが発信器になるということでもある。しかも盗聴器としても機能する。
ますます探索に欲しい能力だ。
だけど今、美月ちゃんにはヒーロー育成計画を探らせているし……ん?
「そういえば、報告って?」
「はい。ちょっと怪しい物を見つけたので、一応」
「ホントか!?」
思わずガバリと立ち上がる。ヘルガーが視線で行儀が悪い、と窘めてくるが、そんなことを言ってられない。
「どんな情報だ!?」
「先に言っておきますけど、私が任されたのはヒーロー育成計画の裏についてです。基本情報はメアリアードさんがやってますから。なのでそれ程大した情報じゃないんですけど……」
そう前置きし、美月ちゃんはタブレット端末を取り出した。
「ヒーロー育成計画が開始した日時が分かりました。これはメアリアードさんたちとの合同調査です」
「おぉ、それで?」
「はい。およそ半年前でした」
「半年!?」
驚愕した。ヘルガーも同じだ。一方ではやてはきょとんとしている。
それも無理はない。魔法少女は魔法生物と契約を結べばその瞬間からヒーローだ。経験の浅い深いはあれど、怪人と十全に渡り合える。だがヒーローの中には戦闘訓練を積まなければ戦えないような者もいる。ユニコルオンは武術を修めているし、竜兄、ジャンシアヌも幼い頃から習った格闘術の積み重ねで戦っているのだ。一朝一夕ではない。
新ヒーローたちを思い出す。彼らは魔法少女ではない。しかも明らかに格闘術を使っていた。立ち回りには性急さが垣間見えるとはいえ、戦い方はこなれている。
それなのに、たった半年で仕上がるとは?
「あり得ん。怪人と戦える人材だぞ? 悪の組織の平戦闘員でも三年はかかる! 絶対におかしい!」
ヘルガーの言葉に全面的に同意だ。これは絡繰りがある。
「何かあったに違いない。並みの人智を超えた何かが……」
「それで、その日時に何かあったかを調べました」
そう言って、美月ちゃんは操作したタブレット端末を私に手渡した。
「その日の前後、政府やヒーロー関連の組織が関わった事象リストです」
「流石の手際だね」
美月ちゃんは優秀だ。仮にとはいえ社長令嬢として振る舞っていたのだ。優秀で無いはずが無い。忌々しいが赤星の教育は高度だったらしい。
画面をスクロールしてリストをチェックする。高架の解体工事。汚職の摘発。弱小悪の組織の撲滅……。
中には悪の組織から寝返った怪人が更生しただとか、政府関連の研究所で新技術が発見されたとか怪しい物もあったが、詳しく見てみると無関係のようだ。
だが一つ、気になる物が。
「神社の解体?」
廃社になった神社を公共事業として解体したという記録だった。私は美月ちゃんに問う。
「こういうのって、公共事業費でやるものなの?」
「いえ、そういう事も無いと思います。レアケースですね。どうにも不明瞭な点が多かったので、当時は横領の隠れ蓑ではないかとその方面に詳しい人らの間では騒がれましたね」
妙なニュースだ。神社を解体した後、そこに何かを新しく建てるという事も無い。本当にただ解体しただけ。例え参拝客がいなくなったとはいえ用もないのに廃社するだろうか。古く朽ちかけた神社なんてそこらじゅうにあるのに。
「怪しい……が」
解体した後だ。もう何も残ってはいないだろう。仮に何かを隠そうとしていたのなら、痕跡は残さない。
他に怪しい記録も無いし……それならば。
「美月ちゃん。悪いけど調査は一旦中断して、新たな任務を頼みたい」
「はい。何ですか?」
「私と一緒に狛來ちゃんを捜索してくれ。詳細は……」
「大丈夫です。知っています。任せてください」
流石だ。ホント、脅威の情報能力と秀才の掛け合わせは恐ろしいな。
「それに……」
「それに?」
美月ちゃんは少しはにかんで、答えた。
「私がエリザさんと百合に助けられたように……私も、その子を助けたいですから」
「……そっか」
頼もしい味方が増えた。もう美月ちゃんも立派な悪の一員だ。
こうしちゃいられない。
「早速探しに行こう。まずは……」
「おい」
探しに出ようとした私の首根っこをヘルガーがむんずと掴む。そしてはやてが袖を引っ張って座り直させる。
目の前には食べかけのハヤシライス。
「まずは食え。そして寝ろ。それからだ」
「……美月ちゃん」
「私も賛成ですから」
「そっか……」
味方は増えたが、同時に私の敵も増えたようだ。




